ナナはなぜ壊れたのか③——少女が、少女を脱ぎ捨てるまで

nana

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第75話 「初めて、全部を許した夜」

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それは、
冬が始まったばかりの夜だった。

吐く息が白く光る駅前。
イルミネーションに囲まれて、
私は、
彼の隣にいた。

「ナナ、今日……家、誰もおらんねん。」

ぽつりと、彼が言った。

両親は、
仕事か、用事で遅くなるらしかった。

──来る?

そう目で訊かれて、
私は、
何も言わずに頷いた。

彼の家。
初めて上がる、
私たちだけの空間。

鍵を開ける音がやけに響いた。

リビングのソファ。
少し乱れたバスケットボールの雑誌。
炊飯器の匂いが、かすかに残るキッチン。

生活の気配が、
どこか無防備に広がっていた。

ふたりきりになった空間で、
私は、
妙に身体が熱くなるのを感じていた。

彼が、
そっと近づいてくる。

気づけば、
もう後戻りできないところに立っていた。

彼の手が、
私の髪を撫でた。

そして、
ぎこちないキス。

最初はおでこに、
それから頬に、
そして、
唇に。

何度も、
確かめるように。

制服のリボンをほどかれたとき、
私は、
無意識に目を閉じた。

シャツのボタンが外される音。
カラダに触れる指先の、
少し震えたぬくもり。

──怖くない。

そう心の中で繰り返した。

怖くない。
怖くなんかない。

彼の手が、
素肌を滑っていく。

冷たいはずの空気も、
今は、
何も感じなかった。

ソファに倒れ込んで、
彼の体温を受け入れたとき、
私は、
確かに自分自身を差し出していた。

痛みは、あった。

小さな、
でも確かな違和感。

だけど、
それ以上に、
「この人のものになりたい」という想いが、
私を支えていた。

彼が私の名前を呼ぶ。

私は、
小さく頷いた。

何も言葉はいらなかった。

指先。
唇。
呼吸。

全部で、
私は、
彼と繋がった。

初めて知る重なり合う感覚。
すべてが不器用で、
拙くて、
でも愛しかった。

この夜、
私は全部を許した。

隠していた不安も。
震えていた自信のなさも。
誰にも見せたことのない、
裸の自分も。

すべて、
彼に差し出した。

終わったあと、
ソファの隅で、
彼が私を抱き寄せた。

カーテンの隙間から見える、
冬の夜空。

私は、
彼の胸に顔をうずめながら、
小さく震えた。

あたたかい。

でも、
心の奥では、
ほんの小さな"軋み"が生まれていた。

彼は、
気づかない。

私だけが、
ひとりで境界線を越えたことに。

制服のスカートを直しながら、
私は、
心の中で静かに思った。

──もう、戻れへんねんな。

──つづく。
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