“新しい主”が、私を欲しがる夜

nana

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【第10話】 「ナナって名前、ほんまに似合ってると思ってる?」

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その日、彼女は唐突にこう言った。

「ナナってさ──
 その名前、ほんまに自分に似合ってると思ってる?」

飲んでいた麦茶を飲み下すのに少し時間がかかった。
質問の意味がすぐには理解できなかったから。
でも、彼女はいたって真顔だった。

「なんで、いきなり?」

「ずっと思っててん。
 “ナナ”って名前、ちょっと“可愛すぎ”じゃない?」

「可愛すぎって……そんなん、親につけられたんやし」

「うん。でも、ナナって、“そういう女”じゃないやん」

“そういう女”──
その一言が、やけに体温を奪っていった。

彼女は続けた。

「“ナナ”って名前が許されるのって、
 ちょっと抜けてて、愛嬌あって、
 人に甘えるのが上手なタイプやと思う」

「……私もそうちゃうん?」

「ちゃうよ。
 ナナは“甘えるフリして従ってるフリして、
 自分を守ってるタイプ”やもん」

言葉のひとつひとつが、
まるで針金のように絡まって、私の中を締めつけていく。

「せやからさ、ちょっと名前、変えてみたらどう?」

冗談やと思いたかった。

でも彼女は、本気だった。

「今から、私は“ナナ”って呼ばへん。
 別の名前で呼ぶわ」

「……なんて呼ぶん?」

彼女は、少し考えるふりをしてから言った。

「“シオリ”にしよか」
「意味はない。
 でも、“ナナ”より“よく従いそうな名前”っぽくない?」

私は笑えなかった。
でも、否定もできなかった。

「これから命令するときは、“シオリ”って呼ぶね」
「そのときだけ、従う用の顔して」

その言葉に、私はなぜかゾッとした。
けれど、同時に──
それを“命令”として受け取った自分がいた。

「じゃあシオリ、立って」
「……はい」

言われたとおりに、私は立った。
“ナナ”のままじゃなく、
“シオリ”として。

彼女は笑って言った。

「うん、やっぱこっちのほうが素直そう」

私は思わず、息を飲んだ。
何もされていないのに、
名前を一つ剥がされたことで、
こんなにも自分が裸になるとは思わなかった。

その夜、私は初めて“ナナじゃない自分”として、
命令を受けた。

内容は、些細なものだった。

「靴下、片方だけ脱いで」
「右足だけ、そっちのスリッパに乗せて」

変なポーズだと思った。
でも私は、素直に従った。

“シオリ”として。

「名前って、外せるんやな」
そう呟いたとき、
彼女は満足そうに微笑んだ。

「うん。名前も、顔も、体も、
 “どれが本物か”なんて、どうでもええねん」

「“私に言われて動く女”ってだけで、
 それが、その人のいちばん本当の顔になる」

私の中で、“ナナ”が静かに剥がれていく音がした。
けれど、それを止めたいとは思わなかった。

“誰かに名前を変えられる”
──それが、こんなにも快感だなんて。
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