恋する獣たちのメルクマール

風巻ユウ

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本編

ピンクゴールド星色生姜

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翌朝、早くに起きてテイクアウトの客へと配達してきたノエリオは、そのまま朝市を覗いて、朝の採れたて野菜と ”ピンクゴールド星色生姜” という名前からでは何色の生姜なのか判別しない、茶色い瓶に入った謎の液体を購入し、苔庭のイタチ亭へと帰った。
昼営業前で客の居ないホールを通り、厨房でブランチ用のキャセロールを作り、出来上がった鍋そのままを持って二階へと上がる。上がりきった先、正面のリビングにはウィルがいた。

「およー、ウィル。泊まってたんか」
「ああ、ノエリオ、おはよう」

リビングのソファで腰を伸ばして寝そべっているウィルはバスローブ姿である。心なしか顔色悪い。そして、「声、枯れてるんだぞ」とノエリオが指摘する通り、彼の声はガラガラ声で元気が無いように見受けられる。

ノエリオはテーブルの上に鍋敷きを敷いて、”玉々ころころキャセロール” が入った耐熱皿を置き、さっき買った茶瓶を持ってきて中身をグラスへと注ぐ。ドロリとした星色の液体が出てきた。それに雪蜜を加えて炭酸で割る。酸っぱミントの葉を、ちょこんと飾って完成だ。

「ほいこれ。”星色生姜ジュース” 喉のイガイガにいいんだぞ。きっとスッキリする」

ウィルは寝そべってた怠い身体を起こし、グラスを「ありがとう」と受け取る。
星色なはずのその液体が、なぜかピンク色に変わったところで口を付けた。一口飲めば炭酸がジュワッと効いて口中が爽やかに満たされる。雪蜜の甘さで、もっと欲しくなる。続けて飲んでいると、ピンク色だったはずの液体がゴールドになった。

「いい感じだなこれ」
「だろだろー色変わるし、おもしろいんだぞ。前住んでたとこにもあったんだ。こっち来て初めて売ってるの見たから、つい衝動買いしちゃった」

心なしか喉の痛みもとれてきた気がする。ウィルは残ったジュースを飲みながらノエリオが鼻唄しながら皿に料理を盛り付ける姿を見ていた。

「それって何の料理?」
「んーと、余った赤牛の肉団子と~さっき朝市で買った萌芽キャベツと丸ポテトを合わせて焼いたんだ。ウィルも食べるか?」

水を向けられウィルは素直に頷いた。美味そうだなと口にすれば、白兎は喜んでもう一皿取り分けてくれた。
焼きたてでチーズがトロ~リと。ミートボールは肉汁溢れてジューシー。キャベツとポテトのほくほく感もたまらない。

ノエリオは料理が上手だ。この苔庭のイタチ亭に来た頃は料理を作ることを知らなかった彼だけど、給金を貰うようになってから料理のことも学び出した。
初給料で料理本と食材を買ってきて、一から調理を学び始めたのにはウィルも驚いていた。自分は冒険者をやめてからこの店で働き出したけれど、それは接客業とだけしか捉えていなかったから。ノエリオのように、食に関して学ぼうとは思っていなかった。テオの手伝いをするのは楽しいけれど、学ぶとなるとまた違う分野な気がする。
きっとノエリオは学ぶことが好きなのだとも思う。そして学んだことを実践したいらしく、こうやって時々自費で食材を購入し試作品を作っている。

「あ、これいくら?」

ノエリオにとっては試作品でも、ウィルからしたら作ってもらった立場だ。正当な報酬は払うべきだろうと値段を訊く。

「んー、別にいいんだぞ。これ、昨日のクマタカ…ボグスィのおっちゃんに奢ってもらったやつだから」

そう、休憩中に好きなだけ食えと奢ってもらったが、生憎昨夜は営業時間中に休憩時間がとれなかった。だけどボグスィは律儀にノエリオの分もと料理代を払ってくれたので、その分だけ頂戴して朝市で食材に換えたのだ。

「いや、それでも作ったのはノエリオだろう。きちんと払うよ」
「いいってばウィル…そうだ、これは賄だから。いつもテオじーがくれるだろ。それとおんなじ」
「賄…」
「うん。テオじーのご飯ほんとおいしいよな。賄でも絶品なんだぞ。俺もあれくらい作れるようになりたい」

にこにこしながら好物のミートボールを食べきって星色生姜ジュースを飲む。炭酸でシュワワッとなるのを苦手なくせに飲んでしまうこの矛盾なんだろうと思いながら飲み干す。

「おや、二人してここで食べてたのですか。そろそろ営業時間ですからね。準備お願いしますよ」

食べ終わった頃に一階からテオが顔を出した。ノエリオは急いでテーブルを片付けて開店準備に一階へと駆け下りて行く。

「ウィル、体辛いでしょう。昼は休んでて構いませんよ」
「っ、誰の所為で」
「私の所為ですね。知ってますよ。だから休めと言ってるでしょう」

バスローブの隙間からテオの手が侵入し肌と肌が合わさる。その瞬間に込み上げてくる熱は昨夜にも感じたものだ。さすがに今、真昼間からこの熱に侵される気はない。ウィルは己の素肌を這う不埒な手を撥ね除け、ローブの前袷を正した。

「俺の服どこやった?」
「洗濯中です」

にこりと笑うイタチの顔を、水色兎は思わず睨む。確信犯めと口の中で詰ってから、ソファの上にまた寝転んだ。

「それでいいんですよ。服は乾いたら持ってきてあげますからね。それまで、お休みなさい」

寝転んで背もたれ方面へ顔を向けるウィルの、水色した兎耳に聞こえたテオの声は、甘い吐息まじりだった。まるで恋人に囁く睦言のように…。



開店準備。そして開店。

苔庭のイタチ亭では、冒険者ギルド併設の店だけあって朝早くから冒険に出る人へテイクアウトを、午前の冒険を終えた人へはランチを、そして一日の冒険を終えた人へはディナーを提供している。
合間におやつを食べにくるエルフや、仕事を抜け出してわざわざコース食べにくるやんごとなき身分のライオンなんかもいるけれど、そういうのは常連サービスと割り切って、通常の営業時間はランチタイムとディナータイムだけである。

本日のランチタイムも盛況で、冒険者のみならず美味しくて安いワンプレートランチがいただけるとのうわさを聞きつけた女性の姿も見られるほどの込み具合だった。

猫の獣人スカイがワンプレートを運んだテーブルにも女性───猫獣人たちがいた。

「あらスカイちゃん。元気でやってんじゃない」
「おかげさまで~。ご注文の品、以上っすね。じゃ、もりもり食ってくれ」
「うふふ、ありがとうスカイちゃん。ところでさあ、今恋人いる?」

突然キタなその話題とは思いつつ、話好きで噂好きでかしましいおばちゃま猫たちに掴まったら少しは話題提供しないと逃げれそうにもない。スカイは適当に「今はいねえっすね。そういうの」と答えて立ち去ろうとしたが、一人の猫おばちゃまに腕をガシッと捕獲されて動けなかった。

「偶然ね。うちの従姉の猫娘も今フリーなのよ」

明らかに偶然じゃない力強さで猫おばちゃまが従姉の猫娘とやらを猛プッシュしてくる。いや、今そんな情報いらねえし…とは言えないスカイは、脂汗流しながら右から左へと嫌でも流れていく猫娘情報に辟易した。
誰かタスケテ…。

「スカイ、五番なんだぞ。はい、これ」

そう言ってノエリオが渡してきたのはカトラリー一式。「お、おう」と返事も曖昧に、「じゃ、仕事あっから」なんてその場を後にする。完全なる逃げだ。
猫おばちゃまたちは残念な顔しながらも、それ以上は追求してこなかった。

「サンキュ、な」

一応、五番テーブルに寄ってカトラリーの補充をし、すれ違いざまにノエリオへと御礼を言うスカイ。ノエリオは「いいんだぞ」と笑顔を見せた。その笑顔はいつもの彼ノエリオらしい心からの笑顔なのだが、なんだかとても綺麗に見えてスカイの気持ちを熱くさせる。具体的に言うと心臓ドキッとした。
ドキドキする胸を抑えてたら「店員さーん」と呼ばれた。

「猫の店員さーん。なんか拭くものちょうだい。こいつ水こぼしやがってさあ」
「うっせ。だまれハゲ。ちょっと引っ掛けただけだ」

見れば水の入ったカップを倒したらしい。中身の水がテーブル上所狭しと流れていっている。スカイは腰に下げてた布を取って、呼びつけた男に渡した。こういう時の為に、常時、拭く用の布を腰に下げているのだ。
布を受け取った男はテーブルの上を拭き始めた。こぼした本人は拭かないでコップに残った水を舐めてる。そんな二人の様子を見ていてスカイは気づいた。

「もしかしてお客さんたち、昨夜も来た?」

昨夜もやってきた警邏隊の人たちじゃなかろうか。黒い制服が何よりの証拠。今は昼間だし、ランチ休憩に来たのだろう。

「おうよ。昨夜も隊長ごとお世話んなりやした」
「ここ美味いよな。これからも、ちょくちょく来るわ」
「どうも御贔屓に~。ところで今日はあの黒髪の美人いないの?」
「おあ?黒髪の美人…ああ、モチヅキのことか」
「そう」
「来るって言ってけどなあ…あ、ほら、来てる。兎の店員さんと話してっぞ」

水こぼした男が指差す方向へ、スカイも顔を向けると、モチヅキがノエリオと話しているのが見えた。会話は二言三言だったらしく、すぐに別れてこちらへやって来た。

「モチヅキ~猫の店員さんが気にしてっぞ。兎ちゃんナンパすんの、やめた方がいいぜ」

どうやら水こぼした男は少しお調子者のようだ。やってきたモチヅキに喋りかけながらも「もお、いいって。どこまで拭いてんだよハゲ」「ハゲてねえわ。薄毛なだけだ。ズボンも汚してんだよ。染みになるだろ拭いとけよバカ」と世話を焼かれている。拭いてるやつはおかん気質らしい。そして薄毛らしい。確かに生え際が後退しているようだが。
…警邏隊とはなんだっけ。武装集団だと思っていたが。世話焼き女房がいるとは…。

「うーん。やっぱノエリオの、ふわふわ柔らかそうでいいよなあ。めっちゃもみもみしたい…て、誰がナンパか。俺は誠実に可愛い兎ちゃんの柔らかいものを愛玩したいだけだっつの」

モチヅキの言い草にスカイはカチンときた。

(もみもみしたいだとお…?どこをだ?尻か?柔らかいっつったら尻だよな。このセクハラ野郎…許せん。ピノの尻は俺のもんだ)

更にドス暗い感情が渦巻いて、ついモチヅキを睨みつけてしまう。

「ほら、モチヅキ謝れ。そういうセクハラ発言は彼氏の前でしちゃ駄目だ」
「彼氏?…え、猫の店員さん、ノエリオと付き合ってたりする?」

付き合いはしてないが気になる相手ですとも打ち明けたくもないスカイは、「はんっ」と鼻で嗤って「ご注文どーぞぉ」と職務を優先した。
鼻で嗤われたモチヅキは気にもせず「泡貝のオイルパスタ大盛りで」と本日のおすすめランチメニューを注文。
入口のポップをきちんと読んでから入店してやがる敵ながらやるなと、スカイは妙なライバル心を燃やした。

黒猫尻尾をピンと逆立てて剣呑な雰囲気のままテーブルを離れていくスカイ。

「ねえ、俺ってば黒猫さんから敵認定された?」
「確実にそうだなモチヅキよ」
「えー。俺はただ本当にノエリオのが触りたくて…」
「知ってるよ。お前、獣耳フェチだもんな。獣人が大好きド変態野郎だもんな」

そう、モチヅキ・アレンはケモナーだった。毛の生えた生き物が大好き。毛深い系の獣人が傍にいるだけで涎垂らすほど好きだった。特にあの耳が良い。獣耳が、ふわふわであればふわふわであるほど良い。

獣人が同じ学校にいると知ったその日から、陰に日向に見守ってきた。その獣人てのがノエリオのことなのだけど。卒業する前にノエリオが退学してめちゃくちゃへこんだ。卒業したら絶対に獣人がいっぱいいるところに就職してやると渇望した。だからここメルクマール警邏隊に入れて幸せだ。メルクマールは獣人が多い。それはメルクマール含む領の領主様が獣人だからだ。

人間が獣人を差別している学校とは違って、ここメルクマールでは普通に獣人たちが生活している。あっちにもこっちにも、活き活きと獣耳たちがピンピンふわふわ揺れている。天国か!
「うへへへ」とだらしない顔を晒すモチヅキに、数分前までのキリッとした美形の面影はなかった。
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