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第1話 出逢いと共に一目惚れ? そんなの嘘でしょ!?
仕事が終わり電車に乗るため駅に向かって歩いている現在7時56分。すっかり真っ暗です。
残業の多い職場に嫌気がさしつつ辞めるほどでもないかと我慢し続け、すっかり通いなれたこの道。
街灯に照らされチラホラ程度に人通りのある歩道で、ふと前から外人の集団が歩いてきたことに気付いた。
前に2人後ろに3人。
駅前っていってもここから乗る人ってそんないないから歩道だって狭いし3人も横並びしてたら通れないじゃん! 何考えてんだよ一列に並べや外人!
そんな風に頭の中で文句を垂れまくり。
...いや、だって日本人が面と向かって文句言うなんてできないし、それに何より...
チラリとその集団を見る。
前にいる一人は浅黒い肌に黒い髪の中東系の男と、もう一人は白い肌の金髪白人。
後ろの人達は全員焦げ茶の髪に浅黒い肌をした中東系で、誰もが鋭い目とがっしりした体をしている。
...絶対堅気じゃない!
俯いて目を合わせないようにしつつ、壁ギリギリに擦り寄り立ち止まった。
ぶつかられていちゃもんつけられたくないし...
そんな風にわざわざ私の方から避けてるのに、その集団は一切避けることなくそのまま突っ込んできた。
──当たり前だけど、私はドンッとぶつかられ尻餅をついた。
「っ!」
痛ったい! 何すんのよバカ集団!!
頭の中で罵倒しつつ起き上がろうとしたとき、すっと目の前に手が差し出された。
浅黒い外人の手...
どうしようか迷っているとグイッと腕を引かれ立ち上がらされた。
正直関わりたくないけど助けられた(っても向こうが悪い!)わけだし仕方なくお礼を口にした。
「ありがとう御座います」
けれど向こうからの反応がなくて、ふと顔を上げて見れば目も眩むようなイケメン...
マジか!!
浅黒い肌の男は見上げなければならないほど背が高い。
整った目鼻立ちにつり上がった鋭い目は灰色で、珍しいその色に吸い込まれたように目が離せなくなった。
何秒か見惚れて、ハッと正気に戻り慌てて距離をとろうとしたそのとき、目の前から聞こえた大きな音。
バシンッ!
弾けるようなその大きな音が辺りに響く。
私にぶつかったのだろう大男がドサリと地面に尻餅を着いた。
目の前のイケメンがその男に何か言っているが、外国語らしく内容は分からない。
けれどその声は酷く冷たくて、背筋にゾクリと悪寒が走った。
尻餅を着いた男は頬を赤く腫らしたまますぐに立ち上がり男に頭を下げた。
──やっぱり、どう考えても堅気じゃない。マフィアやこれ。
背中に冷や汗を浮かべたまま、私は気付かれないようにゆっくりと後退り...
ダッシュでその場から逃げた。
「すみマせん!」
あれから何事もなく過ごすこと数日、いつものように会社帰りのあの道を歩いているときだった。
突然後ろから声を掛けられ振り返ると、目の前には見覚えのある褐色の肌をした外人がいた。
──え!? ど、どうしよう! なんでここに!?
あれから何事もなく過ごせていたはずなのに、まさか件の外人に話し掛けられるなんて...
内心慌てながらどう答えようか考えていると、男はまた話し掛けてきた。
「あ~、イキなり声かけて、ゴメンなさい。私、ダニエル・カスティーヤと言います。ダニーと呼んで下サイ。それでアノ、貴女のお名前ハ?」
「...梢弥生です」
「やよーい、やよいさんデスね」
いきなり長文で話されポカンと見ていたら、名前を尋ねられ無意識に答えていた。
いや、答えちゃだめだろ自分!!
私の名前を聞いた彼は嬉しそうにニコニコ笑って何度も名前を呟いている。
一体何なんだ?? まさか「これでお前の住所は分かったぞ」とかそんな...
向こうからぶつかってきたのに恨まれたの!? ええ! そりゃないでしょ!!
冷や汗が止まらない私に気付くことなく男は続ける。
「アノ、驚かせてゴメンなさい、でも本当に、一目見タ瞬間に恋に落ちマした。どうか私に、貴女を愛、させて下サイ」
「・・・・・・え、ぇえ!?」
彼が何を言ってるのか理解するのに時間がかかったけど... いや、一目惚れ!?
ないない! 私美人じゃないし彼氏いない歴26年の女だよ、それはない!
なに、新手のナンパ? 私がされたことあるのは16のとき変質者っぽい中年のおっさんにされて以来だよ。あの男は通りかかった若い女の子に次々声かけててキモかった。
それが2度目はこんなイケメンに?
チラリと男を見る。
外国人らしい彫りの深い整った容貌に健康的な褐色の肌、髪は日本人と殆ど変わらない黒茶色だけど癖なのか柔らかくウェーブしててお洒落。それに灰色の綺麗な瞳してるし。中東風だけどこの人一体何人なんだ?
そもそも絶対堅気じゃないし、何か目的があるに決まってる!
私はキリリと男を睨み付けた。
「何が目的ですか?」
「もくてーき?」
「何かの勧誘ですか、それとも...暴行目的ですか?」
「暴行!? ...っ、NONONO! 私が貴女を傷付けるワケない!」
つい最近外国人による婦女暴行事件があったばかりだしどう見てもマフィアっぽい外国人だし、警戒するのは当たり前だろう。
私の言葉を聞くと彼は慌てて否定した。益々怪しい。
ぶつかったことを逆恨みして風俗にでも売るつもりか?
そんな風に冷めた目で睨み付ける私に彼は困ったように眉間に皺を寄せ顎に手を当て「ん~」っと目を閉じ暫し思案した。
それからハッと目を見開くとポケットから何かを取り出し差し出してきた。
...名刺、だろうか。
そ~っと恐る恐る受け取って見てみる。うん、やはり名刺だ。
しかも海外の大手企業名が書いてある。
「それ、私の会社、それと電話番号とメール。どちらデモいいので、よければ下サイ。私ハ貴女と親しく、なりたいデス」
「はぁ」
嬉しそうにニコニコしながらそんなこと言われたら、してあげてもいいかな...っなんて思うわけないだろ!
...怖いし絶対しない!! ...けどちょっとクラっときた。イケメンヤバい。
「要件は以上ですか? 私はもう行きますので」
「やっ、待って下サイ、もう、暗いデスし、家まで送りマす」
帰ろうとした私を止める彼をジロリと睨む。
送るって、あからさまに怪しい外人に家の住所なんて教えるわけないでしょーが!
名前を言って顔も知られてもう手遅れなんてそんなわけない、まだ大丈夫だと信じてる!
「結構です」
「だめデス。貴女のようナ、美しい女性が、一人帰るなんて...幾ら治安のいい日本デモ、危険デス」
何言ってんだこいつ...
冷めた目で彼を見るが彼の目は揺るがない。本気で言ってんのかこいつ!
何を企んでいるのか全く読めないし、彼を見ても善意で言ってるようにしか見えない。
...暫く押し問答して、仕方ないので駅まで送ってもらうことになった。
「...はぁ。ならそこの駅までならいいですよ」
「待って下サイ、すぐ車呼びマすから」
「!? いや、タクシーなんて高いからいいです!すぐそこですから」
「遠慮シないで」
「遠慮してねーよ!」
空気の読めない外人は結局タクシーを呼びやがった。
タクシー...ってゆーか黒の、セダンだっけ?シュッとした普通の車が止まると彼が私側の扉を開き中までエスコートしてくれる。
レディファーストと喜ぶべきか、逃げられないようにされていると恐れるべきか...
正直どちらの意味でもビビってしまう。彼氏いない歴26年を舐めないでほしい。
彼が乗るときは運転手がわざわざ車から降りてドアを開けてた。
...マフィア云々がないとしても金持ちやな。大手企業を自分の会社だって言ってたし。
でもただの会社社長には見えないんだよね、雰囲気がなんか怖いんだよ。いるだけで威圧半端ないし。
その後、駅までって言ったのに降ろしてもらえず、あまりにしつこくて結局家まで送られたわ。
そうしてもう2度と会うことはないだろうと、いや、そうであってほしいと一抹の不安と共に思っていたら次の日の帰りにも会った。そしてまたしても車に乗せられ送られる。
それはまた次の日も、その次の日も...
...これ、完全にターゲットにされてね?
毎日帰りに会うって確実に目をつけられてるな。
いつ捕まってボコボコにされるのかとビクビクしながら帰っていたのは最初の方だけで、こうして毎日のように顔を会わせるうちに慣れてきたというか...
ぶっちゃけ電車混むから車の方が快適で。
それにダニーは私のこと女性として接してくれるから、なんか居心地がいいんだよね。威圧感はずっとあるけど慣れてしまえばそこまで気にならないし。
あぁいかん、これは奴の罠なのか。油断した所でボコられて売られるぞと自分を鼓舞し警戒しても、どうしても気を許すようになってきちゃって。
一回だけ食事に誘われたことがあるんだけど、そのときはこのままどこかに連れてかれるんじゃないかって過剰に警戒してたからかもう誘ってこない。
そうやって彼は私の嫌がることをしないことも警戒を解いた理由かな。
優しいんだよね、堅気じゃないのに...いや、大手企業の名刺もらったし身元はちゃんとしてるから堅気なのか?
どっちなんだろ?
...彼のことが気になり出したのも、ヤバいよね。
こんなイケメンが私みたいな凡人好きになるわけないじゃん。もっと自制しないと!
そうして彼と会って1ヶ月が経とうとしていたある日...
いつものように彼に車で送ってもらい家の前に着いたので車から降りようとしたそのとき、私の腕が後ろにグイッと引っ張られた。
バランスを崩して倒れそうになった私の体を彼の腕が後ろから包み込んだ。
突然身動き一つできなくなった私は状況が分からずパニックになりかけたが、そのとき私の耳元で彼の声がした。
「少しは私のコト、意識してくれまシたか?」
その低音の、妙に色気溢れるエロボイスを耳元で囁かれ私の心臓はバクバクと高鳴った。
すぐ横に、目を向けるだけで彼の黒茶色の髪が見えるほど近くに、あの綺麗な顔があるのかと思うと身動き一つとれなくなる。
同時に、自分の体に絡み付くものが彼の腕だと、覆い被さるように背中に張り付いているものが、自分が座る温かい椅子が彼の身体だと気付き、ぶわっと顔が熱くなったのが自分でも分かった。
...程好い固さがあるから気付かなかった。女と違って男って筋肉質なのね。
そうなると人の視線が気になって、そっと運転手を見てみるがよかった、こっち見てない。
...ってゆーか、あからさまに顔を逸らして見ないようにしてますね。
「ふふ、余裕だねぇ」
底冷えするような彼の声が聞こえたと思えば、いきなり首筋にチュッと何かが吸いついてきた。
「っ!」
ビクンと肩が跳ね、思わず声が出そうになったが何とか堪えた。
逃げようとしても絡まる腕は振りほどけないし仕方なく文句の一つでも言ってやろうと後ろに顔を向けた瞬間、突然口を塞がれた。
驚いて目を見開く私を、灰色の瞳がじっと見詰めている。
その視線にゾクリと鳥肌が立ったのはなぜだろう。
囚われるような、そんな狂気を感じたからだろうか...
彼は動揺する私に構うことなく、何度もまたチュッ チュッっと優しく唇を合わせてくる。
けれどその瞳は、一挙一動見逃すことがないようにずっと私を見ていた。
──怖いと、彼に会って思ったのは何度目か分からないけど、本気で身の危険を感じたのはこれが初めてかも知れない。
初めてのキスの余韻を味わう暇も、そんなことを考える余裕もなかった。
唇を合わせたまま、お互いにじっと見詰め合う。
彼が何を考えているのか何がしたいのか...被食者の私は背中に冷や汗をかきながら彼の行動から目が離せないでいた。
目を逸らした瞬間に殺られる気がしたからだ。
本気でこの男の考えが理解できない。できないからこそこの男は初めからずっと私にとって怖い存在だった。
私といるときはいつも微笑んでいるが、その雰囲気はどこか普通ではなく周囲を威圧するようなオーラがいつも滲み出ていた。
それに、運転手や私にぶつかった男に対しての冷めた態度に男の二面性を垣間見て恐怖を感じていた。
「あっ!...っ! んっ!?」
突然、胸に感じた感触に思わず声が出たその途端、ヌチュっと口の中に侵入してきた熱い塊に驚いた。
それは私の舌に絡み付くと激しく前後に蠢き始めた。
...残念女な私が最初に思い浮かべたのは口から口に移動して宿主を代えるエイリアンだったのは自分でも痛いと思う。
でも、すぐにこれディープキスじゃね?って気付いたからまだ大丈夫なはず。きっと。
いや、だって自分が誰かとキスするとか想像もつかなかったし...
と、色々考えてる間も縦横無尽に動き回る舌の動きに翻弄され目を閉じた私だけれど、彼は絶対目を開けて見てやがんなとムカついたのは一瞬で、すぐに何も考えられなくなっていった。
グチュッ、チュッ... ジュルジュル
頭の片隅で激しい水音が聞こえることは分かったけど、恥ずかしいとか恥ずかしくないとかそういう次元じゃなくて...
──そう、ようするに...
「弥生? あれ... やり過ぎたか」
そんな言葉を最後に、私は酸欠で意識を手放した。
●●●●●●
思ったことは即実行、欲しいものはすぐに手に入れなければ気が済まないこの俺が、惚れた女に手も出さず1ヶ月も我慢できたのは奇跡だろう。
俺を知っている奴らはこの話をしても絶対に信じない。それくらい自分でもありえないことだった。
日本に来たのは偶々だった。
メキシコでも一番大きなマフィアのファミリーは、金なら腐るほどあるし他のマフィアや警察も手を出してこなくなった最近は暇で仕方なかった。
どこを潰すかどいつを嵌めるか、そんなことを考え実行していた頃は楽しかった。
成功しても失敗しても周りがわあわあ騒ぐのが面白かったし、自分が追い詰められて殺されかけることもなかなかスリルがあって、自分が生きてるって実感できてよかった。
...それが今は敵もいなくなって張り合いがないっつーか、とにかく暇だった。
今日は何をして時間を潰すか、そんなことばかり考える。
暇潰しに俺が出るほどじゃない喧嘩に参加して相手を一人ずつ拷問しても大した時間は潰せない。
その辺の女引っかけて調教するのもこの顔のせいかすぐ終わっちまうし、そもそも俺は親父達みてぇーな好色じゃねーし。
殴り合ってる方が性に合ってる。
その喧嘩ができねーんだよな... やっぱ見せしめにあれをしたのはやりすぎだったか...
そんなことを考えるほど暇だった。そんなとき周りの奴らが騒いでたんだ。
「日本に旅行行ったけどやっぱ日本はいいな」「日本最高!」...と。
旅行っつーか、仕事で海外に行ったことは何度もあるし日本人に会ったこともある。
けど日本に行ったことはないなと気付いて、それなら案内しろとそいつらの尻を蹴って日本に来た。
まさかこれが運命の出逢いに繋がるなんて思いもしなかった。
日本旅行の途中、車を置いて気紛れに町中を歩いているだけでも見慣れない景色はなかなかに面白い。
今日は男5人でいるお陰か、俺一人や数人でいると声をかけられるのが常だか、今んとこ誰にも邪魔されずに観光ができている。
これはなかなか快適かと思っていたのだが、そううまくいかないものだ。
狭い道なのにハリオがバカでけぇ図体してっから小柄な女にぶつかって突き飛ばした。
あいつは危険のないとこだとボケっとして周囲に気を張れない。そのせいで日本に来てから何度もトラブルを起こしている。
てめぇが日本に行きたいと言ったから連れてきてやったのにと呆れつつ、倒れた女に文句を言われても面倒なので手を貸そうと右手を差し出した。
けれど鈍いのか何なのか、女はなかなか手をとらないのでこちらからその腕を掴み引いた。
──掴んだその腕の柔らかさに驚いた。
引き寄せ近付いた女の体臭を嗅いでいい匂いだと感じた。
お礼を言ったその声を聞き可愛い声だと思った。
俺を見上げたその顔を、その瞳を見た瞬間 ──強烈に惹き付けられた。
──全てが俺を惹き付ける、そんな弥生に出逢った瞬間だった。
暫し弥生に見惚れていた俺だが、俺の女をどついたハリオのことを思い出しムカついたので殴った。
なぜ殴られたのか、何が起こったのか分からず素早く周囲に目をやるハリオに言ってやる。
「今お前は俺の女に怪我させたんだ。それを分かってんのかてめぇは」
俺の剣幕に相当怒りを買ったのだと付き合いの長いハリオはすぐに気付き、バッと立ち上がり俺に頭を下げた。
「指の2本は折らねぇーと気が済まねーな」
そう言ってハリオに近付く俺に、ルイスの「あー、お前の女? 逃げちゃったけどいいの?」と言う暢気な声が届き慌てて振り返ると女は大分遠く離れていた。
「追え! 後つけて安全に家まで送れ!」
慌ててそう命令すると足の早さが自慢のアレックスが追い掛けて行った。
その様子を見て漸く安心できホッと一息をつくと、ニタつく嫌な笑みで俺を見るルイスに気付いた。
「んだよ」
「ん~、俺の女ねぇ~」
女受けしそうなタレ目に金髪碧眼の優男のこいつはアメリカ人だ。
ルイスは昔からの友人でメキシコからアメリカへの色んな配達も協力して貰ったり、俺の会社を任せているほど信頼できる男だ。
しかし、昔からの気心の知れた仲だからか少々調子に乗っているようなのはいけない。
ニタつくその顔を一発殴ってやろうと拳を握るとルイスは慌てて謝罪してきた。
「ごめんごめん、だって彼女さ、今初めて会ったんだろ? 日本に来てまだ2日目だし昨日は東京観光だったし。
つまりはあれだろお前、一目惚れ! いや~すげーと思って」
目を限界まで開いたり身振り手振りでのオーバーなリアクション、そしてまたニタついたその顔にイラつき拳を握ると即座に謝罪が返ってきた。
とりあえず今日は帰ろう。それからまた女に会って名前を聞くんだ。
そう考えただけで胸が高鳴った。
すぐにでも会いに行きたかったが、日本語を話せないと会話ができないことに気付いて大慌てで日本語を覚えた。
挨拶程度しか覚えてなかったことをこんなに後悔するとは思ってもみなかったな。
そのせいで再会するのに時間が掛かったが、女の住所は調べがついてるし男がいないことも確認済みだ。
──そうして弥生に会い名前を聞けたときは嬉しくて一晩中店で騒ぎ危うく警察を呼ばれる所だった。いや、呼ばれたが脅して帰したが。
それからは毎日毎日弥生に会いにいくが、なかなか一歩が踏み出せない。
自分がこんなヘタレだとは思いもしなかったし、マジで情けねぇ。
最初はまだよかったんだよ、けど怯えられてると分かってからは余計に近付けなくなった。
それもこれも全部ハリオのせいだから、あいつが俺の女にぶつかったりするから怖がらせちまったんだし、憂さ晴らしに指何本かへし折った。
せっかく日本にいるんだから指詰めろ、指詰め!と煩いルイスをぶん殴った。
野郎の指なんかいるか気持ち悪ぃ! ......弥生のなら欲しいが。
──弥生が遠い...
早くあいつを抱いてあの白い肌に俺を刻み込みたいのにそれができない。
このもどかしいのは何なんだ。
無理やり力づくで抱いたっていいのに、そうしてやろうと決意してもあいつの顔を見た途端ヘタレになっちまう。
このまま一人でメキシコに帰ることになるのか? 弥生を置いて?
そう考えただけで悪寒がした。
俺の目の届かない所で弥生に何かあったら?
マフィアなんかやってる分、世の中の汚いことはよく知ってる。
何より自分がしてきたことだ。
もし弥生が...
だめだ! すぐにでも弥生を連れて行く!!
俺が決意を固めるまで、1ヶ月の時が過ぎていた。
車の中で初めて弥生を抱き締めた。
今までは腕を掴む程度で手を繋いだことすらなかったけど、いや、他の女とも手を繋いだことなんてねーな。
けど、弥生の手を見る度にその白く細い指に俺の指を絡めたいと思ってた。
弥生の柔らかな体に俺の腕が、指が触れる。
背後から抱き締めた体は柔らかく温かい。首筋からは甘い匂いと微かな汗の臭い。
それを感じただけで、嗅いだだけで動悸が激しくなり息がし辛くなった。
アホみたいにチンコが勃起してるし、なに盛ってんの俺?
──胸が苦しい。
こんなに俺が苦しんでるのに弥生は運転手を見てる。
腹の底から涌き出てくる嫉妬でギロリとオラを睨み付けたらビクリッと奴の肩が跳ねた。
オラは後で絞めるけど、まずは弥生にお仕置きが必要だな。
「ふふ、余裕だねぇ」
首筋にチュッと軽く吸い付いただけで弥生はビクリと肩を跳ねさせている。
慣れてないと分かると胸の中に広がるのは歓喜か。
じたばた暴れて俺の拘束から抜け出そうとする様子が可愛い。
何をやっても無駄だと悟ったのか眉を吊り上げこちらに顔を向けた弥生に、衝動の赴くまま唇を合わせていた。
目を見開き驚く弥生だが、結構馬鹿なのだろうか...こんな超至近距離に惚れた相手の顔があって我慢できる男がいるとでも思ったのか?
じっと弥生と見詰め合う。
特徴のないどこにでもいそうな平凡な顔に東洋人特有のブラウンの瞳。
俺達にも多いありふれた目色のはずなのに、なぜこれほど惹き付けられるのか...
その瞳に映る怯えに気付くと、ゾクリと背筋が震えた。
ふっくら程よく膨らんた胸に触ると驚いたのか弥生が小さな声を上げた。
その瞬間を逃さず舌を入れヌチュリと弥生の舌と絡ませ扱く。
興奮して暴走しそうな自分を必死に抑え、怯えて縮こまる弥生の舌をあやすように優しく吸う。
恥ずかしいのか目をギュッと瞑った弥生が可愛いくて段々と舌の動きは激しくなっていたと思う。
唇を使って弥生の唇を食み、舌で歯列をなぞり、溜まった唾液を啜り息さえも奪いとっていた。...と、思う。
...無意識に弥生の胸も揉みしだいてもいた。
そして気付けばすっかり力を失った弥生がいて、気絶してしまったのだと分かり反省した。
ふと、このときになって弥生の胸を揉み続けている己の右手に気付き猛省した。
けれどこれは俺にとって都合がいい。
弥生をそっと抱き締め直してオラに車を出させる。
汗で張り付いた前髪をどかしてやりながらも、笑いをこらえることができない。
今の顔を見られれば嫌われてしまうかも知れない。そう思うと不安になったが、けれどもうそんな心配は不要だと、心から笑った。
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