【本編完結】死んだあとに運命だと言われても、

社菘

文字の大きさ
18 / 81
第3章

しおりを挟む


「せっかくだからお茶を飲んでから帰ろう。ノエル、それくらいの時間はあるか?」
「はい、殿下。もちろんご一緒させていただきます」

たとえ嫌でもイヴァンからの誘いを断れる人はこの世でただ一人、国王しかいないだろう。三人はそれぞれ試飲したい茶葉を選んで席に着いたのだが、レイシスはごく自然とイヴァンの隣に腰掛けた。

ノエルの婚約者である自覚があるのならそちら側には座らないと思うが、今のレイシスはあくまで『イヴァンの幼馴染』として側にいるのだろう。

こちらとしては真正面から二人のことを拝めるので、頭の中でえげつない妄想をしてやるとほくそ笑んだ。

「ノエルが選んだ茶葉は?」
「ロードメリアの南で栽培されている――」
「マルラ産の茶葉の中でも特に甘いフレーバーで、桃の香りがするものがお好みですよね。桃はマルラの特産品ですし、桃が育つところでは茶葉もいい味に育ちますから。あなたは気に入ったものはずっと同じなので分かりやすい」

イヴァンの隣で澄ました顔で紅茶を飲んでいるレイシスが、ノエルの飲み物を事細かく説明するものだから今度はノエルの開いた口が塞がらなかった。

こちらはレイシスの好みなんて一切知らなかったと言うのに、レイシスはノエルの好みを把握していた。先日薬草を持ってきてくれた時はノエルのヒート周期も知っていたくらいだ。ノエルに興味がない割に婚約者の基本的な好みや情報はちゃんと把握しているところが、なんともレイシスらしい。

ノエルは立場上レイシスの婚約者だが、彼のような努力はしていないなと苦笑した。

「あと、ジャムクッキーもずっと好きですよね」
「へ、」
「紅茶にはいつもジャムクッキーじゃないですか。甘いものを飲むときに甘いものを食べるなんて、よほど甘党なんだろうなと」
「そ、そんなことまで知ってるんですね……」
「レイはよく婚約者のことを見ているな」

正直レイシスと一緒に楽しんでお茶を飲む、という機会はほとんどなかった。

月に一度くらいは体裁を保つためにお茶会という名の定例会をしていたけれど、その時のノエルはといえば『早く帰りたい』と思いながらティーカップの中身を減らすことだけを考えていたものだ。

その時にお気に入りの紅茶を飲んでいたとか、一緒にジャムクッキーを食べていたとか、ノエル自身は全く覚えていない。表面上の婚約者の好みまでしっかり観察して把握しているとは、さすがブラウン家の長男だ。

自分たちがあんなに冷め切った夫夫生活を送っていたなんて、こんなレイシスの姿を見たら考えられない。

まあ、彼がノエルの好みを知っているのは、イヴァンの前で『いい婚約者』を演じて点数稼ぎをするためだったと考えたほうが無難だろうけれど。

「で、殿下は何を選ばれました?」
「殿下はレガルド産のレモンベースの茶葉です。ノエルからもらったものよりすっきりした味わいのものですね」

これまた、イヴァンが飲んでいる紅茶の種類をレイシスが答えた。彼は個人の好みを把握しているといいうわけではなく、ただ単に紅茶が好きなだけなのか……?

紅茶博士かと思うくらいスラスラと紅茶についての知識が出てくるので、ノエルはむしろ感心した。彼は宰相ではなく、紅茶関係の仕事をしたほうが上手くいくのではないだろうか。

「二人は婚約してもう5年ほど経つか?」
「そうですね、もうそのくらいになります」
「そうか。長いこと一緒にいるんだな」
「まぁ、これからのほうが長いですが……」

これからのほうが長いといっても、あと12、3年ほどだ。ノエルにとってもレイシスにとっても、これからの10年は30年ほどに感じるくらい長かった。

それが良いのか悪いのか、ノエルが死んだことを踏まえれば明らかだろう。

ノエルの目の前でイヴァンと談笑しながら紅茶を飲んでいるこの男は、ノエルを捕らえた犯人に『煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろ』と言った男だ。

今でもあの時のレイシスの冷たい声が頭の中に響く。それはもう、耳元で囁かれているのかと思うほどリアルで、夜中に飛び起きることもあるくらいなのだ。

前のようにレイシスがノエルになんの興味もなく干渉しない過去に戻ったと思ったのに、最近の彼はどこかおかしい。違和感を覚えてはいるけれど、なにがどうなったとしてもノエルとレイシスが一緒にいる限りあの未来に辿り着くだろう。

だから、離れないといけないのだ。

「そういえばノエルはウィンターの友人なんだって?」
「あ…実はそうなんです。殿下にお伝えする機会がなかったんですが……」
「…"機会がなかった"ですか……」
「なんですか?レイシス様」
「いいえ、別に」

ウィンターの話が出ると、レイシスはまたいつものようにムッとしたような仏頂面になってジャムクッキーにかじりついていた。

そんなレイシスを横目に見たイヴァンはくすくす小さく笑っていて、彼が笑うたびにゆれる金髪に窓から差し込む太陽の光が反射して眩しい。

彼こそ本当に『神の使い』のオメガなのだろうなと、イヴァンを見つめながらぼんやり思った。

「ウィンターは身分に釣り合う同年代の友人がいなかったから、ノエルが友人でいてくれて嬉しいだろうな」
「そうなんですか?」
「釣り合うという意味ではレイはそうだが、こいつは気難しいところがあるから。人見知りだし、ウィンターとは性格も違うから合わないのは一目瞭然」
「……僕を貶していますか?」
「ふふっ、そういう意味じゃないよ。レイの場合、友人は狭く深くだろう?ウィンターはどちらかといえば顔も広いし性格も明るいからな」
「やっぱり貶してるじゃないですか」

言われてみれば確かに、ウィンターは太陽でレイシスは月のようなイメージだ。でもイヴァンも太陽のような人なので、イヴァンと仲良くできているならウィンターとも良好な関係を築けそうなものだ。

もしかしたらイヴァンが特別、なのかもしれないけれど。

「ウィンターがロマンス小説を探していたのはノエルのためか?」
「えっ、と……そうですね」
「私もそういう小説を嗜むからよく分かる」
「え?」
「たまには息抜きに読まないとな。だから、そんなに険しい顔をするな、レイ」

イヴァンから肘で突かれたレイシスがびくっと体を跳ねさせる。ノエルはイヴァンでもロマンス小説を読むことがあるのだなと、純粋に衝撃が走った。

「最近流行っている"運命の真実"も読んだが、すごく面白いんだ。運命の番をテーマにした小説が今まで多かったが、あれは斬新な切り口でいい。ノエルも読んでみてくれ」
「そ、そうですか……!」

イヴァンは知らないから仕方がないけれど、まさか本人から褒められるとは思わなかった。

もしかしたらバレたかと思い心臓が暴れ狂ったが、そういうわけではないと分かってホッとした。

「(本人からも認められる妄想小説になるとは……)」

イヴァンは目を伏せて微笑む。その顔に、同じオメガながらドキっとした。

「ああいう恋愛を私もしてみたいよ」

そう呟くイヴァンの言葉につきりと胸が痛む。

ごめんなさいとノエルが心の中で何度謝っても、その声はイヴァンに届くことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

処理中です...