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第3章
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しおりを挟む「本当にここでいいのか?」
「はい。うちからも近いですし、大丈夫です」
「レイが送ったほうがいいのでは……」
「心配には及びません。レイシス様、イヴァン殿下をお願いします」
三人でお茶をしたあと、本来の目的だったレガルド産の茶葉をイヴァンもレイシスも手に入れたので、店の前で別れることにした。
彼らは今からイヴァン御用達の時計店へ寄るらしい。さすがにそこまでノエルがついていくのは気が引けたので、なんだかんだ理由をつけて二人と別れた。
「やっと解放された……」
イヴァンやレイシスと一緒に過ごすのは嫌な時間ではなかったけれど、やはりどこか窮屈だ。
ノエルは一度思いっきり背伸びをして凝り固まった体をほぐしたあと、そのまま裏路地を通って表通りの本屋へ足を踏み入れた。
「(あ、店頭に置いてある!)」
本屋に入ってすぐ並べられている本が今の人気作品のスペースなのだが、ノエルが書いた『運命の真実』もそこに並んでいた。
「(その隣が"エーデ"だ。あんな破廉恥な絵本と俺の小説を隣同士に置くなんて……)」
学園にいる令嬢たちからは『運命の真実』が人気なようだが、成人している人からは『エーデ』が人気なのかもしれない。
エーデに関しては『ノエルとレイシスみたい』と言われたこともあり、勝手にライバル心を抱いているのだ。エーデがこのスペースに置かれなくなったら『運命の真実』の勝ちということだろう。
語源を調べてみたが『エーデ』も『運命』という意味の言葉らしい。その意味を知ってからますますライバル心は燃えるばかりである。
「ウィンターが探してくれた小説の続きは、っと……」
先日、学園内の図書室で借りてきてくれた中にあった、数年前に流行っていたロマンス小説。一巻を読んでみるとすごく面白かったので、続きは自分で購入しようと思ったのだ。
「おわっ、と、と……ッ!」
結構上の段にあったので脚立を利用して取ろうとしたのだが、バランスを崩して足を滑らせた。
自分が落ちるだけならまだしも、本屋の本を落として傷をつけるわけにいかない――!
ただ、想像していた衝撃は訪れなかった。
「………大丈夫か?ノエル」
頭上から降ってきた声にぎゅっと瞑っていた目を開けると、そこには予想外の人物が脚立から落ちたノエルの体を抱えていたのだ。
「ジルっ、ベール騎士団長様……!」
「はは、いつから俺に敬称をつけて呼ぶようになった?」
「じ、ジル……!びっくりしたぁ」
「びっくりしたはこっちのセリフだ。久しぶりに会った弟が脚立から落ちそうになってるなんて」
「弟って……」
「ベンの弟は俺の弟も同じだからな」
脚立から落ちたノエルを支えていた人物は、ノエルの兄であるベネディクト・ヴァレンタインの幼馴染であるジルベール・フィオレだった。
彼は王宮の警備や王族・要人の護衛を担う第一騎士団の騎士団長で、22歳という若さで主力の騎士団長に抜擢されたエリートだ。
ジルベールはレイシスと同じく侯爵家の出身で、フィオレ侯爵家は代々騎士として王宮に仕えてきた家系だがジルベールはその中でも異例の早期出世だったのは間違いない。
ヴァレンタイン伯爵家とフィオレ侯爵家は身分に差があるが、兄であるベネディクトが幼い頃にジルベールがヴァレンタイン伯爵領へ機会があって訪れたことをきっかけに、二人は旧知の仲になったと聞いた。
ヴァレンタイン伯爵領は小麦と砂糖を主に扱っていて、王宮に献上するほどの上物だ。ジルベールの父が騎士団長を務めていた当時、騎士団にも小麦や砂糖を分けてほしいと自ら契約しに来たのが始まりらしい。
騎士団には専用の寮があり、王宮の食事とは別に料理をしているので小麦類はいくらあっても足りないのだ。騎士団に所属している団員は体力をつけるためにも通常の成人男性より食べる量は多く、専属契約をしないと賄えない量らしい。
それからはまるでノエルとウィンターのように、身分の差を乗り越えた友人関係を築いてきた二人。ノエルは赤ん坊の頃からジルベールからも可愛がられ、本当に彼の弟のように一緒に過ごしてきたのだ。
騎士団長になってからは忙しくなり中々会えていなかったが、まさかこんなところで会えるとは。
「ありがとう、ジル。おかげで怪我せず助かったよ」
「どういたしまして。取りたい本は?」
「あ、えっと……右から三番目の本」
「分かった」
ノエルやレイシスよりもジルベールは背が高く、後ろで一つに束ねている茶色の髪の毛が本を取ろうとした彼の腕の動きに合わせてさらりと揺れる。
だが、彼が普段剣を握る無骨な手が本を握ることはなかった。
「……他の方から取ってもらうくらいなら、僕に言ってください」
「れ、レイシス様!?」
ジルベールに取ってほしいとお願いした本は、後ろからスッと現れたレイシスに奪い去られた。
「ジルベール騎士団長、お久しぶりです」
「ああ、どうも。ノエル、婚約者殿と一緒だったんだな」
「いや、えっと……」
先ほど別れたレイシスがどうして本屋にいるのか、ノエルのほうが聞きたかった。
ジルベールはノエルに対するレイシスの態度を昔から快く思っておらず、いつもにこやかに応戦的なのだ。今も口元には笑みを浮かべているが、金色の瞳は笑っていない。弟を思うが故の行動だとは思うし、ジルベールから嫌われるレイシスも相当なものである。
「で、殿下はどうなさったんですか?」
「時計店にいます。あなたがハンカチの忘れ物をしたのに気がついたので、追いかけてきました」
「そうでしたか…それはご足労おかけしました。殿下がお待ちだと思いますが……」
「ご足労って…あなたに本を取るくらいの時間はあります」
「いつも無視だったのに今更どういう風の吹き回しなんだか……」
「………なにか?」
「ちょ、ジル!」
ジルベールが今にも殺気を出して切り掛かりそうな勢いなので腕を引いて止めると、レイシスは「はぁ……」とため息をついて眉間の皺を深く刻んだ。
「婚約者ではない男性と腕を組むのはいかがなものかと」
「ちが、これは別に……ジルは兄みたいな存在ですから!」
「婚約者らしい振る舞いをしていない君に言われる筋合いはないな」
「もう、ジル……!喧嘩売らないで!」
この二人を直接会わせるとこんなことになるなんて思ってもいなかった。今にも本屋の中で喧嘩を始めそうな二人の間に入って揉まれていると、また後ろから第三者の声が聞こえてきた。
「――あれ、ノエル?偶然だな、殿下たちは?」
「ウィンター……」
「チッ、増えやがった……」
用事があると言っていたウィンターまで本屋に現れ、レイシスの舌打ちまで聞こえてきてノエルはもう頭の中が混乱した。
「(これはあまりにも状況がヤバすぎる!)」
過去にはこんな出来事なかったのに!
そんなことを思いながらあたふたしていると、ノエルの心臓がどくんっと大きく跳ねた。
「――…うぁ……っ?」
なんだか変な香りがする。
すごく甘ったるくて、でもノエルが普段使っているような香水とはまた別の、ただただ甘いだけの匂い。
その香りが鼻からすうっと体内に入り、ノエルの全身を支配しているような感覚に襲われた。
その感覚に漠然と覚えがあったのは、自分が『死んだ時』と同じだったからだ。
「……ノエル!」
ただあの時と違ったのは、レイシスの声は冷たいものではなく、熱がこもった声だった。
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