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第4章
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しおりを挟む「僕はあなたをオメガとして見ていますが、子供を産む人間だとは見ていません。僕は子供がほしいわけではないですし、仕事も忙しいのでそんな暇はないかと。ですので、期待しないでください。時期がきたら考えます。"そういった行為"もあなたのヒート期間になったら寝室に行くようにします。それ以外は別々で」
結婚初夜に、レイシスから言われた言葉だ。
結婚式当日ノエルにはヒートがきていなかったので、無理をしてする必要もないからと初夜は見送られ、形だけの番契約をして終了した。新婚だというのにレイシスはほとんど家に帰って来ず、1ヶ月もするとノエルはレイシスを待つのをやめた。
彼は本当にノエルのヒートの時期に帰ってきてはノエルの熱を慰め、事が終われば一言も交わすことなくまたどこかへ去っていった。レイシスの家はここなのに、彼は他に帰る場所があったらしい。
ヒート期間中だけそういうことをするために、久しぶりにレイシスと会う。
そんなのは結婚とか夫夫だとは言えないしあまりにも虚しくて、結婚から4年ほど経ってから「ヒートの時に来なくてもいいです」と彼の情けを断った。
「あなたが言うなら、そうします」
――よく言うよ。こっちから言い出すのを待っていたくせに。
それからのレイシスは、年に数回屋敷に帰ってきたらいいほうだった。
でも彼が帰ってこなくなった決定的な理由はそれから2年後。イヴァンが亡くなってから、レイシスは本格的に帰ってこなくなった。
「――ノエル・ブラウン。イヴァン殿下の飲み物に毒を盛ったのはお前か?」
「ちが、違います!私は決してそんなことは……っ!イヴァン殿下を手にかけようなんて思ったことはありません!」
ノエルが26歳、レイシスとイヴァンが25歳の時。
イヴァンの飲み物に毒が混入し、一番近い侍従だったノエルが疑われた。そうなるのも無理はない話で、だからこそ真摯に取り調べには対応した。やましいことは何もないので屋敷を捜索されるのも抵抗せずに応じた結果、ノエルの疑いは晴れることとなった。
「……疑いは晴れたのであなたを追い出すなんてことはしませんが、あなたはもう自由の身ではありません。慎ましく過ごすようにしてください」
「あの、レイシス様……!」
「僕に言い訳はいりません。色々と立て込んでいて……そういう話を聞いている余裕がないんです」
イヴァンの死後、貴重なオメガの王を失ったとロードメリア中が悲しみに包まれた。
ノエルも悲しんでいたうちの一人だったのだが、王宮を追い出されて仕事がなくなったこともあり、世間からの目は冷たかったものだ。
行き場のないオメガを教会が保護しているという活動を知っていたので、思い切ってレイシスに離縁を求める手紙を送った。
ただ、彼からの返事は『そんなことを考える暇はないから、手紙は寄越さないでくれ』というものだった。ノエルは実家にも手紙を送っていたのだが、父からの返事は『帰ってくるな』という、なんとも冷たい返事だったのだ。
離縁もできない、家に帰ってこないから話し合いもできない、実家にも帰れない。ノエルは文字通り、ブラウン侯爵家で孤独な日々を過ごしてはステラだけが唯一対等に話せる相手だったのだ。
『ノエル、レイはきっと話せば分かってくれるわ』
「無理だよ。レイシス様は俺の話なんて聞きたくないって言ってるんだから。手紙まで拒否されたら、どうしようもないでしょ」
『そんなの、私が届けてくるわよ!ちゃんと読むまで帰らないって言うわ!』
「……でもステラは俺にしか見えないんだから、意味ないよ」
――どうしてこんなことを言ってしまったんだろう。
あの時のステラの傷ついた顔が今でも忘れられない。
その日からステラの妖精としての輝きがだんだんと失われていき、ノエルが殺される数日前に永遠の眠りについた。
彼女が好きだった紫色の綺麗な花に包んであげて見送りをしたのだが、それをレイシスには伝えなかった。伝えたところで彼にはステラが見えないし、それくらいで連絡してくるなとまた言われそうだったから。
「結婚して11年……これからもこの地獄が続くのかな……」
11回目の結婚記念日。
レイシスと結婚してから一度だってこの日に二人が一緒にいたことはない。
「ノエル様……食事はもうお下げしますか…?」
「……あぁ、うん。いや…捨てるのはもったいないから俺が食べるよ。みんなに冷えた食事を食べてとは言えないし」
「そんな、私共のことはお気になさらないでください」
「今からでもレイシス様に伝達魔法で――」
「いや、いいんだ。形だけでも毎年やっていたほうがいいかなって、俺の自己満足だから。みんな付き合わせてごめんね」
「ノエル様……」
ヴァレンタイン家にいる時、ノエルの専属侍女だったルナを始めとする侍従や侍女は連れてこられなかった。多少の不安はあったけれど、ブラウン家の執事や侍女たちはレイシスよりもノエルに優しくしてくれたものだ。
だからこそ、孤独でもなんとか耐えられていた。
一歩外に踏み出ると白い目で見られたが、ブラウン家の屋敷はまだ安心できる場所だったから。
「本屋に行きたいから、息抜きがてら一人で街に出かけてくる」
「誰か一人でも連れて行ってください、ノエル様」
「気持ちはありがたいけど、一人になりたいんだ。ごめんね」
「……分かりました。でも、せめて街の近くまで馬車に乗って行ってくださいませ。同じ場所で待機させるようにしますから、お帰りの際も乗って帰ってきてください」
「頑固だね、セシリアは。でもそんなに心配するなら、言うことをきくよ」
「ありがとうございます、ノエル様。用意させますね」
「うん……あと、もしレイシス様から所在を聞かれたら、」
「体調が悪くて眠っているから誰ともお会いしたくない、と。屋敷の者は周知しておりますからご心配には及びません」
時々、息抜きだと言って街へ出かけることがあった。
屋敷のみんなはノエルを気の毒に思っていたので一人で出かけることも反対せず、レイシスがノエルの所在を尋ねてきた時の言い訳まで全員が知っていたほどである。
ステラがいるときは暗示魔法をかけてもらい、ノエルだと分からないようにしてもらっていたのだ。でもそんな彼女も今はいない。変装して街へ繰り出したのだが、その後ノエルがブラウン家の屋敷に生きて帰ることはなかった。
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