【本編完結】死んだあとに運命だと言われても、

社菘

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第4章

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なんだか変な香りがする。

すごく甘ったるくて、でもノエルが学生時代に使っていたような香水とはまた別の、ただただ甘いだけの匂い。

その香りが鼻からすうっと体内に入り、ノエルの全身を支配しているような感覚に襲われた。

「あぁ、ノエル・ヴァレンタイン……やっと、やっとだ……」

――…誰……?

ブラウン家の屋敷から馬車に乗って、街の側で下ろしてもらった。それからは顔を隠しながらコソコソと本屋に来て新しい本を物色していたのに、今はもうどこにいるのか分からない。

甘ったるい変な匂いが漂っていて、頭も体もまるで錘がついているかのように重く、指先一つ動かせなかった。

だんだんとはっきりしてきた頭の中。地下牢のような薄暗い部屋に自分の体は横たわっていて、黒いローブに黒い仮面をつけた怪しい人物が見下ろしていた。

「ノエルと番を解消しろ。解消に応じないのであればノエルは死ぬ。お前の番の運命は俺が握っているから、いつでも殺せるぞ」

なに、まって、なんの話……?

意識はあるけれど、体も動かなければ声も出ない。多分だが、魔法を使って封じられているのだろう。

黒いローブの男が宙に話しかけてパチンッと指を鳴らした途端、光る鳥が現れた。そしてその鳥は手紙を咥えて飛び立ったのだ。ノエルは魔法を使えないけれど、それが前に本で読んだ『伝達魔法』だと分かった。

それからすぐ、今度は光る狼が手紙を咥えてローブの男の元へ現れた。その狼がサラサラと光る粉になって宙に消える時『煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろ』という、何とも感情がないレイシスの声を聞いたのだ。

「………恨むなら、レイシス・ブラウンを恨むんだな」

――あぁ。俺はレイシス様にとって何の価値もないオメガだったんだな。

番の解消をするよりも死んだほうがいいと思われているなんて、驚くほど惨めな人生だった。

いや、そもそもこの誘拐劇はレイシスが企んだことではないだろうか?

伝達魔法を使うと、文字ではなく音声がそのまま相手に届く魔法だ。最期にあんなに冷たい声を聞かせるために、ノエルを絶望させるために、彼が仕組んだことかもしれない。

ただ、だからと言ってノエルはレイシスを恨むことはないのだ。

ずっとずっとレイシスを苦しめていた自覚があるから、彼に恨まれて殺されるのも無理はない。だからノエルはレイシスがこの殺害を企んでいたって恨まないし、ノエルがいなくなることで幸せになれるなら、そうなってほしいと心から願った。

「ごめん、レイシス……もういなくなるから、幸せになって……」

心の中で思っていたことなのに、なぜか声が出るようになっていた。

ローブの男が仮面の下で小さく笑う声が聞こえたが、そんなことはもうどうでもいい。

「……早く殺して…早くあの人を、楽に……」

ローブの男がはめている黒い皮の手袋越しに、指先でつうっと心臓をなぞられた。

それにびくりと反応すると男は満足そうにフッと笑い、動けないノエルの体を反転させる。男の大きな手はレイシスの歯形がついているノエルのうなじを掴んだかと思えば、次の瞬間全身にびりっとした痛みが入った。

「あ、あぁぁー……ッ」

痛い、気持ち悪い、吐きそう。

形だけでもレイシスと番の契約をしているので、他の人から悪意を持ってそこを噛まれるとオメガとしての防衛本能が働いた。

レイシスを愛しているとか自分の番だと思ったことはないけれど、番の契約をしているので体と本能は彼を自分のアルファだと認識している。

だからか他の人を受け入れるのに嫌悪感が襲ってきたが、どうせ死ぬのだからもうどうでもいい。

「煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろよ……っ」
「威勢がいいな、ノエル」

男がノエルの耳元に低い声で囁いた。

「ノエル・ヴァレンタイン。お前の"運命"は他にある」

甘ったるいだけの香りと、不気味な声の男の言葉に驚いて飛び起きた。

額や背中に流れていく汗の感覚が気持ち悪い。早鐘のように脈打つ心臓を服の上からそっと確認すると、確かに『生きて』いる。

過去に戻ってきてから初めて、あんなにリアルな夢を見た。

結婚してから死ぬまでの悪夢はただの夢ではなく、もう一度その時を生きたようだった。

「の、ノエル様……!」

ノエルを見て悲鳴にも似た声を上げたルナに、なんだか前にも同じようなことがあったなと考える。

死んだと思った自分が次に目を覚ました時、同じようにこの部屋にルナがいたのだ。そうだ、あの時は逆だった。ルナのほうが落ち着いていて、ノエルのほうが取り乱していた気がする。

「も、もうお目覚めになられないのかと、思って……っ!」
「へ?」

ルナがノエルを見て号泣しているので大袈裟なリアクションだなと思っていたのだが、どうやら自分はもう4日ほど眠っていたらしい。

イヴァンとレイシスと街に出かけたあの日、本屋で倒れてから一度も目を覚すことなく眠っていたのだと。

「こんなに心配になるヒートは初めてで……私共もどうしたらいいのか分かりませんでした…」
「え、ヒートだったの?あんまりそんな感じがしないんだけど……」
「レイシス様のお話では突然ノエル様がヒートになり、フェロモンが溢れ出したと…その場にいらっしゃったレイシス様やウィンター様、ジルベール騎士団長もノエル様のフェロモンにあてられたようです……」
「うそ!?そ、そんなことになってたなんて……!」

いつものヒート期間中より体が重い感じも、熱が体内にこもっている感じもしない。

しかもよく覚えていないのは、ヒートが来て倒れたことだ。あの場には三人もアルファがいたのに、全員に迷惑をかけてしまっただろう。

「それと、大変言い辛いことなのですが……」
「これ以上言い辛いことがあるの?」
「この4日間、学園にいる時間以外はイヴァン殿下がノエル様の看病を……」
「………ちょっと待ってくれ、嘘だって言って」
「今まで前例がないオメガのヒートの症状だからと、イヴァン殿下が心配なさったんです……それに今回のノエル様のフェロモンは私のようなベータにも分かるほど濃く強いものでした。殿下は同じオメガだから平気だと言われ……」

あぁ、頭が痛い。

レイシスたちに迷惑をかけただけではなく、この国で一番手を煩わせてはいけない人に、同じオメガだからと言って世話をさせてしまったなんて!

「俺はもうだめだ、ルナ……また来世で会おう……」

この件は不敬罪に当たり、打ち首だろう。

推しカプが結婚するところだけは見たかったのだが、仕方がない。まだ何もやり遂げていないけれど、2回目の人生、ここで終わりのようだ。

この世の終わりだと絶望するノエルを尻目に、部屋のドアが重くノックされた。


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