【本編完結】死んだあとに運命だと言われても、

社菘

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第4章

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「話し声がしているが……ルナ、もしかしてノエルが起きたのか?」

ドアの向こうから聞こえてきたイヴァンの声に、ノエルの体がびくっと飛び跳ねた。

ルナの話は嘘ではなかったのだ。

ベッドサイドのテーブルに置いてある懐中時計を見るとすっかり夕方になっていて、学園から真っ直ぐノエルの様子を見にきてくれたのが分かる。

「お、お通ししてもよろしいですか?ノエル様……」
「さすがに、うん……顔も見ずに帰すわけにいかないからね……」

ヒート中は全身が熱に支配され苦しい思いをするのだが、イヴァンの訪問にノエルの顔は青ざめ、全身が冷たくなっていくようだった。

なんせ、王位継承第一位のイヴァンに、伯爵家の息子の看病をさせたのだ。

なんてお詫びをしたらいいのかも、この状況にまだ頭の理解が追いついていないにもかかわらず、無慈悲にもイヴァンがノエルの部屋へ入ってきた。

「ノエル!あぁ、よかった…!目が覚めたんだな」
「あ、あああの、イヴァン殿下……!」
「いい、何も言うな。私は何とも思ってないから」

ノエルが『申し訳ない』と思っているのを先読みしたイヴァンはベッドサイドの椅子に腰掛けながら、汗が滲むノエルの頬を撫でた。

いつも笑顔で太陽のような人だけれど、今のようにリラックスしているような、柔らかい表情は見たことがない。同じオメガで同性なのにどきっと胸が高鳴ってしまった。

「気にするなと言っても無理な話だろうな」
「そ、ですね……俺にできることで何かお礼をしたいです」
「お礼なんて考えなくてもいいが……そうだな。じゃあ、ノエル。私と一つ約束してくれないか」
「約束ですか?」
「あぁ。これから先、もし私が何かに困ったら……その時はノエルが一番、私の味方でいてくれ。誰か一人でもそういう人がいると安心できるから」

ノエルは王家の家系ではないし、兄がいるがイヴァンとは違ってヴァレンタイン伯爵家を継ぐこともない。でも彼は幼い頃から『王』になるために生まれ、教育され、周りからの期待やプレッシャーもノエルが想像できないほど大きいのだろう。

なにより、自動的に王位継承者が決まると言っても、イヴァンの兄であるルシアン・ウェントワースとの折り合いも悪いと聞いている。聞いていると言うか、そうだったのを知っているのだ。

ルシアンはロードメリアの王、オウェイン・ウェントワースの正妻との間に生まれた王子だが、イヴァンは側室との間に生まれた子供だ。イヴァンがオメガでなければ正妻の子供であるルシアンがそのまま王位を継いだと思うが、イヴァンが生まれたことで状況は一変。

イヴァン毒殺の背景にはルシアンが絡んでいるのでは、と囁かれていたほどだ。

レイシスがいると言っても、彼はアルファ。オメガ同士でしか分かり合えないこともあるし、そういう味方が一人でもいてくれたら……と思う気持ちは分かる。

なんせノエルも一人で孤独に耐えてきたのだから。

「……分かりました。俺はいつだって、イヴァン殿下の味方でいます」
「ありがとう、ノエル。私もノエルの味方でいるから安心してくれ」
「殿下がそう言ってくれると、本当に心強いです」
「ノエルはレイの大事な婚約者だしな。約束は反故にしないと誓おう」

イヴァンがノエルの手をぎゅっと握りしめると、冷たくなっていた全身に熱が巡るようだった。

「それで、ノエルに聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「本屋で倒れた時のことを覚えているか?」
「いえ…実はほとんど覚えていないんです。その場にレイシス様とウィンター、それにジルベール騎士団長がいたことは覚えているんですが……」
「突然ヒートになった自覚は?」
「それも全く……先ほどルナに聞いて驚きました。なんせ、いつものヒート中より体のダルさとか熱がこもっている感じもなくて……」
「そうか。ノエルの体におかしいところがないなら安心したよ」
「ルナから聞いたんですが、俺のフェロモンが強くて濃かったからベータの彼女でも反応してしまったと…あの場にいたレイシス様たちは大丈夫だったんでしょうか……?」

恐る恐るそう聞いてみると、イヴァンは困った顔をして笑う。肩をすくめて「大変だったんだ、実は」と言うのでノエルはまた冷や汗がたらりと垂れた。

「あの場にいた全員、普段から強めの抑制剤を服用している三人だった。三人ともいい家柄の出身だし、ジルベールにいたっては騎士団長だから多少のフェロモンでは動じないように昔から鍛えられてる。でも……全員ノエルのフェロモンに反応してしまったんだ」
「俺、なんてことを……」
「レイに聞いたがノエルのヒート周期はまだ先だったそうだな。何が原因でそうなったのか定かではないが、とにかくレイが大変だった」
「え?れ、レイシス様がどうかなさったんですか!?」

婚約者の監督不届だと彼の父であるアルバートに諫められたか、全く覚えていないがレイシスに『そういう行為』を強制してしまったとか――

もし後者ならレイシスだけじゃなくノエルの未来もない。

大変なことをしでかしてしまったのではと顔を青くするノエルを見たイヴァンは「ノエルが悪いわけではない」とフォローしてくれた。

「お前たちが"運命の番"というのが関係しているのかもしれないが、レイは気を失ったノエルを抱き抱えたまま他の者を近づけないように威嚇していたんだ。それはもう、まさしくアイツは狼だったよ。この私にさえもノエルを渡そうとしなかった」

イヴァンの話によれば、レイシスもオメガのフェロモンに反応してラットを起こしたのは間違いないらしい。

ただ彼は『庇護欲』と『防衛本能』が働いて、自分の番であるオメガに他のアルファを近づけまいと牙を剥き出しで守っていたのだと言う。

「(………めちゃくちゃ萌えるシチュエーションだったんじゃない!?)」

なんで倒れたのがイヴァンじゃなくて自分なんだ!俺のばかばか!と思うと同時に、オメガを守ろうとする防衛本能や庇護欲がアルファにはあるのだなと初めて知った。

昔読んだ文献にもそんなことは書かれていなかったのだ。

これが『運命の番』同士だから特別な能力なのか、誰にでも備わっている力なのかは分からない。ただ、今の事実としてはレイシスにはその能力があるということである。

「(倒れたのがイヴァン殿下でも、きっと……)」

そのほうが望ましいことだし小説のネタにもなるなと思っていたのだが、少しだけ心がつきんっと痛んだことには気づかないフリをした。


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