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第4章
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しおりを挟む「ただ、勘違いしないでほしいのは……レイはノエルを守っていただけだ。決して手は出していないと神に誓う」
「そ、そんな……疑ってませんよ」
「それならよかった。一応、大事な友人のためにもな……あとレイが離そうとしないから抑制剤を飲ませて、彼がここまで運んできた。私に礼を考えているなら、レイにしてやってくれ」
オメガのフェロモンに反応しながらも、ここまでレイシスが運んできたことに驚いた。本で身につけた知識や教師からの話だと、ヒートがきたオメガはアルファを求め、お互いに理性がなくなり本能のままに行動すると聞いていた。
だからたとえ婚約者でもヒート期間中に会ってはいけないし、オメガとアルファの婚前交渉は誰よりも厳しく禁止されている。
そんな中、よくレイシスの理性が保ったものだなと感心した。――いや、感心という言い方は上から目線かもしれない。
きっとレイシスにとってのノエルは、理性がなくなるほど手を出す価値もないということだろう。
「実は、レイも屋敷の中にいるんだ」
「え!?」
「ノエルには会えないが心配だからと。目覚めたら教えて欲しいと言われてたんだよ……もしノエルが許すなら、少しだけ会ってみるか?」
「で、でも……」
「部屋の外に私と護衛が待機しておくから。ノエルのことが心配で憔悴しているアイツに、少しでも顔を見せてやってくれないか」
実際ノエル自身もヒートだという感覚はないし、フェロモンが出ているような気配もない。ベータのルナもすっかりフェロモンは感じていなかったようなので、一目だけでもという話になった。
一度ドアを開けたままレイシスと会って、また暴走するようならイヴァンと護衛がすぐに連れて帰ると言う。
イヴァンが確認してくれたのだが、ノエルの父・ヴィンセントもノエル自身が了承するなら会うのは構わないと言ったらしい。
さすがにそこまで言われたら会わないわけにいかないので、とりあえずドアを開けたままレイシスに会うことにした。
「の、ノエル……」
「お久しぶりです、レイシス様」
「げ、んきそうで…なによりです」
「はい、おかげさまで……」
後ろにイヴァンと護衛が待機しているからかレイシスがなんだかぎこちない気がする。そりゃそうだ、好きな人の前で名ばかりの婚約者に優しく声をかけないといけないのだから。
「……殿下、すみません。少しの間だけ二人きりにしていただけますか?」
「ノエル、大丈夫か?」
「は、はい!この距離でお互い発情してないので、多分大丈夫だと思います」
「あまり長い時間二人きりにはさせられない。どちらでもいいから危険を感じたら大声で呼ぶんだぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
パタンっとノエルの寝室のドアが閉められ、正真正銘二人きりになった。
「ノエル、」
「はい?」
「何もしないと家名に誓います。だから、その……抱きしめてもいいですか?」
「………えっ!?」
俯いたままのレイシスが突然そんなことを言い出すので、ノエルは顔に熱が集中するのが分かる。何を言い出すのかと思ったら『抱きしめたい』なんて。
「(お前が抱きしめるべきなのはイヴァン殿下だろ!)」
心の中でそう突っ込んだものの、レイシスの顔を見たら「嫌です」とは言えなかった。
なんせ彼はとても疲れた顔をしていて、目の下にはクマを作っていた。何かを思い詰めているようなレイシスの姿に何とも言えない感情になってしまったのだ。
「いや、すみません急に……抱きしめるのはちょっと、突然ですよね。手だけ繋ぐとかでも…だめでしょうか?」
「い、い、いいですよ……」
抱きしめられるのは慣れていないから、心の平穏のためにも手を繋ぐくらいに留めてもらわないと。
ノエルがおずおずと手を差し出すと、レイシスはホッとした顔で控えめにきゅっと握る。
そんな彼の手からじんわりと優しい熱が伝わってきて、ノエルはなんだか安心した。
「……聞いていたヒートと違って、あなたが倒れたので…このまま目を覚さないんじゃないかと思ったら夜も眠れなくて……」
「そう、だったんですか……」
眠れていなかったから目の下のクマを作っているのか、レイシスの疲れた顔も納得ができる。ノエルが倒れたくらいで彼がそうなるなんて思っていなかったので、少しだけ甘く胸が締め付けられた。
「俺自身もこんな経験は初めてで……レイシス様やウィンター、それにジル…ベール騎士団長にもご迷惑をおかけしました」
「それはもう、謝ることではないので」
するっと、指の付け根を撫でられる。
レイシスの銀色の瞳がノエルの心臓を射抜いて、思わずどくんっと大きく跳ねた。
「あの二人のどちらかのフェロモンに反応してヒートが起こったとか、そういう可能性はないですか?」
「わ、分かりません…もしかしたらそういう可能性もあるのかもしれませんけど……そういえばあの時、甘い香りがしてから意識が遠くなって……」
「甘い香り……アルファのフェロモンの可能性もありますね」
こんな真面目な話を手を繋ぎながらすることでもないが、レイシスが離してくれないのだから仕方がない。
ドキドキしているのは自分だけなのか、この鼓動が手を伝って彼に通じてなければいいなと恥ずかしさに思わず俯いた。
「レイシス様……」
「はい?」
「俺を、守ってくれていたとイヴァン殿下から聞きました。ありがとうございます」
そう言ってチラリとレイシスを見上げると、彼はぶわっと顔を赤くして驚いていた。そんなレイシスにつられ、ノエルの顔も赤くなるのが分かった。
「いや、あの、あれは……やり直したいです……」
「やり直したい?」
「僕もあの時のことはほとんど覚えてないんですけど、殿下に聞いた話では本能剥き出しの狼のようだったと…あなたが覚えてなくて本当によかったです……」
「俺が覚えてなくてよかったって、どうしてですか?」
「だって、きっとすごく醜い姿だったと思います。そんな姿をあなたに見られて怖がられたらと思うと……」
なるほど。アルファとしての本能を剥き出しになったレイシスを怖がるイヴァン、そんなイヴァンの信頼を時間をかけて回復するレイシスの図、美味い。
これはいい小説のネタになるぞ……なんて、ノエルを心配してくれているレイシスは婚約者にこんなことを思われているなんて知らないだろう。こんなこと知らないほうがいい。こちらが勝手に美味しく料理するだけなので。
「とりあえず、今後は今まで以上に注意してください」
「はい……」
「僕が四六時中あなたに張り付いているわけにいかないので」
「ですね……」
「あと、緊急事態の時、僕に伝達する方法をステラと話し合っていてください」
「え?ステラとですか?」
「はい。僕にステラは見えませんし話せませんが文字を書いて伝えるとか、きっと何か方法はありますよね。ステラがあなたの敵になることはないでしょうし、一番近くにいる信頼できる人ですから」
「なるほど……分かりました。ステラと考えておきます」
冷静に考えると緊急時にレイシスに伝えることが正解かどうかは分からない。今のところノエルを殺した犯人が誰なのか全く分かっていないし、ノエルから見るとレイシスが一番の有力候補なのだ。
だからこそイヴァンと結婚させて更生させようとしているのだが、17歳のレイシスのことはまだ信じられるかもしれない。
でもすぐに信頼して痛い目を見るわけにはいかないので、彼のこともある程度は疑っておかないと。
でも緊急時にステラが誰かにそれを伝える方法は考えておかないと、また拉致された時に無惨に殺されてしまうだけだ。それに、ステラに連絡してもらう相手はなにもレイシスじゃなくてもいい。だからこそ、考えておくのはいい方法だなと納得した。
「レイ。そろそろ帰ろう」
「はい、殿下……では帰ります。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます。また学園で」
「……明日も様子を見にきます。会わなくても大丈夫ですが、様子だけでも聞きにきます」
最後にもう一度そっと手に触れて、レイシスはイヴァンと帰って行った。
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