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第4章
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しおりを挟む目覚めてから数日後。
変な夢は度々見たけれどノエルは特にヒートが長引く様子もなく、どちらかと言えば目覚めてからは体力が有り余っていて執筆作業が捗ったほどだった。
「ルナ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうなさいました?」
「いつも俺の香水を調合してくれるけど……あれはどこかに注文したりしてるの?」
「ノエル様の香水ですか?私がお店に足を運んで、材料を選んでから調香師にお願いしておりますよ」
「そのお店ってどこにある?」
「先日ノエル様が倒れられた本屋の近くです」
「なるほど……」
ふと気になった、ノエルが目覚めたときにレイシスが言っていた言葉。
『あの二人のどちらかのフェロモンに反応してヒートが起こったとか、そういう可能性はないですか?』
という話がなんとなくずっとノエルの頭の中を占めていた。
レイシスはノエルが嗅いだ甘い匂いをアルファのフェロモンじゃないかと言っていたが、香水の店が近くにあるのなら話は別だ。もしかしたらあの匂いはフェロモンではなくただの香水の匂いだというのもあり得る。
「俺が使ってる香水と同じような匂いはその店に売ってあるのかな?」
「いえ、全く同じものはありません。似たような香りはあるかもしれませんが……」
「そっか、分かった。ありがとう」
これは一度店舗に行って調べてみる必要がある。
この期間に書き溜めた原稿を出版社に持っていこうと思っていたので、香水の店に寄るにはちょうどいいタイミングだ。
「何かご入用ですか?」
「いや、自分で行くから大丈夫」
「な…!つい先日街で倒れたばかりですよ!?」
「助けてくれたレイシス様へのお礼を買いたいんだ。眠れていなかったようだから、リラックスできるような香りを探したくて」
困った時は婚約者の名前を出すに限る。レイシスへのお礼を探すためだと言うとルナは満足そうに微笑んで「そういうことでしたら、必ず護衛をつけてから行かれてくださいね」と納得してくれた。
「ステラ!」
ルナが出て行ってから、部屋の周りに誰もいないことを入念に確認してステラの名前を呼ぶ。ノエルが名前を呼んだ途端、美しい妖精が姿を現した。
『ノエル、どうしたの?』
「街に行きたいから暗示魔法をかけてくれる?」
『あら、体調はもういいの?大丈夫?』
「うん、大丈夫。出版社に原稿を持ち込んで、そのあと香水の店に行くくらいだから」
『香水?自分で選ぶなんて珍しいわね』
「ちょっと探したいものがあってね。じゃあ行ってくる」
ステラに暗示魔法をかけてもらい、原稿を持ってコソコソと街に繰り出した。出版社に無事に原稿を提出し、先日倒れた本屋の近くへ足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
ふわふわとした栗色の長い髪に、緑色の大きな瞳が印象的な女性がにこやかに出迎えてくれた。
思っていたより小さい店だが品のいい店内には、宝石のようにキラキラしたガラスの小瓶がいくつも並んでいる。小瓶の中に液体が入っていれば香水で、袋に入っている匂い袋もあったり、店内はいい香りで満たされていた。
「私はこの店の店主で調香師のマロンと申します。なにかお探しですか?」
「あ、えっと……安眠できていない男性に、リラックスできるような香りをプレゼントしたいんですけど」
「リラックスできる匂いでしたら、ラベンダーやカモミール、それにオレンジ系の香りもいいですよ」
「へぇ……」
「それらの香りで調合してみましょうか?」
「お願いします。できれば二人分お願いしたくて」
「かしこまりました」
調香師が準備をしている間、ノエルは店内にある香水の中身を一つずつ嗅いでみた。ノエルが使っている香水と似たような香りはあったけれど、あの時香ってきたようなただただ甘ったるいだけの香りはこの店にはなかった。
「他になにかお探しのものがございますか?」
「先日、一週間ほど前に近くの本屋でオメガが倒れたのはご存知でしょうか?」
「はい、もちろん。ノエル・ヴァレンタイン様ですよね」
「その時このお店で香水の瓶が割れたりとか、そういったことはありませんでした?」
「確かその日はお店自体がお休みだったんです。翌日店を開けた時も瓶が割れたりそういったことはありませんでしたね」
「そうですか……」
似たような香りもないし、あの日店が閉まっていたなら違うのだろう。
やはりあの日、そしてノエルが死んだ日にも香ってきた匂いは香水というわけではなく、誰かの『フェロモン』だった可能性が高いのかもしれない。
「……だとしたら、やっぱり俺を殺したのは……」
もしもあの中に『犯人』がいたとしたら。
あの匂いが『犯人』のものだとしたら。
「こちら、お二人分ご用意いたしました。贈り物用にお包みしますか?」
「あ、は、はい……お願いします」
綺麗に並んでいる香水の瓶を眺めながらぼーっとしていたノエルは、マロンの声かけに我に返った。
「眠る前に枕やお部屋の空間などにひと吹きしてもらうだけで、ぐっすり眠れると思います。ハンカチなどに吹きかけて持ち歩くと眠る前だけではなくリラックスできますよ」
「そうですか、分かりました。ご丁寧にありがとうございます」
綺麗にラッピングされた箱を二つ受け取り、ノエルは次に先日イヴァンたちと訪れた紅茶の店に向かった。
「贈り物なんですが、茶葉とクッキーをプレゼント用に二つずつ包めます?」
「もちろんです。お待ちください」
他の人がどんな紅茶が好みなのか正直分からないが、ノエルの好きなマルラ産の桃の香りがする茶葉とバタークッキーをチョイスした。
香水はイヴァンとレイシスに、茶葉とクッキーはウィンターとジルベールにお礼として渡すためにそれぞれ用意した。
「………ノエル?」
「げっ!」
「げってなんですか……お一人ですか?護衛は?従者は?あなたは今ヒート期間中でしょう。こんなところで何をしてるんですか」
厄介な奴が来た……。
まさかすぎるレイシスの登場に、ノエルは大きなため息をついた。
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