26 / 81
第4章
7
しおりを挟む最悪すぎるタイミングでレイシスがこの店に来るとは思っていなかったし、ステラの暗示魔法が切れるなんてダブルで不運だ。
ただ、レイシスはノエルのそんな気持ちなんてつゆ知らず。
『ヒート期間中』だと言って学園を休んでいるノエルが街に繰り出しているのだから、彼もさぞ驚いたことだろう。
「それは、その~…体調がいいので、お礼の品を買いに来ただけで……」
「お礼の品?誰にですか」
「そりゃ、イヴァン殿下とレイシス様…それにウィンターとジルにも迷惑をかけたお詫びにと思って」
「そんなの別に、今じゃなくてもいいじゃないですか」
「明日から学園に復帰なんです。だから用意しておきたくて」
「だとしても、一人で出かける必要はなかったはずです。先日倒れたばかりですよ?どうしてこんな無茶をわざわざするんですか」
「すみません……暗示魔法をかけていたのでバレないかと思って…息抜きに一人で出かけたかったんです。家ではみんなずっと過保護だから……」
そう言うと、案の定頭上からため息が聞こえる。
相当呆れ返っているなと思って顔を上げられなかったのだが「一緒に帰りましょう。屋敷まで送ります」と言われ、レイシスから肩を抱かれた。
「ちょ、ちょっと……!」
「今にも倒れそうなほど真っ白な顔をして強がらないでください。さすがに見過ごせませんよ」
レイシスから無理やり馬車に乗せられ、隣同士で座らされた。自分の左半身が火傷しそうなほど熱い。心臓もドキドキしすぎて破裂してしまうかと思うほどだった。
「れ、レイシス様には先にお渡ししておきます」
「……お礼の品ですか?」
「はい。ご迷惑をおかけしたのと、守ってくださったお礼です。あまり眠れていないとおっしゃっていたので、リラックス効果のある香水を調合してもらいました」
「香水?」
「うちの侍女がいつも俺の香水を調合してくれる店でお願いしました」
「そうなんですね」
香水の小包を開け、レイシスは中から小瓶を取り出す。光を通してキラキラと輝いている小瓶を見つめて顔を綻ばせたあと、馬車の中にシュッと香りを吹きつけた。
「……いい匂いですね」
「夜、眠る前に枕にひと吹きしたり、ハンカチなどに吹きつけて持ち歩くのもいいそうです」
「そうですか。この香りを嗅ぐと、いつもあなたのことを思い出しそうです」
――実は、もう一つの香水はイヴァンに渡す予定だ。
すなわち、二人は同じ匂いをまとうことになる。だから本当に思い出すのはイヴァンのことだが、香りがよかったのか嬉しそうな顔をしているレイシスにそんなことは言えなかった。
「僕があの店に寄ったのは、あなたが好きな茶葉を買って屋敷に行こうと思ったからです。だからあなたがあそこにいるとは思わなくて」
「驚かせてすみません。でも俺だって驚いたんですから」
「はは、そうですよね。あなたが心配すぎてついキツイ口調になってしまう癖を改めないと……」
「……俺を心配してるんですか?」
「当たり前です。だから倒れたあなたをあんな、本能剥き出しで守ったんですよ」
イヴァンからの評価を上げるためだろ、どうせ。
なんて、可愛くないことは思わないでおく。眠れなくて目の下にクマを作っていたレイシスも、ノエルが好きな茶葉を差し入れてくれようとしたレイシスも、会わなくても本当に毎日様子を聞きに来てくれるレイシスも、きっと『レイシス・ブラウン』なのだ。
彼のことを計算高い人だと思っていたけれど、実は素直だけど不器用な人なのだと思う。ヒートで倒れたノエルを助けてくれて、目覚めた日に彼に抱きしめられてから彼への印象がノエルの中で少しずつ変わっていっているのを実感した。
「ありがとうございます、レイシス様。俺もこの茶葉……大切に飲みますね」
「そうしてください。そうだ、香水で思いついたことがあるんですが」
「なんですか?」
「先日、ステラと僕の緊急時の連絡方法について相談したと思うんですけど…匂いなら僕も感じられるんじゃないかなと」
「匂い、ですか」
「はい。ノエルに何か悪いことが起こった時、ステラがその匂いを僕に嗅がせてくれたらその匂いを追って駆けつけます。どうでしょう?」
「なるほど……ちょっとステラに聞いてみますね」
人前でステラを呼び出したことはなかったが、レイシスの前で初めて「ステラ」と宙に呼びかけると、彼女はキラキラとした光を纏いくるりと舞いながら現れた。
『ノエル、暗示魔法が解けた?って!レイが一緒なの!?』
「ステラ、落ち着いて。街でレイシス様とばったり会ったんだ。それで、屋敷に送ってくださるって」
『あら、あらあらあら!そうなのね!それはいいことだわ!』
ステラのことがレイシスに見えなくてよかった。今の彼女はノエルとレイシスが一緒にいることで歓喜して、くるくるくるくる飛び回っている。
嬉しそうに金色の光をまとわせて空中でダンスをしている彼女を見られたら、気まずいどころの話ではない。
「この前レイシス様からの提案を話しただろ?もし俺に何かあった時、ステラがレイシス様と連絡を取る方法。レイシス様が匂いを嗅がせることはできるかって」
『そうね、匂いならレイも感じ取れるかもしれないわ!』
ステラが自分の髪の毛に挿している紫色の花を取り、レイシスの鼻へ押し付けていた。
「うわ…っ!なんだかすごい、花の匂いが……っ」
ステラがきゃっきゃと笑いながらレイシスの鼻に押し付けていて、彼は花の匂いにむせて涙目になっている。そんなレイシスの様子を見るのが新鮮で、ノエルは思わず笑ってしまった。
「あはっ!んふふっ、れ、レイシスさま……!」
「なっ、なんで笑うんですか!」
「だって、ふふっ!ステラがレイシス様の鼻に紫色の花を押し付けてて、なんだか面白くて……!」
心のままに笑っていると、レイシスが呆けた顔でノエルを見つめていた。
「(まずい、怒ったかも……!)」
レイシスがまた今までのように真顔になっていたので驚いて口をつぐむと「もっと笑ってください」と言いながら、するりと頬を撫でられた。
「ひぁ……っ?」
「そうやって、無邪気に笑うあなたは可愛いですね」
「え、え!?」
「…そんな顔のほうが、僕は……」
『ねぇねぇ、ノエル!これって成功したの??』
「ちょ、ちょっと待って……!」
なんで俺が、ロマンス小説みたいな展開になってるんだよ――!
ノエルの叫びは虚しくも、誰にも届かなかった。
1,773
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる