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第5章
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しおりを挟む『ノエル』
――また、だ。
『ノエル……』
謎のヒートで倒れてから、変な夢をよく見るようになった。
最初は誰の声か分からないくらい不鮮明だったけれど、いつしかそれがレイシスの声だと分かるようになった。
『どうして僕を置いて……ノエル、ノエル……ッ』
レイシスが膝をついて、俯いて震えている背中が見える。
何をそんなに悲しんでるの?
何かそんなに悲しいことがあったの?
後ろから話しかけてもレイシスは答えず、ただただ肩を震わせて泣いていた。
『僕が悪かった…本当に最低で馬鹿な男だと自分でも思う……何度だって謝るから、君とちゃんと向き合うから……だからノエル、ノエル……』
「ノエル!」
ウィンターからの声掛けでハッと意識が戻った。気がつくとウィンターが心配そうにノエルの顔を覗き込んでいて、その距離の近さに驚いて仰け反ってしまった。
「ごごごめん!」
「大丈夫か?まだ体調が悪いとか……?」
「いや、体調は悪くないんだけど……ちょっと夢見が悪くて」
「夢?」
「うん。なんか変な夢を見るようになったんだよね……」
夢で見るレイシスがいつのレイシスなのか分からない。
ただ、ノエルが生きていた期間には見たことがない彼の姿だった。先日一人で街に繰り出した際にレイシスと偶然会った日に、今までとは違う彼の心の奥に触れられた気がする。
だからなのか、最近ノエルが見る夢の中でレイシスはいつも泣いているのだ。
「まぁ、ちょっと疲れてるだけかも。久しぶりに学園に出てきてサイクルが戻らないというか……」
「それはあるかもな。あまり無理せず、ゆっくり戻していかないと」
「うん、ありがとう」
「そうだ、もらった紅茶すごく美味しかったよ。ありがとう」
「俺のほうこそ迷惑をかけてごめん。体調管理、してたはずだったんだけど……」
「ヒートの周期は狂うこともあるって聞くから、仕方ないよ。何もなくて本当によかった」
そう言ってウィンターは笑ってフォローしてくれたから、ノエルはふんわりと笑みを返す。ジルベールにだけ忙しくて会えていないので、彼にも早めにお詫びの品を渡したいところだ。
「あの日、倒れた時のことってノエルは覚えてるのか?」
「ん?ううん、それが全然……意識が遠のいてからは何も」
「そうか……覚えてないほうがよかったかもな」
「なんで?」
「あー、いや…レイシスの様子がおかしかったから、さ」
「あぁ……狼みたいだったってイヴァン殿下から聞いたよ」
「アルファの俺から見ても、すごく恐ろしさを感じた」
ウィンターがそう思うくらい、あの時のレイシスは『ノエルを守るため』に必死だったのだろう。彼はきっとイヴァンが同じ状態になってもそうなっていたと思うが、今のノエルは彼がそこまでしてくれたことに感謝していた。
まあそれは、その時のレイシスの姿を見ていないからという理由もあるかもしれないが。ウィンターが恐ろしさを感じたくらいなので、もしノエルがそんな姿の彼を見ていたとしたら怖がったかもしれない。
「あれがアルファの本性なんだろうな。自分も本当はああいう姿なのかと思うとゾッとしたよ」
「……イヴァン殿下と調べてくれた王宮医師によると、強い庇護欲と防衛本能がそうさせるらしい」
「じゃあ、あの時のレイシスにとってノエルは守るべき対象だったってことか」
「そうなのかも」
「へぇ。こう言ったらなんだけど、意外だな……」
「俺もそう思うよ」
ウィンターの言うように、あの時のノエルはレイシスにとっては『守るべき対象』だったのだ。名ばかりだが婚約者だし、曲がりなりにも『運命の番』だからなのかもしれない。
初めて彼と出会った時にノエルがヒートを起こすのを自分の意思で止められなかったように、レイシスは他のアルファからノエルを守ることを止められなかったのだろう。
きっとレイシスの意思とは違うと自分に言い聞かせないと『決心』が鈍るような気がした。
「ジルベール騎士団長が来るまでこちらでお待ちください!」
学園の帰り道、ノエルは王宮敷地内にある騎士団の詰め所を訪れた。ジルベールに会いに行きたいという手紙を送っていたら、今日なら時間があると返事が来たので急いで寄ったのだ。
「の、のののノエル様!こちら、お、お紅茶でございます!」
「か、硬いクッキーしかなくて申し訳ありません!お口に合えばいいんですが!」
「お手を煩わせてすみません。ありがとうございます」
「ぎゃっ!お、お美しい……っ!」
騎士団の詰め所に来たのは初めてなのもあり、周りの騎士からもじろじろと見られているのを感じる。ジルベールが来るまで相手をしてくれている騎士たちはなんだかそわそわしているし、紅茶の淹れ方もぎこちない。
あまり紅茶を淹れたことがなく緊張していたのかカップから少しお茶が跳ねているが、それも愛嬌だと思ってノエルはにこやかに紅茶に口をつけた。
「美味しいです。いつも騎士団では紅茶を淹れてらっしゃるんですか?」
「お口に合ったようで何よりです!いつも紅茶を飲むような気品さは俺たちにはありませんので、今日は久しぶりに淹れました!」
「あの、ノエル様は何かお好きなものがございますかっ!?」
「どんなものを食べて生きておられるのですか!?」
「ど、どんなものって……!」
きっとオメガが珍しいのだろう。
騎士たちは興奮気味にノエルに質問を投げかける。ノエルはあまり人との交流がないので、物珍しそうに話しかけられるとたじろいでしまうのだ。
「す、好きなものは桃の紅茶とジャムクッキーですね……!あとはサンドイッチとか、そういうものが好きです」
「わぁ、好物までお美しい……!」
「さすがオメガ様だ……!」
全くオメガの要素なんてない好物の話にも盛り上がってくれる騎士たちに、ノエルは小さく微笑んだ。
「の、ノエル様が笑われた!」
「俺たち、むこう10年はいいことだらけだぞ!」
「な、何を言ってるんですか……!」
まるで神様を崇めるように湧き立つ騎士たちに圧倒されていると、ノエルの頭がぽんぽんっと撫でられた。
「おい、お前ら!ノエルが驚いてるだろ、困らせないでくれ」
「ジル……!」
「お待たせ、ノエル。うちの奴らがうるさくてすまない」
「そんな、全然。俺のほうこそ押しかけてごめん。みなさん休憩時間に休まらなかっただろうに」
「そんなことありません!」
「ノエル様を一目見られただけで頑張れますから!」
「そのやる気をいつも出してほしいものだけどな……」
静かなところで話そうと言われ、ノエルはジルベールと一緒に詰め所を後にした。
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