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第6章
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しおりを挟むレイシスからキスをされ、抱きしめられている彼の腕の中は心地よくて、骨抜きにされてしまった猫のようにノエルは彼に身を預ける。さらりと髪の毛を撫でられ、レイシスの指先がチョーカーに触れたところで、ノエルはハッとした。別にキス自体は初めてではないけれど、結婚する前のレイシスとこんなことをしてしまったのは初めてなのだ。
『婚前交渉厳禁』
という言葉が、ノエルの頭の中で父のヴィンセントと兄のベネディクト、それに加えて二人目の兄のような存在であるジルベールが怖い顔をしながらそう言っている姿で再生された。
「だだだだめですっ!キスとか、だ、抱き合うのは厳禁ですってば!!」
「………だから、抱きしめるのやキスくらい、婚前交渉のうちに入りません。婚前交渉というのは性行為です。あなたもエーデを読んでいたので、性行為がなにか知っていますよね?」
「ちょ、ちょっと!ここでそんな話しないでください!」
「防音魔法をかけてますってば……」
我に返ったノエルが真っ赤になりながらレイシスから離れ、まるで猫のような俊敏な動きでソファの端っこに逃げて距離をとった。そんなノエルを見てレイシスは頭をガシガシ掻き回し、はぁ、と今度は重いため息をつく。
「チッ……あなたは意外と、頑固ですね」
「なっ、い、いま、舌打ちしました!?レイシス様は舌打ちなんかしません!そんな悪い態度はダメです!!」
「はぁ、僕だって人間です。神様や聖人じゃあるまいし、舌打ちくらいしますよ。あなたの前では猫被ってたから見せてないだけで」
「……猫被ってたのは違くないですか?レイシス様を可愛いと思ったことないですもん。舌打ちよりも悪い態度のほうが多かったですから。今までのレイシス様の態度や行いにこっちは傷ついてるんですよ?ちょっと可愛く言うのやめてください」
「………あなたは頑固だし、そういうふうにちゃんと意見を言える人なんですね。そちらのほうがとても好みです」
「えぇ、やっぱりレイシス様の偽物ですか……?こんなに素直なレイシス様、偽物の可能性が高い…ていうか俺の夢オチ……?」
「違います。あぁ、もう……今すぐあのお茶会の日からやり直したいくらい、ものすごく反省しています……」
あの、レイシス・ブラウンが。
鉄仮面で血も涙もない、あのレイシス・ブラウンと。
まさかこんな言い合いをする日がくるなんて思ってもいなかった。
レイシスを11歳の頃から見てきたノエルからすると、彼を初めて『人間』だと思えた瞬間だった。ただの17歳のレイシス・ブラウンの顔を見られて、ノエルの二回目の人生では確実な変化が訪れているのが分かって内心ホッとした。
「そういえば、レイシス様が俺を"運命の真実"の作者だって断定したのはあの理由だけですか?」
「もちろん、書きかけの原稿だけでは断定できませんでした。あなたが誰かに脅されて書いている可能性もあるし、ゴーストライターの可能性だって色々考えて……でも原稿を見た時に50%くらいは疑ってました」
「それが確信に変わったのはいつなんですか?本を読んでから?」
「ええっと……実は僕に暗示魔法は効かないんですよ」
「………は!?」
レイシスに暗示魔法が効かないのは初耳だった。
ステラにかけてもらう魔法はいつも出版社に原稿を持ち込む時にかけてもらっていたのだが、周りからはノエルが別の人物に見えるという特殊な魔法だ。ただ、一定時間しか持たないので注意が必要なのだけれど。
――だとしたらあの日、原稿を提出したあとに茶葉を買いに行った店でばったりレイシスと会った時のことをノエルは思い出す。あの時の彼がしっかりとノエルを認識していたのは、魔法が切れていたわけではなく本当に効いていなかったからなのだろう。
「な、な、な……っ!」
「いや、すみません。正確に言うと、あなたに対しての暗示魔法は効かないんです、多分」
「なんでそんなピンポイントなんですかっ!」
「僕たちが運命の番だからなんですかね?よく分からないですが……。茶葉の店でばったり会った日、その少し前にあなたが出版社から出てくるのを見たんです。だからそれで確信に変わって、本を読んでやはりなと思いました」
「……そんなの、俺が一人、めちゃくちゃ恥ずかしい人じゃないですかぁ!」
あの、倒れた日からレイシスには全て知られていたのだ。
それなのにノエルは何も知らずのほほんと二人の妄想小説を書いて出版し、自分とレイシスのエピソードを堂々と書いて更にバレバレだったということ。
「(穴があったら入りたい……っ!)」
あまりにも恥ずかしすぎて、ノエルは手近にあったクッションを頭から被ってレイシスから身を隠した。
「ノエル、そんなに恥ずかしがらないでください」
「そんなのむりですぅ……だってこんなの、おれ、死刑になってもいいくらいの侮辱行為じゃないですかぁ……」
「殿下はノエルが作者だとは気づいてませんよ。僕が話さなければいいだけです」
「……レイシス様は殿下に言いそうですもん」
「言いません。約束しますから」
恥ずかしがって顔を隠して縮こまっているノエルを優しく撫でるレイシスの声色は、初めて聞くほど優しかった。チラリとクッションの隙間から覗き見ると、目が合ったレイシスがふっと小さく笑って、そんな顔にドキドキして再びクッションで顔を隠した。
「あなたは、文章を書く才能がありますね」
「えぇ……?」
「題材は一旦置いといて……小説としてとても読み応えがあって、面白かったです。僕も思わず、主人公の二人を応援してしまいましたよ」
「……ステラの魅了魔法がかかってるから、みんなそう思うような細工がしてあるんです」
「そうですか。でも、それを差し引いてもあなたには才能があると思います」
きっと今までのレイシスなら作者がノエルだと分かった途端、本を破り捨てて『こんな俗な物を書くなんて、あなたにはオメガとしての自覚がないんですか』くらい言われていただろう。
今のレイシスは『ノエルには才能がある』なんてフォローをしてくれるくらい、本当に別人のような変わりようだ。
レイシスに小説の作者だとバレてしまったのは痛手だしとても恥ずかしいけれど、彼から『才能がある』なんて言われると嬉しくなってしまったのもまた事実。そんなこと、気恥ずかしくて面と向かっては言わないけれど。
「ノエル。あなたの時間が許すなら、もう少し話したいことがあるんです」
「ま、まだなにか……」
「はい。僕の話を」
レイシスが話がしたいと言うのでそっとクッションから顔を出すと、なんだかレイシスは複雑そうな笑みを浮かべていた。
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