38 / 81
第7章
1
しおりを挟む「………っれいしすさま、おねが、ほんとうにここじゃダメですってばぁ…!」
「申し訳ありません、ノエル……口付けだけでも、あと一回だけ……」
「あっ、も、もう……!」
ノエルとレイシスがお互いにとって衝撃的な話をした翌日から、レイシスはヴァレンタイン伯爵家まで迎えにくるようになった。
レイシスのそんな態度にノエルの父であるヴィンセントを始め、ヴァレンタイン伯爵家にいる者全員がそれはそれは驚いたものだ。
ヴィンセントはあまりにも慌てすぎて「な、なにか…小麦を5kgでも包みなさい!」なんて、今から学園に行くのに変なことを言うものだから朝から疲れてしまった。
それなのに、レイシスときたら――
馬車に乗り込んで数分は雑談していたのに、徐々に手を握られたかと思えば、密室で二人きりなのをいいことに口付けるようになったのだ。
しかも触れるだけのキスではなく、舌を入れるような激しいものを。ノエルがオメガだからなのか分からないが、そんなキスひとつで体がくてんくてんになってしまいロクな抵抗ができず、いつもレイシスに好き勝手にされてしまう。
こんなことをしていたら絶対にいつかバレてしまうのに。
「こ、こんなことばっかりするなら、明日からまた別々で行きます!」
「そんな、ノエル……」
「お、俺、まだ今までのレイシス様のこと、許してないですから!こんなことばかりするなら体が目当てなのかなって思ってしまいますよ!」
「……それを言われると、やめざるを得ませんね」
ノエルが涙目になりながらキッと睨みつけると、レイシスはバツが悪そうな顔をして両手をあげて降参ポーズを取った。
レイシスが離れてからドキドキと忙しなく脈打つ心臓に手を当てながら、荒くなった呼吸を整える。チラリとレイシスを盗み見ると彼は唾液で濡れた唇を赤い舌でぺろりと舐め取りながら、流れる景色を見つめていた。
先日、レイシスが見せてくれた記憶の転送魔法によって知った過去の事実。
彼はノエルとの結婚後から死ぬまでを『悪夢』だと言っていて、それより前の出来事は本当のことだと言っていた。
つまり、あのお茶会以前にレイシスがノエルに一目惚れしていたことや、義務感ではなく最初からノエルに婚約を申し込もうとしていた気持ちが『本物』だったことを知ってから、ノエルの気持ちの整理もできていないのだ。
なんせ何年もずっとレイシスからは嫌われていると思っていたし、彼が殺害を企てた真犯人だと思っていたのだから。
そんな相手が本当はノエルのことをとても愛していて、ノエルがいない世界に耐えられず自害を選んだなんて知ってしまったら、どうしたらいいのか。
頭の整理も気持ちの整理もできていないのに17歳のレイシスは真正面から迫ってくるし、毎日頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱されている。
先日二人で話をする以前のレイシスのノエルに対する態度は確かに悪かったし、夫夫関係も良好ではなかった。レイシス自身、そんな態度を改めようと努力して変わってくれているのが分かって感動していたのだけれど――
レイシスは『まるで呪いがかかっているかのようにあなたに冷たい態度を……』と言っていたけれど、ノエルにとっては今が逆に呪いにでもかかってしまったのではないかというほど、レイシスからの愛情表現が顕著になってきたのだ。
「も、もう……。こういうことはイヴァン殿下にしてくださいっ!」
「なぜ僕が殿下にしないといけないんですか。婚約者でもあるまいし」
「お、俺は二人の絡みが見たいんです!二人に結婚してほしいんですってば!」
「……ノエル、先日も殿下と話しましたが、僕とイヴァン殿下が結婚することは1%も可能性はありません」
「いやっ、いやいや!可能性はありますって!レイシス様がもしも本当に殿下のことが好きでも、俺は恨んだりしませんから!めちゃくちゃ応援します!!」
「はぁ、全く……何度その話をされても無駄です」
「わひゃっ!」
馬車の中、いつも隣に座らせられるノエルの体をひょいっと持ち上げて、そのまま自分の膝に乗せる。ノエルがレイシスと向き合うような体勢になり、銀色の瞳がじっと見つめてきて逸らしたくても逸らせない。狭い馬車の中でぴったりと体がくっついてしまって、思わぬ接触にノエルは顔に熱が集中するのを感じた。
「あなたは、運命の真実を最後まで書ききりたいですか?」
「え?」
「完結まで書く気があるかどうか、です」
「それは、はい……自分で一度書き始めた話なので」
「書くのをやめろとはいいません。あなたには才能がありますし、楽しみにしている人もいるでしょうから。ただ、今後は実際に起きた出来事をストーリーに使うのは禁止です。それくらいなら約束できますよね?」
「!し、します、約束できます!」
「じゃあ、あなたも許してください」
「許すってなにを……」
「僕が"エーデ"を描き続けることを」
「んな……っ!」
まさか交換条件を出してくるとは。
ただノエルが小説のようにイヴァンとレイシスを結婚させようと世論を動かすつもりではないだろうし、趣味ならいいかもしれない――と思ったけれど、もしもレイシスが成人向けの絵本を描いている作者だと知られたら厄介なことになる。
今までそんなことをして婚約を解消したという話を聞いたことはないが、婚前交渉が禁止だというルールの中、成人を迎えていないレイシスがそういう絵を描いているのはそれなりに違反行為なのではないだろうか?
「れ、レイシス様のはどうなんでしょうかね……」
「僕のは許してくれないんですか?」
「俺が許す許さないじゃなくて世間が……」
「今までバレてませんから」
「そうじゃなくて!バレたら婚約解消ですよ!?」
「……ふは、ノエル…」
「なんですか?なんで笑ってるんですか?」
ノエルを膝に抱いたままくすくす笑っているレイシスにむっとした顔をすると、銀色のチョーカー越しにうなじをつぅっと撫でられた。
「んっ……!」
「僕と婚約を解消したくないって聞こえますよ。そう捉えてもいいのなら、執筆をやめますけど」
「な、な、レイシス様のバカ!」
「"レイシス様のバカ"って……可愛いですね。あなたのその言い方、好きなんです」
「お、俺はレイシス様がエーデの作者だとバレたって、別に関係ないですしっ!好きにしたらいいじゃないですか!」
「ふふ、そうですか。エーデは僕の"願望"なので……描かなくなったら、僕の妄想通りにあなたを抱くことになります。だから困るのはあなたかなと」
「だ、抱くって……!」
「性行為のことです。僕はあなたと、そういうことがしたいんですよ。エーデを読んだなら分かりますよね?」
低い声で囁きながらノエルは細い腰をレイシスに撫でられて、びくりと体を震わせた。熱を孕んだ視線がノエルの体を上から下まで眺め、ぺろりと唇を舐めるレイシスの顔を見てぞくぞくと背筋が粟立つのが分かった。
1,714
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる