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第7章
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しおりを挟む「僕があなたを、11歳より前から好きだったことは記憶の転送魔法であなたにも見せましたよね」
「そ、ですね……」
「ずっとずっとあなたを想ってきたんです……僕はあなたの、服の下の肌に触れたい。エーデのようにオメガとアルファの本能でお互いを求め合って、あなたのこの薄いお腹に僕の子を孕んでほしいんです」
「んぁ……っ!」
結婚していた時、ヒートの時期にしかレイシスに抱かれたことはなかったけれど、その時にでさえこんなに熱がこもった声は聞いたことがない。
そもそも結婚初夜に『子供はいらない』と言われていたので、今のレイシスが子供を欲しがっているのは予想外だった。
まあ、子供をほしがらなかった理由は『出産はノエルの命を奪う可能性がある』という、ノエルを思ってのことだったと知ったけれど、それにしてもだ。
今はその枷が外れたのか、レイシスは本当に『本能』のままにノエルを欲している気がする。
ノエルはそんなレイシスから、逃れられる気がしなかった。
「レイシス様は、俺との子供がほしいんですか……?」
「はい。でも、オメガは体のつくりが特殊で一度の出産でもかなり負担がかかって、最悪命を失うこともあるという文献を読みました。なので、あなたの命か子供かと問われたら、あなたの命を優先します。あなたの命を危険に晒してまで子供がほしいとは言えません」
――話せばこんなにも、レイシスは真面目に答えてくれる。
前の人生で勘違いしていたことの真実が次々と明るみになっていき、レイシスが正直な気持ちを教えてくれるだけでノエルの心はぽかぽかと温かくなった。
ただ、今度はノエルのほうがレイシスを前にすると素直になれないのだ。こればかりはもう、仕方がないことだろう。
「……それでも俺は、諦めてませんから」
「何をですか?」
「レイシス様と殿下の結婚です」
「本当に頑固ですね、あなたも。それなら今日の放課後、一緒に街に行きませんか?」
「え?どうしてですか?」
「デートです。僕が直々にモデルになりますから、思う存分観察してください」
「………なんですかそれ!」
「じゃあ、放課後迎えに行きます。先に帰らないようにしてくださいね」
反論しようとしたタイミングで「レイシス様、ノエル様、学園に到着しました」という声が聞こえて、レイシスとのデートの誘いを断れなかった。
馬車のドアが開く前に、膝の上からノエルを向かい側に座らせ少し乱れた服を整えたレイシスが、今まで見たこともないような眩しい笑顔を向けた。
「では、ノエル。また放課後に」
律儀にノエルのクラスの前まで送り届けてくれたレイシスは、小さくお辞儀をしたあと自分のクラスへと去っていった。
「ノエル様とレイシス様、最近よく一緒に登校されますわね」
「もしかして"運命の真実"のことでノエル様が怒っていらっしゃるとか……」
「ご機嫌取りをされているのかしら?」
「でもあのお二人、今まで婚約者らしいことをしているのを見たことがありませんから、今更…ねぇ?」
「もしも殿下とレイシス様の関係が本当なら、ノエル様はお許しになるのかしら……」
同じクラスの令嬢たちがこそこそと話している声が聞こえる。
事情を知っているノエル自身も彼の変化にまだ戸惑っているのに、学園に通うなにも知らない学生たちこそ色々と勘繰ってしまうだろう。
それこそ『運命の真実』がレイシスとイヴァンの関係を表しているのでは、という噂を否定するためにノエルを婚約者扱いし始めた、など。あながち間違いではない。
「おはよう、ノエル」
「あ、ウィンター。おはよう」
「今日もノエルとレイシスが一緒に登校してたって話で持ちきりだな」
「……だね。まぁ、珍しいことだから仕方ないけど」
「あれから随分過保護になったんじゃないか?レイシスは」
「本当にそう。あと、運命の真実の噂を否定したいみたいで」
「なるほど。だからいきなり送り迎えをしてるわけか」
「そうみたい」
ちなみにウィンターには、先日のイヴァンとの話やレイシスとの話は教えていない。ノエルの中でまだ全てを消化できていないし、今後どうしていくかも考え中なのだ。
中途半端に色々話すと『エーデ』の作者がレイシスということや、イヴァンには好きな人がいることなど、余計なことまでついポロッと暴露してしまいそうで怖い。だから今のところはノエルの中だけで話を整理しようと決めていた。
「ノエルは噂のこと、どう思ってるんだ?」
「どうって…うーん、そう見えても仕方ないよなって」
「ノエル自身、あの二人がそうなっても満更じゃないって感じだよな」
「まぁ、ね……正直お似合いだと思ってるから」
「ノエルはイヴァン殿下とレイシスに、運命の真実の二人みたいになってほしいのか?」
今までのノエルなら即答していた。
ノエルとレイシスの婚約をなかったことにして、イヴァンとレイシスが結ばれることを望んでいたのは確かにノエルなのだ。
でも、今のウィンターの質問に「イエス」と答えることができなかった。
イヴァンに好きな人がいることも、レイシスがノエルを想っていることも知ってしまった今、どうしたらいいのかノエルも分かっていない。レイシスには強がって二人に結婚してほしいなんて言ったけれど、今までのように純粋な気持ちで言えていないのだ。
ただ、いくらレイシスがノエルに対しての態度が変わったからといって、イヴァンが毒殺される未来まで変わるとは考えにくい。
あの事件はノエルとレイシスが不仲であってもそうでなくても、ノエルやレイシスには関係のないところで動いていた事件という可能性もあるだろうから、根本的な解決にはなっていないかもしれないのだ。
前は漠然と、イヴァンの毒殺は事件ではなく彼自身の自殺である可能性も考えていた。イヴァンが望む本当の好きな人と結婚できなかったことを悔やみや、その当時の彼に何かがあったのではないだろうか、と。
そういう可能性も視野に入れてイヴァンとレイシスの結婚を推していたし、今となってはイヴァンが毒殺される夢も見て知っているレイシスに彼を守ってもらえる可能性がある。
そう考えるとやはり、イヴァンとレイシスが結婚したほうが、彼の命が脅かされる危険性が低くなるのではないだろうか――
「……あの二人が結婚したほうが、ロードメリアは繁栄すると思う。って、ウィンターに直接言うことじゃないか、ごめん……ウィンターと殿下じゃそうならないって意味じゃなくて……!」
「分かってるよ、大丈夫。もし本当に殿下とレイシスがそうなった場合は……ノエル、俺と結婚しよう」
「へ!?」
「あぶれたもの同士、さ。ノエルとなら仲良くやっていけると思うし」
「あはは、そうだね。もしそうなった時は俺のこと拾ってよ、ウィンター」
自分だけではなく、全員が幸せになる未来にしたい。
また一から計画を練り直さなければと、ノエルは深いため息をついた。
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