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第9章
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しおりを挟む今の状況では圧倒的にノエルのほうが不利なのは十分理解している。
でも、だからといってここでウィンターに怯んでしまったら、それこそ魔術でも使って心の隙間に入り込まれてしまうだろう。
そしたらきっと、あっという間に心も体もウィンターのものにされてしまう気がした。
今はまだ力づくでうなじを噛んでこないだけ良心的かもしれない。
ただ、香水を使われて強制的にヒートを誘発されたら、いくら彼に負けないように正気を保っていても難しいところだろう。
だから可能なら、もう少し時間を稼がなければ――
「……もう少し聞きたいことがある」
「ノエルは知りたがりだな。さすが、作家を始めただけあるよ」
「31歳の俺を拉致したのは偶然?それとも計画?」
「ああ、あれは……幸運な偶然だった。まさかノエルのほうから会いにきてくれるとは思ってなかったから、驚いたよ。心の準備も何もできてなかったから」
「じゃあ、あの時は本当にイオリアだけを狙って……?」
「イオリア?あ~…レティネ教会に保護された赤ん坊か」
「"ファントム"は、どういう条件で、いつ、オメガを神様の元に返すと決めるの?」
「あのな、ノエル。いくら君が可愛いからって、なんでも話すと思ったら大間違いだ」
探り方があからさますぎた。ウィンターに疑われてしまい、彼は口をつぐんだ。
イヴァンは25歳、ノエルは計画外だったみたいだが31歳、そしてあの日ノエルが見かけたイオリアは今は赤ん坊だから12歳くらいだろうか。
もしもあの日イオリアがファントムによって神様の元へ返されていたとしたら、年齢の条件はあまり関係なさそうだ。
ノエルたちより前に生まれたオメガが失踪したり謎の死を遂げたりした事例をあまり知らないので、自分たちだけの共通点を考えてみるしかなそうだが、思い当たることが一つしかなかった。
「子供を産む前のオメガ、とか……?」
ノエル、イヴァン、イオリアに共通しているのはどのオメガも『子供』がいなかったこと。
ただ、イオリアに関してはまだ子供なので自分の子供がいないのは当たり前だ。
さすがにこの共通点は違うだろうと思ったのだけれど、ノエルの考えとは裏腹にウィンターが笑顔で拍手をしていた。
「ほとんど正解だ、ノエル。ただ、正しくは"清いままのオメガ"だな」
「清いまま……?」
「ああ。セックスを知らない、純粋なオメガのことだ」
「でも、イヴァン殿下は……」
「俺はイヴァンと結婚はしたが番にはなってないし、一度も抱いたことはない。侍従なのに、知らなかったのか?」
「え……?」
ウィンターの言葉を聞いてよくよく思い出してみれば、イヴァンは確かに結婚後もチョーカーを外さなかった。それは入浴時も頑なに外さなかったことを、ノエルはふと思い出す。
見られるのは恥ずかしいし、チョーカーをつけるのが癖だからないと落ち着かないとイヴァンは言っていたけれど、結婚をしたのに番になっていないとノエルに思われたくなかったのだろう。
ノエルとレイシスは愛のある行為こそしていなかったが、結婚初夜にうなじだけは噛まれていた。はたから見ればノエルとレイシスは『番』だったので、色んな思いを抱いていたイヴァンにとってはノエルのうなじの印を見るのも、自分にその印がないことも、苦しかったのかもしれない。
「イヴァンに好きな人がいるのは知っていたから、俺からそういう行為はイヴァンの気持ちに整理がついてからにしようって言ったんだ。まあ、ファントムの"条件"に従っただけなんだけどな」
「じゃあ、イオリアは?あの子はまだ子供だったじゃないか!」
「あの子は、ノエルと同じであの年齢で運命の番と出会って発情期がきた。貴族ではないから、過ちを犯すのは時間の問題だったんだよ」
「そんな……」
「だから唯一、実はノエルだけがレイシスに守られていたんだ。皮肉だよな、煮るなり焼くなり殺すなり好きにしろって言ったやつから本当は守られていたなんて。ああ、いや、最後は結局捨てられたか」
「……あの時も、レイシス様が使用人たちに確認すると分かってて聞いたの?」
「当たり前じゃないか。使用人たちがなんて答えるかも分かってた。だからレイシスのお望み通りノエルを殺して、綺麗な状態のノエルと番になりたくて、俺も死んだんだ。これこそ究極の愛で、運命だと思わないか?」
ウィンターはレイシスからノエルへの贈り物を、魔術で操った使用人に捨てさせていたと言っていた。だからきっと、ノエルやレイシス自体に監視魔法は使えなくても、使用人たちに使っていればブラウン侯爵家の内情は筒抜けだっただろう。
あの日、ノエルがイオリアを救おうとして拉致されたのは偶然だったけれど、遅かれ早かれきっと同じ運命を辿っていた。
『煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしろ』
レイシスのこの言葉に傷ついたのは事実だし、彼を恨んでいた時期もあった。
でもそうなるまでの過程は巧妙に仕組まれていた事実を知った今、ノエルの中から完全にレイシスへ抱いていた負の感情は全てウィンターに向けられた。
「……俺は、ウィンターの番には絶対にならない」
ウィンターの濁った海の色を真っ直ぐ見つめながらそう言うと、一瞬にして空気が凍りついた。アルファの凄みと圧にノエルは心臓が押し潰されそうだったが、ここで折れるわけにはいかない。
この男にうなじを噛まれてたまるものか。
ウィンターの番になるより、教会で神様に一生を捧げたほうがマシな人生を歩めるだろう。
それくらい、ノエルの言葉は本気だった。
「なぁ、ノエル。まだ自分の立場を分かってないのか?君は、俺の、運命の番なんだ」
「……俺の運命の番はウィンターじゃない。この世でただ一人、レイシス・ブラウンだけが俺のアルファで、運命の番だよ」
「オーケー、分かったよ、ノエル。今すぐレイシスをここに連れてきて、あいつの前で君を発情させて、うなじを噛んで俺の番にする。そのあとにレイシスは魔術でじっくり殺してあげるから、それでいいだろ?」
ノエルはウィンターに顎を掴まれ、フェロモンで調合された香水を頭から振り掛けられそうになった。
さすがに、ここまできたら抵抗も何もできない。
手足は鎖で拘束されているし、うなじを守ることも、鼻を塞ぐこともできないのだ。
こんな、どこかも分からない薄暗い地下室で、ウィンターからうなじを噛まれて番にされるためにノエルは二度目の人生を与えられたのか。
これは神様からのチャンスでもなんでもなく、ウィンターに仕組まれたレールの上を歩いているだけだったのだ。
でも、その中でも、ウィンターから操られていないものがあった。
「………ウィンター・ホワイト。彼は僕の婚約者で、運命の番です。僕のオメガに、汚い手で触れるな」
――人の心というのは、たとえ呪いであっても、操れないものだろう。
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