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第9章
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しおりを挟むウィンターの後ろから現れたレイシスが、彼の首筋に剣をつきつけていた。
彼が剣を握っている姿は今まで見たことがなかったけれど、彼は宰相になるわりには魔法にも武術にも長けていたのだ。
ただ、ウィンターの実力がどんなものかまだ分からない。
ロードメリアで一番の『魔術師』の腕前をこの目で確かめたことがないから、ノエルはレイシスが助けにきてくれても手放しでは喜べなかった。
「……どうやってここを?おかしいな、ノエルに監視魔法は使われてなかったはずだけど」
「そうやすやす、手の内を話すと思ったら大間違いです。あなたはよほどお喋りが好きなのか、ノエルに色々話してくれたようですが」
「俺をはめたのか?ノエル」
「……そういうわけじゃない。まぁ、これが本物の"運命の番"の力じゃない?」
ノエルが強気にそう言うと、ウィンターの目の奥が怪しく光る。そして彼は笑いながら、右手に持っていた香水の瓶をひっくり返した。
「そんなこと、僕が予想していないとでも思いましたか?」
「……ああ、俺は本当にお前のことを殺したいくらい嫌いだよ、レイシス・ブラウン」
「それは奇遇ですね。僕も同じです」
ウィンターが落とした香水の瓶は床に叩きつけられる寸前で時が止まった。もちろんそれはレイシスの魔法で、瓶が割れるのを防いでくれたのだ。
「香水がなくてもフェロモンを出して発情させることもできる。ノエルが発情したらお前も誘発されて、頭がおかしくなるだろ?レイシス。二人でノエルを愛してあげたらいいじゃないか」
「愛しいオメガを他のアルファと共有?ハッ、そんなのあり得ません。ノエルを愛することができるのは、この世で僕しかいないんですよ」
「……やっぱりお前にも、継続して呪いをかけておくべきだった。また"煮るなり焼くなり殺すなり"って言ってくれたら、ノエルの心を完全に壊せたかもしれないのに」
「呪い?」
「どれだけ優秀でもやはり気づかないものだな。今までノエルに対する態度を俺に操られていたとも知らず、ひどい扱いをしていたくせに今度は愛してるなんて都合がいいにもほどがある」
「僕は今まで、呪いのせいで……?」
ノエルもレイシスも『呪い』のせいなんてほとんど信じていなかった。心のどこかで『レイシスの本当の気持ち』だと思っている自分もいたし、レイシスもそうだったかもしれない。
でも実際はウィンターの呪いのせいでそうなっていたことを知り、これまでのことを後悔したってもうどうにもならないけれど、これからのことはきっと変えられる。
だからここでレイシス自身もウィンターの口からあれは呪いだったという事実を知ったことは、これからにとって大きな変化をもたらすだろう。
「お前だってノエルに何か思うところがあるから、これまで疑ってこなかったんだろう。だから今更改心したって、お前の中の"悪魔"はいつかまた姿を現す。そしてお前のせいでノエルは息絶えて、お前は一人で寂しく後悔しながら死んでいくんだ」
「……確かにあなたの言う通り、全てを呪いのせいにするのは甘えかもしれません。だからこそ僕は、ノエルのために変わりたい。彼に心の底から信頼されるように、愛してもらえるように、一生を共にできるように、自分の中の呪いと戦っていきます。僕の中には悪魔も狼もいるかもしれませんが、レイシス・ブラウンがノエル・ヴァレンタインを愛していることは何をされたって操れない僕の"心"です」
ぽろり、ノエルの瞳から涙が零れ落ちる。
レイシスはそんなノエルに驚いていたが、すぐに小さく笑みを返してくれた。彼ならきっともう大丈夫だ。もう一度同じ道は歩まないだろうと、ノエルは確信した。
「――レイシス様!」
ここは『ファントム』のアジトだ。この場にいる人間はウィンターだけではなく、教団の人間も潜んでいたのだろう。
レイシスの後ろから、彼を刺そうと剣を振りかざした男が現れて、ノエルは悲鳴にも似た声をあげてレイシスの名前を呼んだ。
「ここは、第一騎士団が包囲している。他に潜んでいる教団員も全て確保した。もう観念するんだな、ウィンター・ホワイト」
「ジル……っ!」
レイシスに剣を振りかざしていた教団員の腕を掴んで止めたのは、第一騎士団の騎士団長・ジルベールだった。
やはり彼は昔からノエルが見てきた『兄』であり、この国を守ってくれる騎士団長。ジルベールのことを信じていてよかったなと、ノエルは心の底から安堵した。
「……到着が遅すぎます、騎士団長」
「生意気なこと言わないでください、婚約者殿。あなたの雑な追跡魔法でなんとか探し当てたんだから、褒めてほしいものだ」
教団員はジルベールによっていとも簡単に拘束され、ウィンターも観念したように息を吐いて両手を上げた。
「…戻ってくる時代を間違えたな……」
ぽつりとウィンターがそう呟いていたが、聞こえたのはノエルだけだったようだ。
もしも今よりもっと前に戻っていたら?
レイシスやジルベールにはまだノエルを守れるだけの力はなかっただろうし、ノエルだって子供の体だったらウィンターに敵わなかっただろう。
そう考えると、18歳のノエルの時代に戻れたのは幸運だった。
これだけはきっと、神様からのチャンスだったのだと信じたい。
「魔防拘束を」
地下にはどんどん騎士団が入ってきて、ウィンターの腕に紫色の光を宿した拘束具をはめた。レイシスがこそっと教えてくれたのだが、魔法や魔術を使えなくする拘束具らしい。
ノエルの拘束はレイシスの魔法で解除してもらったが、手首と足首にはうっすらと赤い痕が残っていた。
ウィンターは騎士たちから連れて行かれる直前まで「ノエル、お前の運命は他にある」と言っていた。
でも、そんな言葉には惑わされない。
ノエルはちゃんと、自分の『運命』を知ったのだから。
「ノエル、無事でよかった……っ!」
「わっ、レイシス様……」
この場にジルベールとノエル、そしてレイシスだけが残った途端、彼は緊張の糸が解けたようにノエルをぎゅっと抱きしめた。
ジルベールの前でなんてことを!と思ったけれど、ノエルを抱きしめるレイシスの体が小刻みに震えていたので、ノエルもそっと彼の背中に手を回した。
「来てくれてありがとうございました、レイシス様。ステラとの連絡方法が上手くいったんですね」
「はい、ステラが"呪い"の話で僕に知らせてくれて……あとオーロラがイヴァン殿下へ伝えて、騎士団を動かしてもらいました」
「急だったがこちらもノエルの命がかかっていたから、急いで駆けつけたってわけさ」
ステラに協力してもらった緊急時の連絡方法は、前に一度考えた時のようにレイシスに『香り』で伝えるものだった。
もちろんステラとレイシスは会話ができないので、ノエルが普段使っている香水の香りがしたらノエルの危機だと知らせてもらうようにしていたのだ。
王宮の庭園で意識が遠のいた時、直前に話していた『呪い』の話がステラを呼ぶきっかけになった。
普段は彼女の名前を呼んで出てきてもらうのだが、ノエルの口から『呪い』という言葉が出てきたらステラに現れてもらうようにしていた。
だから実は、ジルベールと詰め所で話した時にも『呪い』の単語を出して、ステラが現れていたのだ。でもジルベールは呪いの話に全く興味を示さずに終わった。
そしてそのあと、庭園で会ったウィンターが話に食いついてきたのだ。
ステラは意識を失ったノエルがどこに連れて行かれるのか把握した上で、レイシスに伝えてくれたのだろう。
イヴァンの妖精であるオーロラも手伝ってくれたということなので、本当に色んな人に助けてもらったんだなと実感した。
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