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第9章
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しおりを挟む「そういえば、ここって……?」
ノエルが拘束されていた場所は地下室だと分かるほど薄暗い場所だったけれど、ここ自体がどこなのか全く見当がつかない。
ノエルが首を捻りながらレイシスとジルベールを見やると、二人は顔を顰めてため息をついた。
「レティネ教会の地下室です」
「え?レティネ教会……!?」
「ああ。この教会の大司教が"ファントム"と繋がっていた。保護したオメガを教団に斡旋していたんだ」
「そんな、嘘でしょ!?」
「レティネ教会はもともと王宮の管理の管轄外だったから、誰がいつどこでどんなふうに保護されたのか、教会からいなくなったのか、そういった情報は全て分からなかったんだ。もしかしたら教団だけではなく、他国へのオメガ売買にも関わっているかもしれない」
「イオリアはたまたま、イヴァン殿下が教会に保護されるのを見ていたから分かっただけで、これまでどれくらいのオメガが保護されていたのかは不明だそうです」
オメガのための、神様との居場所だと言われていたレティネ教会。
そんな神聖な場所が恐ろしい教団と手を組んでいたなんて信じられなかったし、考えたくもなかった。
でも考えてみれば『ファントム』がレティネ教会と繋がっているのも不思議ではない。
この場所が一番神様から近く、返しやすい場所だから。
そう思うと、全てのオメガを平等に保護しようとしていたイヴァンの考えは、この国を変えるために本当に必要なことだったのだ。
「今のベータの大司教からそうなったのかはこれから調査してみないと分からない。ただ、ロードメリア史上一番最悪な歴史として残るだろうな」
「僕たちはその最悪な歴史を変えていかないと。イヴァン殿下やノエルが、ロードメリアを導く光になってください」
「そんな、イヴァン殿下はまだしも、俺にそんな力は……」
「あなたは、僕を変えてくれた人です。だから国も変えられますよ」
「確かに。この堅物冷徹アルファをここまで変えたんだから、ノエルは自分に自信を持たないと」
「………言っておきますけど、あなたはノエルに疑われていましたからね?疑われる余地があるほど信頼されていないということですから!」
「それを言うならレイシス様のことも疑ってましたけどね、俺……」
「あはははは!さすがノエル、俺の弟だな!」
なんて、その場では笑って話をしていたけれど。
レイシスから屋敷に送ってもらった途端、一人になるのが不安になってしまった。
「あの、レイシス様……」
「どうしました?」
「今日は、その…もう少し一緒にいてもらうことは、できませんか?」
「え?」
「いやっ、すみません、そんなのダメですよね……!レイシス様はお忙しいのに……忘れてください!」
自分で言って恥ずかしくなってしまったノエルは、赤い顔をしながら馬車を降りようとした。ただ、もちろんレイシスがそのまま行かせてくれるわけもなく、ノエルの腕をくいっと引いた。
「あなたが眠るまで、側にいさせてください」
そう言ってくれたのが嬉しくてこくりと小さく頷くと、レイシスはノエルの手を握って一緒に馬車から降りてくれた。
そしてそのままヴァレンタイン伯爵家に足を踏み入れると、出迎えてくれた使用人たちが目を丸くして驚いていた。
「お、おおおお帰りなさいませ、ノエル様……!」
「い、いらっしゃいませ、れ、レイシス様……!」
いつもヴィンセントは『レイシス様はうちに寄らないのか?』と言ってくるくせに、実際にレイシスが屋敷に来たらしどろもどろになっていた。
それもそのはずで、今まできちんとレイシスがこの屋敷を訪れることはなかったからだ。
父であるヴィンセントを始め使用人たちも、どういうもてなしをしたらいいのか戸惑っているのだろう。
「俺が無理に引き止めたんだ。レイシス様にお茶と軽食をお出ししてくれ」
「か、かしこまりました!」
「引き止めたなんて、違いますよ。僕の意思であなたの側にいたいと思ったんですから……もてなしは気にしないでください。ノエルが眠りについたら帰りますので」
「そういうわけにはいきません。レガルド産の紅茶を用意してもらいますから」
「それでは、お言葉に甘えて」
ヴァレンタイン家にもノエルがウィンターに攫われた話は知らされているはずだが、ノエルの無事の帰還よりみんなレイシスに夢中らしい。
全く、滅多に来ないレアキャラというのはこういうところで主人公より話題を掻っ攫っていくのだから役得だなと、ノエルはひとりごちた。
「失礼いたします、ルナでございます」
「どうぞ」
ルナも多少緊張しているようだが、いつもと変わらずお茶の用意をしてくれた。
お茶の用意をし終えたあと彼女はぎゅっとメイド服を握りしめ、レイシスに深々と頭を下げたのだ。
「この度は、ノエル様を助けていただき、誠にありがとうございました……っ」
「ルナ……」
「僕だけの力ではありません。ステラや騎士団がいたからこそ救出できたんです」
「それでも、私は……ノエル様が何者かに攫われたと聞いても、無力でした。ただこの屋敷でノエル様が無事に帰ってくることを祈ることしかできず……レイシス様が追跡なさっていると聞いて、必ずノエル様を守ってくださると信じておりました。ノエル様は私の命より大事なお方で、この国の希望です。ですから本当に、本当にありがとうございました……!」
頭を下げたままボロボロ泣いているルナの姿にたまらなくなって、ノエルは思わず彼女を抱きしめた。そんなルナの涙にノエルも泣けてきて、彼女を安心させるように「大丈夫だよ、ありがとう」と囁くとルナは大きな瞳を真っ赤にして笑ってくれた。
「ルナは、とてもいい侍女ですね」
「はい。俺が幼い頃から仕えてくれて……だからもしレイシス様が許してくだされば、結婚後も彼女についてきてもらいたいんです」
「け、」
「け?」
「け、け、結婚……」
「えっ?」
レイシスが『結婚』というワードにひどく照れて、顔を赤く染めながらティーカップに口をつけていた。彼が動揺して震えているのが、ティーカップを置く時にソーサーとぶつかった音で分かる。普段は音を立てず、マナーのお手本のように飲む人なのに。
「結婚……しないんですか?」
「いやっ、する、します、はい……!」
「なにをそんなに動揺してるんですか、レイシス様」
「いえ、まさかあなたから結婚という話が出るとは思わず……」
「ふふっ、なんですかそれ」
婚約しているのだからいつか結婚するのは当たり前なのに、レイシスの初心な反応にノエルはくすくす笑った。
「侍女の件ですが、うちにはセシリアがいるのでどうしようかと思っていたんです。ルナは有望ですし、この屋敷に必要な人材かと思いまして」
「そうかもしれないですけど、ルナとセシリアはきっと相性がいいと思います。二人とも俺の専属にしてくださったら、レイシス様の悪口も言えますしね」
「なるほど、それは大切ですね」
「冗談ですよ」
「分かってます」
レイシスと冗談を言い合ったり、他愛のない話をして楽しいと思える日がくるなんて。
ウィンターと話をしていた時はすごく息苦しくて、心臓が潰されそうな思いだった。ステラがレイシスに伝えてくれると信じていたけれど、あの薄暗い地下室から帰れるかどうか不安だったのは事実。
ヴァレンタイン家の屋敷にまた戻ってこられるなんて、幸運だとしか言いようがなかった。
「そろそろ眠ってください、ノエル。疲れたでしょう?」
「んん…はい……」
「眠るまで側にいますから」
「ねむったら、かえっちゃいますか……?」
「……そういうことは、軽々しく言うもんじゃないですよ、ノエル」
「……?」
あまりにも眠たくて舟を漕いでいると、レイシスから抱えられてふわりとベッドに降ろされた。
レイシスはベッドサイドの椅子に座ってぎゅっと手を繋いでくれて、もう片方の手は優しく頭を撫でてくれる。こんなことをされたのは初めてなのに、なんだか初めてではないような感覚に安心した。
「あなたのことは、僕が守りますから……」
「ん……」
「僕の側では安心して眠ってください」
今日は一人で眠るのが不安だったけれど、レイシスが眠るまでずっと手を繋いでくれていた。
「……ノエル・ヴァレンタイン。僕の運命はあなたで、あなたの運命は僕です」
そんな言葉を聞きながら眠りにつくと、死んで戻ってきてから初めて、悪夢を見なかった夜だった。
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