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最終章
3
しおりを挟むレイシスが笑うようになってくれたことも、二人の可愛い子供に恵まれたことも、イヴァンが好きな人と結婚をして王になったことも、すべて都合のいい夢だったのかもしれない。
自分がずっといたのは今のようにどこまでも広がる暗闇の中で、前の人生と同じようにノエルはたった一人で生きていたのだろう。
闇に包まれたこの世界がノエルの居場所で、幸せなんかと程遠い真逆の場所がノエルの世界なのだ。
「………ノエル・ヴァレンタイン。お前を一人にはしないよ、俺は」
暗闇の中でたった一人だと思っていたけれど、後ろからにゅっと伸びてきた真っ白な腕に抱きしめられた。
耳元からねっとりとした声が注ぎ込まれ、体の中が気持ち悪さで侵される感覚にぎゅっと眉間に皺を寄せる。
そんなノエルの気持ちが分かったのか、ノエルを抱きしめている男が馬鹿にするかのように笑った。
「お前と二人でいるくらいなら、俺は一人でいい」
「つれないこと言うなよ、ノエル。俺とお前は二人で一つなんだから」
「……ねぇ、それって本気で言ってるの?」
顔を見なくても、この空間に引きずり込んだのが誰なのか分かっている。
「ウィンター・ホワイト。どういうことなんだよ、一体」
幽閉されていたはずのウィンターは魔術を使えないはずなのに、なぜこんなことができるのか、ここはどこなのか、全てが謎だ。
ノエルはウィンターの腕を振り解いて彼のほうを向くと、あの事件以来初めて会った彼の見た目はあまり変わらないままで、ノエルを見て微笑んでいた。
「どういうことって……分からないか?俺たちは"元に戻った"だけだよ」
「元に、戻っただけ……?」
「レイシスから聞かなかったか?呪いや魔術は、かけた術者だけが発動させられるし、解除できる。どういうことか分かるか?」
「もしかして、死んで戻ってくる魔術を、解除したってこと……?」
ノエルが震える声でそう聞くとウィンターは満面の笑みを向け、ノエルは全身からサァッと血の気が引くのが分かった。
彼の言うことが本当ならば止まっているはずの心臓がバクバクと激しく脈打ち、耳の中まで鼓動の音で支配される。
耳鳴りがしているかのように頭の中までぐわんぐわん揺れてきて、がくんっと膝から崩れ落ちた。
「ここは死んだあとの世界で、正真正銘、俺とノエルしかいない。だからノエル、冥界で俺と番になろう」
きっとウィンターならもっと早くに魔術を解除することもできただろう。
でもそうしなかったのは、彼はわざとこの日を待っていたのだ。
ノエルがまた、31歳になるこの年を。
「………俺が、お前を殺してやる」
心の底から絞り出した声だったし、本音だった。
拳を握って震えるノエルがキッとウィンターを睨みつけるが、彼は至極楽しそうに笑っているだけ。
真実を知る前はウィンターのことを本当に仲のいい友人だと思っていた。
死んで戻ってきた当初は彼のことも幸せにしたいと思っていたし、そうあってほしいと願ったものだ。
もしもノエルが本当にレイシスと婚約を破棄して、イヴァンと結婚することになっていたら。ウィンターはあぶれた者同士、ノエルと結婚してくれると言っていた彼と、そうなる未来も想像したことがある。
それくらい、今までのノエルは彼のことをただの友人ではなく親友として信頼していた。
ただ、今のノエルにそのときの気持ちは一切ない。
どう転がってもノエルをレイシスから奪おうと、まるでレイシスを苦しめるためにノエルを利用しようとしてるとしか思えないウィンターの『執着』に、恐怖よりも嫌悪のほうが勝った。
「殺せるなら、殺してもいいよ。でも残念なのは、俺たちはもうすでに"死んだあと"ってこと」
「……それでもいい。絶対にお前は俺が殺してやる」
「そういう強気なところもいいね。ノエルのこと、もっと好きになりそうだ」
「……意味不明、うざい、消えて」
「ふははっ。レイシスの口の悪さが移ったか?」
「そりゃあ、夫夫だから。夫夫は似るって言うからね」
「へぇ……」
あからさまに雰囲気が凍りついた。
でも、ウィンターが言うようにここが『冥界』ならば彼に何を言っても、彼から何をされても怖いものはない。
なんせもう、死んだ体なのだから。
「……なんで俺に、そんな執着してるの?」
「愛してるから」
「何がきっかけでそんな……俺をそこまで好きになる理由が分からない」
「ノエルは誰かを好きになることにいちいち理由が必要なのか?俺はただ、お前を一目見た時に"運命"だと思ったから好きなんだ。それだけだよ」
シンプルがゆえに、強い理由。
レイシスもウィンターも同時期にノエルに出会い、ノエルを好きになったのを知っている。レイシスは運命の番だから惹かれるのは分かるけれど、ウィンターはノエルを好きなことに理由はないのだと言った。
二人ともノエルに対して一途な気持ちは変わらないけれど、表現の仕方が違うだけだ。
だからと言って、ウィンターのようなやり方を許すつもりはないけれど。
「レイシスは、運命の番というだけで側にいられるなんておかしな話だろ。俺だってノエルに運命を感じたのに、運命の番じゃないからって選ばれないのは納得できない」
「それはそうかもしれないけど……でも、ウィンターのやり方は間違ってると思う。俺はこんなやり方で愛してると言われても、ウィンターの番になろうとは微塵も思わない」
「それでもいい。俺は別に、お前から同じ気持ちを返してもらおうなんて思ってないから」
「……は?」
「ただ、自分の番が他の男の番になっているのが気に触るだけだ」
――正直、ゾッとした。
ウィンターの狂愛を肌で感じて、やっと恐怖を抱いた。
たとえ死んでいる体だとしてもレイシスにしか噛まれたことがないうなじを他の男に差し出すわけにはいかない。
ここが痛みや苦痛を感じない冥界であっても、レイシスがつけた噛み痕の上からウィンターにもう一度噛まれたら、きっと吐き気がするくらいの嫌悪感を覚えるだろう。
ノエルがうなじを手で隠して一歩後ずさると、ウィンターが大きく一歩踏み出してくる。
うなじを守っているノエルの腕を掴んで引き剥がし、そのままノエルを押し倒す。ぐるりとノエルの体を反転させ、両腕を押さえつけた。
「俺と番になろう、ノエル。俺の運命……愛してる」
――ごめんなさい、レイシス様。俺はあなたを愛してます。
「……死んだあとに運命だって言われても、俺の運命はレイシス・ブラウンだけだ」
涙交じりの声は、ただただ広いだけの暗闇にこだました。
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