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1.春
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しおりを挟む「そういえば、あの子の名前分かった?」
「え?」
誰の話?と首を捻っていると、先輩は肩に顎を乗せてゲーム画面を見つめたまま「この前校舎裏で告白してきた、諦めないって宣言してた子」と呟く。あの時の衝撃は忘れないけれど、彼女の顔はすっかり覚えてしまった。
「告白されてた時、コイツ誰?って顔してたから」
「あぁ……顔に出てました?」
「思いっきりね。君のことをよく知らない俺でも分かるくらい」
「昔から顔に出やすいタイプなんですよね」
「ふふ、意外と子供っぽいところがあるんだぁ」
きゅん。
屈託なく笑う先輩の顔に何だか胸が締め付けられる。今まで誰かの笑顔を見てきゅんとしたことなんて、生まれてこのかた一度もない。
先輩が笑うたびにふわんふわん揺れる黒髪までもが可愛いなんて、男相手に思う自分はどこかおかしいのだろうか。
「実は、まだあの子の名前知りません。でも、毎日呼び出されます」
「あはっ、面白いねそれ! 今更名前なんて聞けないし、最悪じゃん」
「絶対先輩にも告白してるはずなので、覚えてないですか?」
「えー? 俺は覚えないよう。何回も告白されるってことは、宇佐美くん一筋なんでしょ」
「一筋って言われても……」
「困ってるんだ?」
「困ってますね……」
「上手な断り方、見つかった?」
「上手な断り方って分かんないです…」
そもそも告白に慣れていないから、それを断るには『ごめんなさい』という言い方しかできない。というか、言葉のボキャブラリーがないから困っている。
好きな人や付き合ってる人がいるなら断りやすいけれど、そういう対象がいないから仕方がない。何度告白されても断り続けて、いつか諦めてくれるのを願うばかりだ。
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
先輩がこてんと頭を倒し、きゅるんとした瞳がこちらを見つめている。学校一のイケメンでアイドルの先輩の口から、信じられない言葉が出てきたのだが聞き間違いだろうか?
「つき、え、つきあ、え!?」
「んふっ、そんなんだから付け入られちゃうんでしょ」
「はっ、じょ、冗談ですよね……っ!」
「んーん、冗談じゃないよ。俺も告白断るの面倒だし、付き合ってる人がいるって言ったほうが早いかなと思って」
「あ、なるほど……」
「ね。だから俺と付き合ってみない?」
差し出された手を思わず握ってしまった。まるで条件反射とでも言うように、体がそういう風にできているのかもしれない。
先輩が嬉しそうに笑うので、肯定と捉えられたのだろう。ぎゅっと僕の手を握り返したので『やっぱりナシで!』なんて言うこともできなかった。
「じゃあ連絡先の交換しておかない?」
「ええと、本当に…?」
「だって付き合うんだよ? いいじゃん」
「で、ですよね……!」
なぜか、本当に不思議なことに、学園一のアイドルと付き合うことになってしまった。
付き合うと言ってもどうせ『フリ』なのだけど。面倒くさい告白を断るためだけの単なる『恋人ごっこ』である。
それなのに、ごくごく自然な流れで連絡先まで交換してしまった。先輩のアイコンはてっきり自撮りだったり、陽キャ全開の仲間との写真なのかなと勝手に想像していたのだけれど、予想に反してまるまるふわふわの猫の画像が使われていて、そういうところにもなぜかきゅんとしてしまった。
「……ふふ」
突然くすくす笑い出した先輩に驚いて彼を見ると「ドーベルマン好きなの? 意外なんだけど」と、先輩はスマホの画面を見せてきた。
「あ、うちの犬です」
「こーんな可愛い顔してドーベルマン飼ってるなんて、きっとギャップ萌えってやつだね」
「それを言うなら先輩だって……可愛い猫の写真、意外です」
「そう? うちの虎徹くん。可愛いでしょ」
「めっちゃ可愛いです」
どうやらお互い、愛する家族の写真をアイコンに設定していたらしい。なんとなく思考が似てるような、似てないような、不思議な感覚だった。
「ねえ、宇佐美くんって呼んでもいい?」
「あ、全然……好きに呼んでください」
「じゃあ、俺のことも」
「え?」
「呼び捨てでもいいよ。恋人なんだもん」
「いや、いやいやいや、流石に2歳も上の先輩を呼び捨てには出来ません!」
「え~、宇佐美くんって真面目だねぇ」
「普通です!」
食い気味にそう言えば、また笑われる。でも先輩に笑われたり、からかわれたりしても嫌な気持ちにならないのは、なぜだろう?
感情や言葉が素直で、裏表がないと感じるからだろうか。
「じゃあ、春陽先輩なら呼んでくれる?」
「……逆に良いんですか?」
「うん。恵くんと仲良くなりたいもん」
「じゃあ……春陽先輩」
「うん!」
そう言ってまたふんわりと笑う先輩に、何度目か分からない胸の高鳴りを感じた。
成り行きだとしても、フリだとしても、春陽先輩と付き合うことになったなんて信じられない。もしかしたら明日、全校生徒に殺されるかも。
「宇佐美くん、付き合ってる相手については秘密ね?」
「え?」
「付き合ってる人がいるって言うだけ。誰なのかは教えちゃダメ」
「わ、分かりました」
「俺と付き合ってるって言ったら、きっと宇佐美くんに迷惑かかるから。俺たち二人だけの秘密ね」
入学してから間もなく。
うちの学校でヤバイ上級生がいると噂されていた人は、困った自分を助けてくれるような優しい人で、笑顔がとても可愛い人だった。スクールカーストの上位と言うか、最早王座に座っているような木虎春陽。
僕はそんな人と、偽物の恋人だけれど、付き合うことになったんだ。
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