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2.夏
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しおりを挟む驚くことに、桜が咲いていた季節が過ぎても、僕は彼の恋人らしい。
◆◆◆
高校生になって、もうすぐ初めての夏休みがやってくる。
「……の、前に期末テストとかやってらんねーっ」
入学当初から何でもできる『黄金世代』だと言われている僕たちのグループは半分秀才、半分筋肉バカの集まりである。
勉強なんて将来なんの役に立つんだ、と不貞腐れているのは僕と蛍で、そんな二人に勉強を教えているのは学年一の秀才である衛。そして、筋肉バカと見せかけて意外と頭がいい大我だった。
「ここ図書室だから静かにね、蛍」
「あーい、分かってますよ、すみませんね」
「恵、ここの計算式違うぞ」
「………やってられん」
「いや、この期末落としたら夏休み中、補習地獄だぞ?」
「それもイヤだ~……」
テスト期間中はお互い勉強に集中しよう、と先輩が言うので、6月の終わりから7月に入ってからも一度も先輩と会っていない。
もちろん学校の中で見かけることはあるが、先輩は三銃士と取り巻きの生徒に囲まれていてほとんど顔が見えないのだ。
それに、なんとなく僕は、先輩の幼馴染だという真澄志鶴からは睨まれているように感じる。僕たち関係は誰にも話していないから彼も知らないはずだが、先輩に近づく者はみんな敵対視されているのだろうか。
「……あれ? 宇佐美くんだぁ」
「え?」
久しぶりに聞いた、間延びした声。7月に入ってから一度も近くで聞いていない、心地のいいアルトボイスが頭上から降ってきた。
「はる……木虎先輩」
「テスト勉強中? えらいじゃーん」
春陽先輩が三銃士(校内では四天王と呼ばれているが、僕にはそう見える)を引き連れて図書室に入ってくると、周りの空気が変わったのが分かる。
みんなの視線が一斉に先輩に注がれて、ササっと席の移動をして空席にする人までいたほどだ。そんな人がいるから『先輩が使う席に座るな』とか変な噂がひとり歩きして、恐れられているのだ。
「一緒の席で勉強してもいい?」
「ちょっと、春陽……」
「俺が可愛がってる子なの。お願い、志鶴」
「いいじゃん、志鶴。春陽がそうしたいって言うんだからさ」
「さぁさぁ、一年生。分からないところがあればおにーさんたちが教えてあげるよん」
志鶴だけは着席を渋っていたが春陽先輩と三銃士の残りの二人である、藤鷹臣と白馬怜士が座ったので彼も渋々と言ったように席に着く。
先輩は僕の左隣に座り、そんな彼の隣に志鶴が座るとじろりと睨まれた。やはり志鶴から睨まれているのは僕の気のせいではないらしい。
「どっか分かんないとこある?」
「えっ、や、大我に教えてもらってるので……春陽先輩の勉強の邪魔になるので、大丈夫です……」
「そんなことないのに」
「そのガキんちょの言う通りだよ、春陽。お前の貴重な時間が減るだけだから」
「もー、いじわる言わないの、志鶴」
うぅ、左隣が熱い。
なんせずっと『お預け』されているのだ。4月に出会ってからずっと、ほとんど毎日先輩と会ってはキスをしていた。
手を繋いだり触れ合ったりしていたのに、なんとも無駄な『期末テスト』のせいで僕は先輩と離されている。これじゃあまるで、年に一回しか会えない織姫と彦星のようではないかと、ムッと唇を尖らせた。
「春陽先輩、成績がいいって聞いて……教えてほしいところがあるんですけど、いいですか?」
「俺が教えられることなら。どこ?」
「ここなんですけど……」
僕の正面に座っている大我の手元のノートを覗き込むため、先輩が肘をついて身を乗り出すと、ふわりと彼の匂いが僕の鼻をかすめた。
ふと顔を上げるとすぐ近くに先輩の腕が見えて、ドキッと心臓が跳ね上がる。夏服になった先輩の腕が目の前にあって、僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「おい、お前。春陽の腕に何かついてんのか? 見すぎだっつの。失礼だろ!」
「コラ、志鶴。ここ、図書室だから静かに。気にしないでね宇佐美くん」
怒鳴られて怖かったね~、と言いながらくしゃりと頭を撫でられる。先輩が僕を撫でたことで志鶴の顔が般若のように怖くなり、大我を始めとする図書室にいる全員がポカンと口を開けて驚いていた。
そりゃあ、絶対王者と言われる先輩が1年生の頭を撫でるなんて、前代未聞だと言ってもいいかもしれない。
女子からは小さく黄色い歓声があがり、男子からも注目を浴びてしまった僕は思わず俯いた。そして、みるみるうちに顔が熱くなっていくのを感じる。ただ一瞬先輩に撫でられただけなのに、久しぶりに触れられたことが嬉しくて、バカみたいに照れてしまった。
「どしたぁ、宇佐美くん。具合悪い? 顔赤いよ」
「や、だ、だいじょうぶっす……」
「あは、なぁに? いつもと感じが違うじゃん」
「は? いつも?」
「……すみません、春陽先輩に撫でられると思っていなかったので…」
「え~? なにそれ、かわいー!」
「ちょ、ま……っ!」
勉強していたはずなのに、先輩に可愛い可愛いと言われながら頭をこねくり回される。そんな風に構われるとボロが出そうになるし、志鶴からは疑いの目が向けられているので、このままだと二人の関係がバレてしまいそうだ。
そう思っていても、先輩から触れられることが嬉しくて、ついされるがまま頭を撫でられるだけで何もできない。にやける口元を精一杯抑えていると、ふいに先輩の手が止まった。
「春陽、なんでこいつのことそんなに気にかけてるわけ? 入学式からだよね? もしかして昔からの知り合いなの?」
志鶴が先輩の腕を掴んで止めていて、厳つい顔をして先輩に質問攻めしている。
そんな志鶴の質問に先輩は不思議そうに首を捻って「うーん、そういうわけじゃないけど……」と言葉を紡いだ。
この人もしかして、自分たちの関係をポロっと言ってしまうのではないか……?
そんな雰囲気を感じ取って口を挟もうとしたが、その次の瞬間。僕でさえ先輩の『オーラ』に圧倒されてしまった。
「俺がこの子を可愛がってたら、何か不都合があるの?」
初めて、先輩の威圧感に体が震えた。周りが先輩のことを『スクールカーストの王者』だとか、特別扱いする理由がやっと分かった気がする。『彼』に、逆らえる気がしないと自分の本能が訴えているのだ。ビリビリとその気迫を肌で感じ、僕は息をするのも忘れていた。
「お気に入りなの、この子。それだけじゃダメ?」
「いや……春陽がそう言うなら……」
「うん、ありがと」
にこっと笑う先輩は『先輩』なのに、どこか知らない人のような気もする。入学式の時から僕が見てきた先輩と違う印象にどきりとしてしまった。もちろんこれはギャップに胸を打たれたわけではなく、僕が見てきた先輩と違いすぎて純粋に驚いたのだ。
先輩は怒ったらこんな感じなのか、これから絶対に怒らせないようにしよう……怒られた志鶴には悪いが、そのおかげもあって僕は密かにそう心に決めた。
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