泉の精の物語〜創生のお婆ちゃん〜

足助右禄

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勇者

料理人

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奥で居眠りをしている初老の男性に声を掛ける。彼は私達が入って来た事にすら気付かずに舟を漕いでいた。

「こんにちは」
「ん……?ああ、いらっしゃい」
「このお店に料理の本はありますか?」
「料理の本……そいつは見た事がないなぁ。本にまでする必要がないからね」

普通の料理なら調理を実演して伝えるものらしい。店のレシピとなるとそう簡単に教えてもらえるものではない。

勿論前世で主婦をしていたのだから私も料理は出来る。だが残念な事に調味料が違い過ぎて手の込んだものは作りにくい。

醤油や味醂があれば……いや、あったとしても食材も地球の物とは違うので満足のいくものを作るとなると試作が必要だ。

味醂の代用なら酒が有れば何とかなる。しかし醤油は難しい。日本食に拘るのをやめてあるもので料理をするのが現実的か。

いや、私は《物質変換》が使える様になった。調味料を生成する事も可能な筈だ。これなら芽依達に私の料理を色々食べさせてあげられるだろう。

「お母さん?」
「ごめんなさい。考え事をしていたの」

私の顔を覗き込んでくる芽依。

料理の本を探しているのは颯太の為だった。そこを忘れてはいけない。

「ありがとうございます。出直します」
「あー、ちょっと待ちなさい。料理を教わりたいなら丁度良い人物がいる」

私が覚えて颯太に教えるのも悪くないわね。

男性はその人物がいる場所を口頭で説明してくれた。ここからかなり近い、行ってみるか。

礼を言って店を出て言われた通りの場所に向かうと、そこは住宅街の中の民家だった。

ノックして暫くするとゆっくりと扉が開く。出て来たのは無精髭を生やした30代位の男。酒の匂いが漂ってくる。

「なんだい?」
「本屋の店主から料理の事を聞くならと紹介されてきました。ハルと言います」
「……兄貴め」

要件を伝えると男は毒づいた。彼は私が名乗っても泉の精霊だと分からなかった様だ。変に騒がれるよりはずっと良い。

「先に話をしておく。俺は一流の料理人だったと自負している。が、なんだ。お嬢さんの期待に応えられないだろうから他を当たってくれ」
「今は違うのですか?」
「見てわかるだろ?昼間から飲んだくれているどうしようもない男さ」

何やら事情がある様だが。

「確かにそんな姿で料理を作られても食べたくないかも」
「だろ?」

芽依が思った事を口にすると男は半笑いで私に聞いてくる。

「私は料理を教わりたいのですが無理にとは言いません。もし教えていただけるのでしたら報酬はお支払いしますが」
「兄貴め……分かった。中に入ってくれ」

扉を大きく開いて中に入れてくれる。中は薄暗く酒の匂いが充満していた。

「うわ……お酒くさい」

芽依は顔を顰める。

「名乗ってなかったな。俺はネーロだ」
「メイだよ」
「それでネーロさんは何故料理人をやめてしまったのですか?」
「ヤバい代物に手を出しちまったからだ」

奥に進もうとする芽依を手で制して立ち止まる。

「ああ、別に薬とかじゃあないんだ。扱ってはマズい調味料を手に入れちまって」
「そんな調味料があるの?」
「ああ。だがあれは良いもんだ。毒じゃなければな」
「美味しい調味料なの?」

芽依は興味があるらしく熱心に聞いている。

「ただ美味いと言うより、素材の可能性を引き出してくれそうな感じだな。今までにない変わった調味料だ。まあ料理人の間じゃ『悪魔の血』なんて言われているんだけどな」
「詳しく特徴を教えてもらえますか?」
「ん?ああ、色は黒で塩辛いんだ」

それはもしかして……

「名前は何と言うのですか?」
「たしかショーユと言うらしいんだが、西だか北だか覚えていないがかなり遠くの国から渡って来た物だ」

間違いなく転生者が作った物だろう。
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