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case3.お前を愛することはない
case3ー6.二人目の依頼人(3)
しおりを挟むちょうどマリアが出ていってから三十分ほどが経った頃。店の扉が勢いよく開く音がした。
「アレン! こっちよ! 応接室!!」
マリアの大声が聞こえたかと思うと、廊下から二人分の足音が響いてくる。そして、待ち望んだ人物が応接室に到着した。
「エレノア! 患者は!?」
部屋に入ってきたアレンは汗だくで、前髪がぺたりと額にくっついている。病院から大急ぎで走ってきてくれたのだろう。
「ここだ。倒れてから三十分くらい経過している。症状は呼吸困難、手足の震え、激しい腹痛。一回吐かせた後、水だけ飲ませた。だが途中で意識が無くなって、それ以上は何もできていない。すまない」
「大丈夫。適切な処置だよ。あとは任せて」
アレンはそう言うと、オリヴィアの身体の状態を確認し始めた。瞳や口腔内を見たり、腹部を押さえたりとしばらく診察した後、彼は「うん」と頷いた。
「タリステアの根で間違いなさそうだ。すぐに解毒剤を打つよ」
アレンがオリヴィアの腕に注射を打つと、程なくして彼女の呼吸が安定してきた。顔色も、わずかだが戻ってきている。
その様子に、エレノアはようやく一息つくことができた。
「ありがとう、アレン。お前が来るまで生きた心地がしなかった。ミカエルとマリアも、不測の事態によく対応してくれた」
「エレノアの処置が迅速かつ的確だったからだよ。おかげで一命は取り留めることができた」
アレンはエレノアを見ながら穏やかにそう言うも、すぐに視線をオリヴィアに向け表情を暗くした。
「けど……目が覚めても体に麻痺が残ると思う。最悪、寝たきりになるかもしれない」
「……そうか」
エレノアは息をひとつ吐いてから、思考を切り替えた。
今考えるべきは、彼女に毒を盛った主犯は誰か、そして、その犯人はどうやって彼女に毒を摂取させたのか、ということだ。
菓子や紅茶はエレノアも摂取していたが、特に問題はなかった。茶器を確認しても、毒が付着している痕跡はない。
そこでエレノアは、オリヴィアが倒れる前の行動を思い返した。
そう、首飾りの話をしていたのだ。ジェシカが首飾りの位置を直すように指摘して、それで彼女は首飾りに触れていた。
(……そうか、首飾り)
エレノアはすぐさまオリヴィアのそばまで行って身を屈めた。そして首飾りに鼻を寄せると、タリステア特有の甘い香りが鼻腔をくすぐった。ちょうどエメラルドのところに毒が塗られていたのだろう。
オリヴィアが菓子を食べなければ、オリヴィアが首飾りに触れなければ、毒が口に入ることはなかった。
(いや、そもそも)
彼女は軟禁されていた身だ。監視の目を盗んで屋敷から抜け出す時に、なぜわざわざ着飾るようなことをしたのか。時間も限られていたはずだろう。
そこまで考えれば、答えは明白だった。問題は、裏に誰がいるのかということだ。
エレノアは立ち上がると、部屋の隅で呆然と突っ立っていたジェシカに声をかける。
「おい、そこの侍女」
エレノアの低く鋭い声に、ジェシカはビクリと体を跳ねさせた。彼女の顔は真っ青で、額には脂汗が滲んでいる。返事をする余裕がないのか、ただただ唇を震わせているだけだった。
エレノアは構わず彼女を追い詰める。
「確か、オリヴィア嬢にお茶請けの菓子を買うよう勧めたのはお前だったな。そして、殿下からの贈り物である首飾りを身につけるよう勧めたのもお前。さらには、首飾りの位置を直すよう進言したのもお前。これは偶然か?」
「あ……えと……その……」
ジェシカの声は震えており、今にも消え入りそうだった。俯いて、こちらと視線を合わせようともしない。
エレノアは苛立ち、懐の拳銃を取り出した。そしてそのまま、ジェシカに銃口を向ける。
「私は今、最高に機嫌が悪い。五秒だけやる。正直に話せ」
銃口とともに射殺すような視線を向けると、ジェシカはギョッとした顔でこちらを見てきた。まさか文具屋の店主が銃を持っているとは思わなかったのだろう。
彼女は驚いた表情を見せた後、すぐに恐怖で顔を歪ませた。
「あ……あ……」
「五、四、三……」
エレノアがカウントダウンを始めると、ジェシカはすぐに大声を上げた。
「も、申し訳ございません!!」
ジェシカの声は、半ば金切り声に近かった。彼女は呼吸を荒くしながら、必死に弁明を始める。
「言う通りにしないと家族の命はないと、旦那様に脅されて……わた……わたし……!」
「エレノア。それくらいに」
止めに入ったのはアレンだ。彼は過呼吸を起こしかけていたジェシカの元へ歩み寄ると、声掛けをしながら彼女の呼吸を整えていた。
そしてジェシカは落ち着きを取り戻すと、今回の経緯を話し始めた。
「旦那様は、オリヴィア様が屋敷を抜け出して、誰かに助けを求めに行こうとしていることをご存知でした」
娘の計画を知ったアーレント公爵は、皇太子暗殺未遂事件の真相を知る彼女を口封じのために消そうと考えた。そこで公爵はわざと娘を外に出し、ジェシカを使って娘の毒殺を図った。
オリヴィアが屋敷を抜け出せたのは偶然ではなく、全てアーレント公爵が仕組んだことだったのだ。
家族を人質に取られたジェシカは、アーレント公爵の命令に背くことなどできなかった。そして彼女は公爵の指示通り、オリヴィアに毒が塗られた首飾りを身に付けさせ、手土産の菓子を買わせ、首飾りに触れるよう誘導した。
ジェシカが店に来たときからずっと落ち着かない様子だったのは、自分が命令通りうまくやれるか不安だったからなのだろう。もし失敗すれば、家族の命はない。怖くて仕方がなかったはずだ。
そして、オリヴィアが外出先で毒を盛られて死んだとあらば、真っ先に疑われるのは彼女の相談相手だ。混乱に乗じてジェシカに首飾りを回収させれば証拠はなくなる。アーレント公爵は、初めから全ての罪を他人に擦り付けるつもりだったのだろう。
全ての話を聞き終えたエレノアの内には、燃え盛るような怒りが込み上げていた。
(実の娘を殺すか……! 外道め……!)
エレノアは、子を蔑ろにする親をこの世で最も忌み嫌っている。娘のことを道具としか思っていないアーレント公爵への強い怒りは、なかなか収まりそうになかった。
そして同時に、フェリクスへの怒りも感じていた。
彼が少しでもオリヴィアの置かれた状況を知ろうとしていたら、彼女が毒で倒れることもなかったかもしれない。彼なら彼女を救えたかも知れないのだ。
それなのにフェリクスは、オリヴィアとの婚約を解消することしか考えていなかった。それが、とても腹立たしい。
(だめだ。今は怒りに囚われている場合ではない)
エレノアは怒りと共に大きく息を吐き出した。頭に血が上った状態では、冷静に物事を考えられない。
(さて、ここからどうするか……)
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