婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜

雨沢雫

文字の大きさ
34 / 74
case3.お前を愛することはない

case3ー7.二人目の依頼人(4)

しおりを挟む

 しばらくの間、エレノアは今後の対応について思考を巡らせた。そして、脳内でこれからの計画を組み立てた後、アレンに向かって口を開く。

「アレン。彼女は皇太子の婚約者、オリヴィア・アーレント。治療を頼めるか?」

 彼は患者の正体を知り、わずかに驚いた様子を見せたが、すぐに力強く頷いた。

「もちろんだよ」

「昨日、お前が治療しようとしていた男が、皇太子フェリクスだ。関わるなと言ったのは私なのに、結局巻き込んでしまってすまない」

 こんな厄介事にアレンを巻き込みたくはなかった。妹のセレーナにもあとで確実に叱られるだろう。
 
 しかし今のこの状況で、アレン以上に信頼できる人物が他にいなかった。彼を巻き込むのならせめて、病院の警備は万全なものにしなければならない。

 エレノアの言葉に、アレンは「ああ、なるほど」とこぼした後、気にしてないというようにニコリと微笑んだ。

「君が謝るようなことじゃない。それに、治療は僕の領分だ。僕はただ、目の前の命を救うだけだよ」

 いつもの調子のアレンに、エレノアは少し心が軽くなった。

「ありがとう、アレン。オリヴィア嬢がオーウェンズ病院にいることは極秘扱いにしてくれ。そうした方が、お前たちに危害が加わる可能性が低くなる」

「わかった」

 そしてエレノアは、双子に視線を向け指示を出す。

「マリア、ミカエル。お前たちはオリヴィア嬢の護衛と病院の警備を頼む。誰も死なせるな」

「わかったわ」

「わかりました」

 彼女たちは二人とも力強く返事をしてくれた。

 双子から離れるのは少し心配だが、エレノアがオリヴィアに付きっきりになるわけにもいかない。こちらはこちらで、やらねばならないことがたくさんある。今は二人の力を信じるしかない。

「姉さまは、この後どうするんですか?」

 ミカエルにそう問われ、エレノアは自分の計画を彼らに伝えた。

「オリヴィア嬢に成りすまし、このままアーレント公爵家へ向かう」

「「ええっ!?」」

 双子は息ぴったりに驚きの声を上げた後、すぐに不安そうな表情を浮かべた。

 オリヴィアの命が狙われている以上、悠長な手段は選んでいられなくなった。今のこの状況では、元凶であるアーレント公爵を叩くしかない。

 エレノアは、アーレント公爵家に潜入し、その罪を暴くことで今回の事件にケリを付けるつもりだった。彼女の公爵令嬢としての立場を守ることは出来なくなったが、背に腹は代えられない。

 双子は抗議したそうにこちらを見ていたが、彼らが口を開く前にアレンの険しい声が飛んできた。

「危険過ぎる。相手は自分の娘を殺そうとしているんだ。君が代わりに狙われることになるんだよ?」

 エレノアもそんなことは当然わかっていた。しかし、脳裏にオリヴィアの声が蘇る。

『お、ねが、い……で、んか、を……たす、けて……』

 オリヴィアは自分が死ぬかもしれない状況の中でも、自分のことではなく、愛する男のことを救ってくれと言っていた。それも、赤の他人であるエレノアに向かって。

 彼女にとっては家族ですら敵だった。赤の他人に頼るしかないほど、敵に囲まれていた。

(昔の自分と、よく似ている)

 そんな彼女が救いを求めて伸ばしてきた手を、ここで掴まないでどうする。オリヴィアが目覚めた時にフェリクスが死んでいようものなら、彼女に合わせる顔がない。

「オリヴィア嬢は私に助けを求めた。その願いを無下にすることはできない。それにもう、依頼を受けると約束している」

 アレンに力強い視線を返すと、彼はエレノアの意思が固いことを悟ったのか、やれやれというように眉を下げた。

「わかった。でも、くれぐれも気をつけて」
 
 エレノアはひとつ頷くと、まだ不安げな様子の双子に微笑みかける。

「私は大丈夫だ。心配するな」

 そして二人の頭を優しく撫でながら、続けて言う。

「アーレント公爵家に向かう前に、まずはウェストゲート卿に会ってくるよ。ミカエルとマリアだけでは護衛と警備の両方をこなすのは大変だ。ウェスト商会の協力を取り付けてくる」

 ウェスト商会は私的な傭兵団を抱えている。商売ごとには何かと危険がつきものだからだ。それが裏稼業ともなれば尚更だ。

 ウェスト商会の傭兵団は腕利きの優秀な人材が揃っているので、彼らの応援があれば病院に危険が及ぶことはまずないだろう。


 それからアレンと双子たちは、オリヴィアを連れて病院に向かう準備を始めた。双子は各々武器を装備し、アレンはオリヴィアを担いでから外套で彼女のことを隠す。

「じゃあエレノア、気を付けて。無茶はしないように」

「ああ。そっちは頼んだ」

 そしてアレンたちが応接室を出て店の入口に向かうと、ジェシカもその後について行こうとした。

「おい、侍女。お前は残れ」

「へ?」

 振り返ったジェシカは、その顔にこれでもかというほど疑問符を付けていた。どうしてそんな事を言われたのか、本気でわかっていないようだ。

 そんな彼女に、エレノアは呆れ顔を向ける。

「お前だけいなくなったら公爵に不審がられるだろうが。お前は私と一緒に屋敷に戻るんだ。くれぐれも私が偽物だと顔に出すなよ」

 その言葉でジェシカはようやく理解したようだった。が、すぐさま顔を青くしてふるふると首を横に振る。

「そ、そんな……! 私には無理です……! 絶対無理……!」

 確かに小心者のジェシカには荷が重いかもしれないが、彼女を連れ帰らないわけにもいかない。

 エレノアは彼女に力強い視線を向け、発破をかけた。

「お前がオリヴィア嬢を仕留め損なった件については、私が公爵を言いくるめるから安心しろ。自分の家族を救いたいのなら、アーレント公爵を潰すしかない。私と共に戦え」

「…………っ!」

 弱々しかった彼女の瞳が、大きく見開かれた。

 エレノアに一縷の希望を見出したのだろう。もしかしたら家族を救えるかもしれない、自分も公爵から解放されるかもしれない、と。

 そしてジェシカは、覚悟が決まった顔になった。 

「は、はい! 頑張ります!」

「よし。ではまずウェストゲート公爵家へ向かう。準備をしてくるから少しここで待っていてくれ」

 エレノアは二階の自室に行くと、急いでオリヴィアに変装した。

 アーレント公爵家もウェストゲート公爵家も、屋敷は首都のアマンにある。そのため、まずウェストゲートの屋敷に寄った後、そのままアーレント家に向かう予定だ。ちなみに首都のアマンは、ここから馬車で一時間ほどの位置にある。
 
 支度を終えたエレノアは、応接室に戻った。

「どうかしら、ジェシカ。おかしいところはない?」

 オリヴィアの声音でそう言うと、ジェシカはひどく混乱した様子で言葉を漏らした。

「お嬢様……? え……? お嬢様は先ほど病院に運ばれたのでは……? え、幻覚……?」

「オリヴィア様に変装したのだけれど、どうやら問題なさそうね」

「!!」

 ジェシカはようやく理解したようで、感動したように目を輝かせた。

「すごい! どこからどう見てもお嬢様です!!」

 ひとまず声と容姿は問題ないようだ。ドレスは流石に同じものを用意できなかったが、汚れてしまい途中で買って着替えたという事にでもすればいい。

 それからエレノアは、ジェシカにローブを手渡した。

「顔を見られないよう、このローブを着てフードを被ってちょうだい」

 万が一、オリヴィアとその侍女がウェストゲート公爵家に向かうところを誰かに見られたら厄介だ。そうなれば、ウェストゲート卿に迷惑がかかる。

 エレノアもジェシカ同様にローブを羽織りフードを目深に被ると、彼女を連れて馬車に乗り込んだ。

 そしてエレノアは道すがら、アーレント公爵家の家族構成や使用人の名前と特徴、オリヴィア嬢の性格などを事細かにジェシカから聞きながら、ウェストゲート卿の元に向かったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

豪華客船での結婚式一時間前、婚約者が金目当てだと知った令嬢は

常野夏子
恋愛
豪華客船≪オーシャン・グレイス≫での結婚式を控えたセレーナ。 彼女が気分転換に船内を散歩していると、ガラス張りの回廊に二つの影が揺れているのが見えた。 そこには、婚約者ベリッシマと赤いドレスの女がキスする姿。 そして、ベリッシマの目的が自分の資産であることを知る。

処理中です...