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其之十一:忍びなき伊賀の里
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いつもながらに伊賀上野城は素晴らしい。天守閣は崩れてしまったとはいえ、その石垣には目を見張るものがある。あそこに陣を敷かれては、それを破るのは相当に困難であろう。さすがは「築城の名人」と謳われた藤堂高虎殿が築城しただけのことはある。伊賀の里を一望できる場所より城を見、俺は改めて驚嘆した。
伊賀の里は、大和柳生の隣と言っていいほどの近隣な地域であるのだが、戦国の世でのすれ違いが多く、近い土地なれど、あまり知っている土地ではない。それは甲賀の土地もそうであるのだが。なかなかに近隣の地域との和平というものは難しいものだ。
それでも、伊賀者や甲賀者が柳生新陰流を学びに来たことはあった。その時の弟子から得た情報はいろいろあったが、そのうちの一つ、「伊賀上野城から、伊賀者はあの城へと続く道を地下に作っていた」ということが情報としてあった。が、さてはて、果たしてあの村がそうなのだろうか。城下町より少し離れた場所にその地はあった。
――以前、又右衛門から聞いた話に間違いがなければ、「伊賀者の里」はあの村であるはずなのだが……それにしても小さい気がするなぁ。もう少し武家屋敷的な物であっても良かろうに。将軍家に仕えている忍びであるのだから。
まぁ、間違っていたら、改めて探せばよいであろう。そう簡単には見つからぬかもしれんが、何より向こうは俺が狙いなのだ。この「伊賀の里」に入れば、おそらく向こうから襲ってくる。そう思うことにして、俺はその村へと足を向けた。
正直、伊賀上野城下町に入ったら、剣戟の世界になることを覚悟していた。だが、伊賀上野城下町に入ってから、逆に、刺客の気配はまるで感じられなくなっていた。ごく普通の城下町。気持ち良くすらある。伊賀者であふれているはずの町のはずなのに、俺を狙う気配がない。ましてや、あの村においてはなおさらであった。これはいったいどういうことか。
――本当に、ここは忍びの里か?
俺は、のんびりとした空気の村の入り口で出会った小僧に村長(むらおさ)の住居を尋ねた。親切にも、その小僧は村長の家まで案内してくれると言う。
――平和な村だな。とても、血眼で俺を襲ってくる忍びの里とは思えん。
そうして、小僧に案内されて、村長の家へと着いた。確かに村長らしい大きな家であったが、それでも藁葺き屋根の質素な家だった。庭には鶏が餌をついばみ、鉢割れの三毛猫が眠っている。平和なものだ。
小僧に駄賃を上げ、村長を訪ねた。
「――ほうほう」囲炉裏の向こうで、村長は気のいい顔を崩さずに言った。「それは、ずいぶん昔の話じゃのう」
「では」俺は尋ねた。「ここは『忍びの里』ではないのですか?『伊賀者の里』ではない、と」
「う~ん……なんと言えば良いのかのう。確かに、『伊賀者』と呼ばれる忍びはこの村の出なのじゃが」村長は少し困ったように言った。「この村には忍びはいないのじゃよ」
「は?」俺は驚きのあまり呆れた顔になっていた。
「村長、今なんと?」
「だから、この村には忍びはいないのじゃよ」村長はころころと笑いながら繰り返す。
村長が言うにはこういうことらしい。確かに、戦国のころまではこの村が根城となって忍びが栄えていた。それは事実である、と。しかし、徳川の御代になって、伊賀者が徳川の忍びとして重用されると、忍びの素質がある者や、忍びになりたい者は、この村を出て、江戸の伊賀屋敷のところに幼くして行くのだそうな。つまり、忍びとしての「伊賀者」は、今は江戸屋敷を根城にしており、伊賀の村には忍びはいないのだそうな。
「それでも」村長が言った。
「おぬしのように勘違いをしてここに来るものもおるがね。でも、見ればわかるじゃろ」
村長は外を見た。「こんな殺気の欠片もない村に、忍びが隠れていると思うかね?権現様が治められた御代ですっかり平和になったというのに」
村長の視線の先で、先ほどの三毛猫が気持ち良さそうにあくびをしていた。確かに、絵に描いたように平和な村なのである。殺気も何もまるでない。違和感があるとすれば、その「平和すぎる」という点か。しかし、今、そこを追求しても仕方あるまい。
「では」俺は思い切って聞いてみた。「お菊という娘のくノ一に心当たりはありませぬか?」
村長はしばらく考えた風を見せ、口を開いた。「申し訳ないが、記憶にはないな。江戸で嫁を娶った相手や、その子供の名であるなら、さすがにわしらにはわからんしの」
「失礼いたしました」俺は村長に頭を下げた。「とんだご無礼な事を伺いまして」
「いやいや、誤解が解ければ何も問題はないでな」村長はにこにこと答えた。「実際、『伊賀者がいた』のは事実じゃしの。ただ、それは昔の話、ということじゃ」
「もし、この村に忍びの者がいるのなら」村長は言った。「殿への年貢をまかなえるように、忍術でどうにかして欲しいものじゃて」そういって村長は笑った。
そうして、俺は村長に謝辞すると、伊賀村を離れた。村長の言う通りなら、伊賀者は江戸か。なら、先に甲賀に行った方が近いな。俺は甲賀の里に向かう事にした。
十兵衛が去ったのち、村長の家の天井から、かすかな音が聞こえた。
――よろしいのですか?あのまま帰して。
「いいんじゃよ」村長が言った。
「江戸の連中がおいたをしているようなら、わしらの代わりに柳生に懲らしめてもらおうて」
そして伊賀村の村長はニタリと笑った。
「仮に江戸の伊賀者がすべて倒されても、代わりはこの村にいくらでもいるからのう」
伊賀の里は、大和柳生の隣と言っていいほどの近隣な地域であるのだが、戦国の世でのすれ違いが多く、近い土地なれど、あまり知っている土地ではない。それは甲賀の土地もそうであるのだが。なかなかに近隣の地域との和平というものは難しいものだ。
それでも、伊賀者や甲賀者が柳生新陰流を学びに来たことはあった。その時の弟子から得た情報はいろいろあったが、そのうちの一つ、「伊賀上野城から、伊賀者はあの城へと続く道を地下に作っていた」ということが情報としてあった。が、さてはて、果たしてあの村がそうなのだろうか。城下町より少し離れた場所にその地はあった。
――以前、又右衛門から聞いた話に間違いがなければ、「伊賀者の里」はあの村であるはずなのだが……それにしても小さい気がするなぁ。もう少し武家屋敷的な物であっても良かろうに。将軍家に仕えている忍びであるのだから。
まぁ、間違っていたら、改めて探せばよいであろう。そう簡単には見つからぬかもしれんが、何より向こうは俺が狙いなのだ。この「伊賀の里」に入れば、おそらく向こうから襲ってくる。そう思うことにして、俺はその村へと足を向けた。
正直、伊賀上野城下町に入ったら、剣戟の世界になることを覚悟していた。だが、伊賀上野城下町に入ってから、逆に、刺客の気配はまるで感じられなくなっていた。ごく普通の城下町。気持ち良くすらある。伊賀者であふれているはずの町のはずなのに、俺を狙う気配がない。ましてや、あの村においてはなおさらであった。これはいったいどういうことか。
――本当に、ここは忍びの里か?
俺は、のんびりとした空気の村の入り口で出会った小僧に村長(むらおさ)の住居を尋ねた。親切にも、その小僧は村長の家まで案内してくれると言う。
――平和な村だな。とても、血眼で俺を襲ってくる忍びの里とは思えん。
そうして、小僧に案内されて、村長の家へと着いた。確かに村長らしい大きな家であったが、それでも藁葺き屋根の質素な家だった。庭には鶏が餌をついばみ、鉢割れの三毛猫が眠っている。平和なものだ。
小僧に駄賃を上げ、村長を訪ねた。
「――ほうほう」囲炉裏の向こうで、村長は気のいい顔を崩さずに言った。「それは、ずいぶん昔の話じゃのう」
「では」俺は尋ねた。「ここは『忍びの里』ではないのですか?『伊賀者の里』ではない、と」
「う~ん……なんと言えば良いのかのう。確かに、『伊賀者』と呼ばれる忍びはこの村の出なのじゃが」村長は少し困ったように言った。「この村には忍びはいないのじゃよ」
「は?」俺は驚きのあまり呆れた顔になっていた。
「村長、今なんと?」
「だから、この村には忍びはいないのじゃよ」村長はころころと笑いながら繰り返す。
村長が言うにはこういうことらしい。確かに、戦国のころまではこの村が根城となって忍びが栄えていた。それは事実である、と。しかし、徳川の御代になって、伊賀者が徳川の忍びとして重用されると、忍びの素質がある者や、忍びになりたい者は、この村を出て、江戸の伊賀屋敷のところに幼くして行くのだそうな。つまり、忍びとしての「伊賀者」は、今は江戸屋敷を根城にしており、伊賀の村には忍びはいないのだそうな。
「それでも」村長が言った。
「おぬしのように勘違いをしてここに来るものもおるがね。でも、見ればわかるじゃろ」
村長は外を見た。「こんな殺気の欠片もない村に、忍びが隠れていると思うかね?権現様が治められた御代ですっかり平和になったというのに」
村長の視線の先で、先ほどの三毛猫が気持ち良さそうにあくびをしていた。確かに、絵に描いたように平和な村なのである。殺気も何もまるでない。違和感があるとすれば、その「平和すぎる」という点か。しかし、今、そこを追求しても仕方あるまい。
「では」俺は思い切って聞いてみた。「お菊という娘のくノ一に心当たりはありませぬか?」
村長はしばらく考えた風を見せ、口を開いた。「申し訳ないが、記憶にはないな。江戸で嫁を娶った相手や、その子供の名であるなら、さすがにわしらにはわからんしの」
「失礼いたしました」俺は村長に頭を下げた。「とんだご無礼な事を伺いまして」
「いやいや、誤解が解ければ何も問題はないでな」村長はにこにこと答えた。「実際、『伊賀者がいた』のは事実じゃしの。ただ、それは昔の話、ということじゃ」
「もし、この村に忍びの者がいるのなら」村長は言った。「殿への年貢をまかなえるように、忍術でどうにかして欲しいものじゃて」そういって村長は笑った。
そうして、俺は村長に謝辞すると、伊賀村を離れた。村長の言う通りなら、伊賀者は江戸か。なら、先に甲賀に行った方が近いな。俺は甲賀の里に向かう事にした。
十兵衛が去ったのち、村長の家の天井から、かすかな音が聞こえた。
――よろしいのですか?あのまま帰して。
「いいんじゃよ」村長が言った。
「江戸の連中がおいたをしているようなら、わしらの代わりに柳生に懲らしめてもらおうて」
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