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其之十七:江戸柳生屋敷―但馬守の祝杯―
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「裏柳生頭領は柳生十兵衛」という偽りの情報を流す事により、甲賀、伊賀の反幕府、反柳生の連中が滅んだ事を聞いて、柳生但馬守宗矩は、江戸屋敷でほくそ笑んでいた。狙い通りであった、と。左門が死んだのは哀しくはあるが、あれは、将軍家に仕えていれば下手をすれば柳生を他の大名の敵に回しかねない関係だった。労咳になり、上様から引き離すことが出来たのは、まだ、天はこの但馬守を見放してはいない、ということ。労咳であれば先は長くはなかったし、出仕もかなわぬ身体では御政道において大した働きも期待できない。この度の甲賀を滅ぼした、江戸柳生の力も全国に知れ渡るだろう。そう考え、今回の出来事が己の思った通り事が運んだ事に対して、にやりと笑わずにはいられなかった。甲賀は滅び、伊賀も今後は独断で忍びとしての行動は出来まい。何かがあれば、江戸柳生が家光公の指示で反将軍家の軍勢を上意討ち出来る。今回の件で十分に江戸柳生の力は諸藩の耳にも入っているだろう。助九郎の力により、紀州公にも影響を与えうるだろう。但馬守は、自己の采配の能力と、天が自分に味方してくれる事を感謝し、杯を捧げ、一気に飲み干した。今宵の酒は誠に美酒であった。
「十兵衛。左門。又十郎。助九郎。ぬしらは、本当に、柳生のためによう働いてくれた。わしの思った通りにな。わしのため、柳生家のためにな」
そうして、但馬守は、陽気にもう一杯、杯に酒を注ぐのであった。この地盤が固まれば、十兵衛に任せている「密命」も不要となりその仕事は江戸柳生の仕事となる。十兵衛は、柳生の庄で飼い殺しすれば良い。あの十兵衛の豪腕は惜しくはあるが、十兵衛のあの剣は余人に教えられない天性の剛剣。ついて来れない門弟が多くなるのは必至。それでは大和柳生の後を任せるには危険すぎる。左門を涅槃に送り、十兵衛は飼い殺す。そして宗冬を剣術指南役として推挙。それが江戸柳生が将軍家に剣術指南役として仕え、永年、柳生家が栄えるもっとも確実な方法なのだ。その但馬守の考え通りに事は進んでいた。
「左門……お前の剣は美しかった。 だが、美しすぎる剣は、政には使えぬ」
但馬守は杯を干した。空けた杯を見つめる。
「十兵衛。お前は正直すぎる。 だから使いやすく、そして――」
但馬守は言葉を切る。
「――すまぬ、とは言わぬ。 これが、柳生家を守るということなのだ……」
「……親父殿にとっては、俺だけではなく、病の左門も捨て駒であったのか……」柳生江戸屋敷。助九郎殿がいない時間を狙い、俺は屋根裏に忍び込んだ。警護の裏柳生はすでに音もなく昏倒させていた。眼下に見える父、但馬守はすでに酔っぱらい、俺の気配も感じ取れないらしい。俺は歯噛みする。血涙が、眦から頬を伝い滴り落ちる。
(俺は、実子すら政の道具としてしか見ない、あんな親父殿の跡目など決して継がんぞ!あれは『活人剣』などではない!『剣禅一味』などでもない!親父殿のやっている事は、単なる『政』という名をかぶった遊びに過ぎない!あれは……侍ですらない!単なる策士よ!俺の剣は、俺の求める道は、ここにはない!)
但馬守が酔いつぶれて眠りに落ちた夜半過ぎ、柳生江戸屋敷から黒い影が飛び出した。影はそのまま、西へと向かって行った。
但馬守が目を覚ますと、朝になっていた。
――いやはや、昨日はいささか飲み過ぎたかの。
苦笑して、身体を起こそうとしたが、起き上がれない。襟元に何かが引っかかっていた。
――なんじゃ。いったい。
手を伸ばし、引っかかっている箇所を探る。どうやら二カ所留められているようであった。但馬守は雑作もなく抜き取る。
「ヒッ!」
但馬守の襟元を畳に留めていたもの――それは伊賀と甲賀の棒手裏剣二本であった。
「十兵衛。左門。又十郎。助九郎。ぬしらは、本当に、柳生のためによう働いてくれた。わしの思った通りにな。わしのため、柳生家のためにな」
そうして、但馬守は、陽気にもう一杯、杯に酒を注ぐのであった。この地盤が固まれば、十兵衛に任せている「密命」も不要となりその仕事は江戸柳生の仕事となる。十兵衛は、柳生の庄で飼い殺しすれば良い。あの十兵衛の豪腕は惜しくはあるが、十兵衛のあの剣は余人に教えられない天性の剛剣。ついて来れない門弟が多くなるのは必至。それでは大和柳生の後を任せるには危険すぎる。左門を涅槃に送り、十兵衛は飼い殺す。そして宗冬を剣術指南役として推挙。それが江戸柳生が将軍家に剣術指南役として仕え、永年、柳生家が栄えるもっとも確実な方法なのだ。その但馬守の考え通りに事は進んでいた。
「左門……お前の剣は美しかった。 だが、美しすぎる剣は、政には使えぬ」
但馬守は杯を干した。空けた杯を見つめる。
「十兵衛。お前は正直すぎる。 だから使いやすく、そして――」
但馬守は言葉を切る。
「――すまぬ、とは言わぬ。 これが、柳生家を守るということなのだ……」
「……親父殿にとっては、俺だけではなく、病の左門も捨て駒であったのか……」柳生江戸屋敷。助九郎殿がいない時間を狙い、俺は屋根裏に忍び込んだ。警護の裏柳生はすでに音もなく昏倒させていた。眼下に見える父、但馬守はすでに酔っぱらい、俺の気配も感じ取れないらしい。俺は歯噛みする。血涙が、眦から頬を伝い滴り落ちる。
(俺は、実子すら政の道具としてしか見ない、あんな親父殿の跡目など決して継がんぞ!あれは『活人剣』などではない!『剣禅一味』などでもない!親父殿のやっている事は、単なる『政』という名をかぶった遊びに過ぎない!あれは……侍ですらない!単なる策士よ!俺の剣は、俺の求める道は、ここにはない!)
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――いやはや、昨日はいささか飲み過ぎたかの。
苦笑して、身体を起こそうとしたが、起き上がれない。襟元に何かが引っかかっていた。
――なんじゃ。いったい。
手を伸ばし、引っかかっている箇所を探る。どうやら二カ所留められているようであった。但馬守は雑作もなく抜き取る。
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