元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

23話 到達

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「……露骨な分かれ道だな」

「どちらが正解なんでしょう?」

 マネギル達『獰猛なる牙』との遭遇から一日が経過した。あれからマネギル達とは上手く出会すことはなく、無事に48階層を踏破することができた。

 現在、大迷宮クレバス49階層。とある二叉の分かれ道。49階層のセーフティポイントで睡眠休憩を取ってから、再び攻略を再開した俺達の目の前には露骨な分かれ道が現れていた。

 二叉の分かれ道……普通に考えればどちらかが正規の道でどちらかがハズレの道。当然の如く、現時点で最深層となる49階層の完全マッピングされた地図など存在するわけがない。時間を気にする必要が無いのなら両方の道をじっくりと探索したいのだが、そういう訳にもいかない。

 前の階層でマネギル達と遭遇したことから分かるように、今俺達はほぼ同時進行で最深層の攻略をしている。今アイツらが俺らの先に進んでいるのか、はたまた後を追ってきているのかは分からないがいつ先を越されて、先に最終層の攻略をされてもおかしくは無い。

 一瞬の足止め、回り道が、どちらが先に迷宮を完全攻略するかの鍵になる。

 だからこの分かれ道は一発で正解を引き当てたい。

「うーむ……」

 目を凝らして先の方を見てみても、どちらの道もそう短くないのだろう、直ぐに奥の様子が見えなくなる。

「あの……ファイクさん……?」

 どれくらいそうしていたのだろうか。
 唸り声を上げながら左右に続く道を交互に見比べていると、困ったと言わんばかりに眉根を下げたアイリスが服の裾を引っ張ってくる。

「……すまん、ちょっと考えすぎてた。もうアイリスが決めてくれ」

「い、いいのですか?」

「ああ、もう全く分からん。探知系の魔法が使えれば良かったんだが、そう上手く使えるもんでもない。決めちゃってくれ」

「分かりました。では──」

 俺の急な無茶ぶりにアイリスは一瞬戸惑ったように表情を曇らせるが、直ぐに二叉の道の方を見る。

 切羽詰まったていた。
 ……正確に言えば今も焦っている。
 マネギル達に会ってからその焦りはどんどん増していく。

 迷宮の完全攻略を先にされるかもしれない。

 そんな考えても仕方の無いものが頭の中をずっと駆け巡っている。
 だからこんな、なんてことの無い分かれ道なんかで無駄に悩んでしまっている。

 一つの間違い、足止めで俺の目標は潰えるのではないか、俺のここまでの努力は全て無駄だったのではないかと、そんなどうしようもない思考が判断を鈍らせる。

 駄目な思考パターンだ。

 "本当に、バカの考えることだな"

 嗄れた声が嘲笑う。

「……黙れクソジジイ……この前までただの『荷物持ち』だった俺にはこの謎のプレッシャーは重すぎるんだよ……」

 "……そろそろその変な言い訳は止めといた方がいいぞ。甘えるのは終わりにしろ"

「ッチ……んなこた分かってるよ」

 アイリスに悟られぬ声量でスカーに反論するが奴はさらにそう言うと再び黙りを決め込む。

「──決めました! 右にしましょうファイクさん! ……ファイクさん?」

 少しの思考の後、アイリスは勢いよく右手の道を指さすが返事のない俺の方を見て首を傾げる。

「あー……じゃあそっちにしよう」

 不機嫌な顰めっ面を見られ気まづくなりつつも返事をして右の方の道へ歩を進め始める。

「……まだ気分が優れませんか?」

「え?」

「その……また怖い顔をしていたので……」

 それに少し追いかけるようにして着いてくるアイリスが様子を伺うように聞いてくる。

 まだ昨日の事を気にしているようだ。

「大丈夫だよ、気分は頗る快調だ。まあ、さすがに最深層……しかもあと一つの階層で迷宮の完全攻略だし、緊張して昨日みたいな顔になってたらごめんな」

 彼女の不安そうな瞳の揺れ、困り眉を見ると申し訳ない気分になってくるので直ぐに明るく取り繕う。

「……」

 しかし、そんな俺の考えなんてお見通しなのかアイリスはまだ不安げな様子だ。

 相当昨日のアレがトラウマのようだ。

 あのベレー帽……ロビンソン・バーベルクとの腹立たしい問答を終えて、マネギル達から別れたあと、俺は憤懣やるかたない気持ちだった。

 とにかくイライラしていてた。

 いつもスカーに対して感じている腹立たしさとは別の怒り。あれはお互いに好き勝手言い合える、遠慮する必要が無いから特段気にする必要のないものだ。昨日感じていたものと比べれば普段スカーに対して感じている怒りなど可愛らしいものだ。

 とにかく俺はあのベレー帽の言っていたことが気に食わなかった。

 いつもなら直ぐに割り切って、無かったことにしようと務めるのだが、昨日はそれができず、やるせないその怒りから周りに少し当たってしまった。

 ソロで迷宮に潜っているのなら大した被害はない。しかし今は常にアイリスと二人で迷宮を探索している状態だ。昨日はかなり彼女に対して、冷めた態度を取ってしまった。

 今思えば反省しかない。
 気を使って色々と話しかけてくれるアイリスを適当な態度で足らい、眉間に皺を寄せ怖い顔をしている(アイリス談)、常に不機嫌な態度で接してしまった。彼女は何も悪くないのに……。

 それが、無意識とは言えアイリスを精神的に攻撃してしまった。傷つけてしまった。

 次の日……まあ今日なのだが幾分か気分がリフレッシュしてだいぶいつもの調子に戻ってきた俺が目にしたのは、子鹿の様に怯えたアイリスの姿であった。

 本当に申し訳ないことをしてしまった。まさか昨日の一件で彼女をこんなに怖がらせてしまうとは思わなかった。

 そう反省した俺はアイリスに誠心誠意で謝ったのだが、彼女曰く「大切な人が本当に怒っているのを見るのがこんなに苦しくて辛いものだとは思わなかった」だそうで。

 怖がっていると言うよりはとてつもないくらい心配してくれたらしい。

 それを聞いて俺の罪悪感がマッハで加速していき。今後このような事がないようにと胸に誓った。

 そんなことがあったからか、アイリスは俺の表情のほんの少しの変化を見逃すことなく気にするようになってしまった。

 感情の変化かから来る、ほんの少しの表情の変化。彼女はそれを敏感に感じ取る。今のように──。

「──本当に大丈夫だよ、もう昨日のことは気にしてない。だからそんな不安そうな顔しないでくれ、な?」

 依然として、心配そうにこちらを見てくるアイリスを見ているとこちらまで申し訳なくなってきて、無意識に右手が彼女の頭の上に行く。

 泣き止まない幼子をあやす様に優しく白金の長髪を撫でてやる。

「あっ……」

 今まで不安げな様子を見せていた表情は、ほれで柔らかく崩れていき、アイリスは気持ちよさそうに目を細める。

「───」

 そこで気づく、一体俺は何をやらかしちゃっているんだということに。

 年頃の女の子の頭なんて軽々しく撫でていいものでは無い。時と場合によっては死刑にだってなり得るかもしれない……いや、それは言い過ぎかもしれないが、それくらいに罪は重い。

 どれだけ自分に好意を寄せてくれている女の子だからといって、こうして脈絡もなく頭を撫でていい理由にはならないはずだ……多分。

「──あー……すまん。軽々しく女の子の頭を撫でるもんじゃないな」

「あっ……」

 だから俺が撫でるのを止めたからってそんな悲しい顔をしないでください。
 さっきから言ってること同じだけど、同じ一言でも声の抑揚とか感情の明るさが全然違ってるから。
 何だか別の意味で悪いことをした気分になっちゃうから。

 "またお前らは飽きもせず……"

 呆れたクソジジイの声が脳裏に過ぎるが、今はそれに反論することもできない。

「……行こうか……」

「はい……」

 先程は全く違うベクトルの気まづさが俺達の間に居座るが、それを誤魔化すかのように無理やりにでも前へ進む足を再び動かす。

 長々と続く薄暗い道は果たして近道か遠回りか……そんなこと知ったことではない。

 ・
 ・
 ・

 そこからの道は何とも単調だった。

 というか49階層に降りてから何も起きなかった。強いて挙げるとするならば先程の二叉の分かれ道ぐらいのもで、その他は本当に何も無かった。行く手を阻む罠らしき物も無ければ、探索者を誘惑する宝部屋も無かった。なによりモンスターとの戦闘が一度も無かったのだ。

 ただただ道を延々と歩いてきただけ、それだけだった。

「不気味なくらいに何も無かったな」

「はい。不自然すぎます」

 時間にして2時間程だろうか。
 アイリスが選んだ右側の道は正解だったらしく。本当に一本道で最奥……下へと進む階段がある部屋へと辿り着いた。

 罠の回避やモンスターとの戦闘で体力や魔力を消耗することも無く。万全の状態でこの無駄に広い部屋に辿り着けたことは大変喜ばしいことなのだが、どうしてか素直に喜べない。

 いや、喜べるはずがなかった。
 寧ろ何かあるのではないかと疑ってかかるべきことで、俺達は今できる最大限の警戒を払って部屋へと侵入していた。

 部屋の中腹辺りまで来たところでまだ何も起きない。それどころかモンスターの気配も感じない。

 ……何も無いのか?

 そんな疑心を抱いたまま階段の前まで来てしまう。

「……どう思う?」

「どう……と言われましても、このまま先に進むしかないのでは?」

 隣にいるアイリスにこの不自然すぎる状況をどう思ったのか聞いてみるが、返ってきたのはごもっともな答えだ。

「まあそうだよなぁ~。ラッキーぐらいの気楽な考えで良いのかもしれないな」

 彼女の言う通りだ。
 どのみち俺達には『先に進む』という選択しかない。

「──よしっ! そんじゃあ気を引き締めてい行こうか。次は最終層と言われている50階層だ、全力を尽くそう」

「はいっ!」

 緩んでいた兜の緒を締め直す。
 結局のところ降りるしかない。降りた結果、何かが起きたのならその時に対処するしかない。

 考えすぎてもダメだ、思考は大事だがしすぎて動きが鈍っては本末転倒。もう野となれ山となれだ。

 そう腹を括って、下の階層へと続く螺旋階段を慎重に、しかしそれなりの速さで降っていく。

 一段一段、階段を降っていく事に底に広がっている闇に飲み込まれていく。唯一の頼りはもう随分と見慣れた魔晄石のトーチの淡い光のみ。

 何百、何千回とこの迷宮の螺旋階段を下ってきた。こうしてこの大迷宮クレバスの螺旋階段を下るのもこれで最後かもしれない。迷宮独特の魔晄石のトーチの光を目に焼き付けられるのはこれで終わりかもしれない。

 そう考えると少しだけ寂しく思えた。

 階段を一段、また一段と降る度にこれまでの事が思い返される。いい思い出よりも寧ろ、嫌な思い出の方が沢山思い浮かぶ。それでも結局のところ俺はこの迷宮に生かされてきた。

 めいっぱい金を稼がせてもらったし、魔法の修行もここでして強くなれた。迷宮があったから今の俺がある。

 もう少しでそんな迷宮の全てが分かるかもしれない。
 ずっと知りたかった、父さんと母さんと俺、家族の夢が少しでも叶うかもしれない。

 その夢にまで見た瞬間に胸を踊らせた瞬間だった。

「──ぎゃああああああああああ!!!」

「っ!?」

 鼓膜に嫌に媚びり付く情けない男の断末魔。今の叫び声だけでオトコが生命的危機に陥っているのは考えるまでもない。

 その声には聞き覚えがあった。

「……ロウド?」

 Sランククラン『獰猛なる牙』の斥候役である男の声であった。

 しかしおかしい。
 今俺たちがいるのは階層と階層を繋ぐ螺旋階段のちょうど中間あたり。普通ならば下の階層の物音など微塵も届くことない位置でどうして奴の声がハッキリと聞こえたのか。

「──キャアアアアアアアアアアッ!!!」

 再び声が聞こえる。
 今度は甲高い女の叫び声。

 これにも覚えがある。
 支援魔法を得意とする同じく『獰猛なる牙』の後方支援役のロールの声だ。

「……どういうことだ?」

 さらに思考は混乱していく。

 マネギル達の方が先に進んでいた?
 下の方で何が起きている?
 そもそも何故こんなところから声が聞こえてくる?
 ────。

 色んな考えが浮かんでは纏まらず霧散していく。

 ……そんなことよりも。今のアイツらの声はヤバいんじゃないか?

「──っ! 急ぐぞアイリスっ!!」

「はっ、はいっ!」

 自然と足は動き出す。
 転ぶことなんて考えず、全速力で螺旋階段を降っていく。

 嫌な予感がする。
 アイツらに先を越されるとかそんなしょうもないことでは無い。
 ……誰かが死ぬかもしれない。

 圧倒的な死の予感。

 そんな悍ましい感覚が襲いかかってくる。

 全速力で降ったおかげか、まだ見えることは無いと思っていた下の階層──大迷宮クレバス50階層の入口が見えてくる。

 入口から無駄に射し込む光が眩しいがそんなの事を気にしている暇なんて無い。一直線に階段を駆け降り、そのまま入口を走り抜ける。

 一瞬、暗いところから明るい場所へ出たことによって視界が白くぼやける。最初に飛び込んでくる情報は耳たぶを激しく揺らす剣戟の音。

 直ぐに眼球はその明るさに慣れていき目の前で起きている現実をしっかりと捉えていく。

「なんだよこれ……」

 その光景に唖然とする。

 ターニングポイントとなる大迷宮クレバス50階層は大きな一つの部屋で構成されていた。一面を覆い尽くす大理石の壁と床、天井には無数のシャンデリアが吊るされておりそれが部屋を眩く照らす。その階層にはその部屋しかない。

 そうしてそんな大広間に存在するのはモンスターたったの一体のみ。

 それは25階層で戦った『グレータータウロス』によく似ていた。……いや、似ているのは見た目だけでその大きさは桁違いにデカい。

 全長15mは優に超えているであろう体躯。全身に迫り上がる様にして付いた、剥き出しの筋肉は黒光りしており鋼鉄よりも硬いことだろう。そいつが身に纏っているのは深紅の絹で織られた腰布のみ。

 これだけでも異様と言える出で立ちの奴が決定的に人外であると判断するにはその頭を見るのが容易である。

 それは普通の人のソレではなく、二本の逞しい角を携えた牛のソレであった。

「ッ!? 逃げろファイクッ! コイツには勝てないっ!!」

 今まで牛頭人と対峙していた真紅の鎧を身に纏った男がこちらに気づき、鬼気迫る形相で叫ぶ。

 鎧は既にボロボロに崩れており、全身からは大量の出血をしている。一目でその男が重症なのは分かった。

 自身の体躯と同等の大きさを誇る血塗れた鉞を振り回し、牛頭人は蹂躙する。

 ロウドとロールは瀕死の状態で床に倒れている。ハロルドは何とか持ちこたえているが長くは持たないだろう。ベレー帽を被った記者は尻もちを着いて怖気ているばかりだ。

 あの『獰猛なる牙』が相手取っているというのに、この絶望的な状況。

「グォオオオオオオオオオッッッ!!」

 新たな侵入者の発見に牛頭人は雄叫びを上げる。

 最終層且つターニングポイントとなる50階層は混沌を極めていた。
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