元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

31話 彼女は目覚める

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 目が覚めたら見慣れない部屋で寝ていた。

 無機質な白い壁に椅子やベット、備え付けの棚の上には青い花が活けられた花瓶。とにかく最低限の物しかその部屋には存在しない。

 開け放たれた窓から心地よい風が入っきて、カーテンが靡いている。

 そこはどう考えても殺風景な大迷宮の中などではなかった。

「あっ! 目が覚めたんですねアイリス・ブルームさん!! 良かった……二ヶ月も意識を失ってたからこのまま目が覚めないじゃないかと──」

 部屋を見渡し、自分が現在置かれている状況を把握しようとベットから立ち上がったところで背後から女性の声がする。

「──ってああっ!? まだ起き上がっちゃダメですよ! 今すぐベットに戻ってください! 今先生を呼んでくるのでそのまま安静にしていてくださいねっ!」

 看護服に身を包んだ明るい雰囲気の女性は眼を見開き慌てたように私をベットに座らせる。

 抵抗しようと試みるが身体に上手く力が入らない。そのまま横にされて身体を冷やさぬようにと毛布まで掛けられてしまう。

 ……どうして?

 急いだ様子で部屋から出ていく女性の背中を見つめながら思う。

 何がどうなったの?

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 あの牛頭人はどうなったの?

 分からなくなるのと同時に不安が押寄せる。

「……ファイクさんは!?」

 近くに居ない彼の安否を確かめたくなって、安静にしろと言われていたが再びベットから立ち上がり部屋から出ようとする──

「何処へ行くのですかな、アイリス・ブルームさん?」

 ──が、それは直ぐに白衣を着た丸眼鏡の男性に止められる。

「どいてください! 会いにいかなくちゃ! 直ぐにでも会いたい人がいるんです!」

「お気持ちは分かりますがまずは落ち着いてください。貴方は怪我人なんです」

 私の願いは聞き入れて貰えず、強制的にベットに連れ戻される。

「やめてください! 邪魔をしないで……!」

 抵抗はできない。いくら力を入れてみても身体は言うことを聞いてくれないのだ。

 普段ならばこんな人達に力で負けることなんてないはずなのに……。

 そんな遣る瀬無い不満を抱きながら、無駄だと分かっていても私は抵抗を続ける。

 そんな少し騒がしくなってきた部屋に一人の男が現れる。

「……お、目が覚めたようだが……騒がしいな。俺は出直した方がいいか?」

「あっ! マネギルさん! 手伝ってください! ブルームさんが外に出ようと暴れて……」

「っ!! アナタは……!」

 そこに訪れたのは目付きの悪い金髪の大柄な男──『獰猛なる牙』のクランリーダー、マネギルだった。

「アナタがここに居るということはファイクさんも……ファイクさんも無事に外に戻ってこれたんですよね!?」

 彼に話を聞けば今すぐに彼の安否を確認できる。

 そう判断した私は暴れるのをやめて部屋に訪れたマネギルに問いかける。

「──」

 しかし返答は直ぐに返っては来ず。それどころかマネギルは悔しそうに眉間に皺を寄せる。

 少しの間、部屋に静寂が訪れる。

 その静寂に私の脳裏に嫌な予感が沸いて出る。

 嫌な脂汗が止まらない。
 不快感と胸のざわつきが内に居座る中、マネギルがようやく口を開く。

「──ファイクは死んだ」

「…………え?」

 そうして放たれた言葉は考えたくもない、しかし何となくそうなのではと予想していたモノだった。

 ・
 ・
 ・

 彼の詳しい話ではこうらしい。

 大迷宮クレバス最終50階層で牛頭人に致命傷を受けた私は何も出来ず、そうそうに戦線を離脱。

 即死の一撃をくらい、死んだと思っていたが運良くマネギル達の取材をするために着いてきていたウザイ記者がハイポーションを持っており、そのお陰で私は一命を取り留めた。

 件の50階層にいた黒鉄の牛頭人はファイクさんによって討伐され、何とか生き延びた『獰猛なる牙』と私は外に戻り、その時点で意識が戻ることがなかった私はこの探索者協会が運営する治療院に運ばれたらしい。

 無事に生き延びた。
 あの倒すことが不可能とさえ思えた牛頭人を退け、五体満足で私たちは外に戻ることができた。

『獰猛なる牙』クランリーダー、マネギルはそう言った。

 しかし、無事に外に戻ることができなかった人がいる。
 勿論それは私の最愛の人──ファイク・スフォルツォだ。

 マネギルは私が最初にした質問にこう答えた「ファイクは死んだ」と。

 その詳しい説明を問いただしたところこうだ。

 ファイクさんは圧倒的な力の差を見せて50階層にいた黒鉄の牛頭人を倒した。その直後、彼はその場から姿を消したのだという。その現場を実際に目撃していたベレー帽の記者の言い分では、伝説上にしか存在しないはずの転移魔法によってファイクさんは何処かに転移させられたらしい。

 数日、牛頭人が居なくなりセーフティポイントとなった50階層でファイクさんが戻ってくるのを待っていたが、彼は姿を見せることがなかった。そこでベレー帽の男は彼がもう戻ってくることは無いと見切りをつけて、外に戻る判断をしたのだと言う。

 この話を聞いた時に直ぐにでもあのベレー帽の男を殺しに行こうかと殺気立ったが、マネギルの話には続きがあった。

 外に戻り、私より先に目を覚ましたマネギルは直ぐに探索者協会にファイクさんの捜索要請を出したらしい。

 そうして、行方不明者や未帰還者の消息を確認するための捜索隊がマネギルを含めた20人──5チームで編成され、一ヶ月間という制限をつけて捜索がなされた。

 第1階層から最終となる50階層まで隈無く捜索が行われたが結果、ファイクさんは見つからず。捜索期間中も迷宮から出てきたという報告は無かった。

 マネギルは更なる捜索の申請を出そうとしたらしいのだが、探索者協会はこの捜索結果にファイクさんの『迷宮内での死亡』を決定づけ捜索は打ち止めとなった。

 私はこの話を聞いた瞬間に否定した。

「そんなはずがない」

「ファイクさんはまだ生きている」

「もっとちゃんと探してください」

「今度は私が探しいに行きます」

 大声で泣きながら目の前で悔しそうに語ったマネギルにそう言い放った。

 嫌だった。
 怖かった。
 嘘であって欲しかった。

 あの人が死んだなんて信じたくなかった。

 これ程までに自分の弱さを嘆き、後悔したことは無かった。

 私がもっと強ければ、彼と一緒に戦える強さがあれば…………ずっと傍に居られれば、こんな事にはならなかったのだろうか?

 ……あの日からそんなことばかり考えてしまう。私の時間はあの日から止まったままだった。

「……はあ……」

 吐く息が白く色づく。無意識に身を抱き寄せて、冷えきった手の凍えを誤魔化すように擦る。

 あれから半年という時間が経った。

 毎日が熱く、過ごしずらささえ覚える季節は通り過ぎ、いつの間にか雪が降るほど寒くなってしまっていた。

 だと言うのにこの迷宮都市クレバスには季節など関係なく。今日もたくさんの人で賑わっていた。

 ……その賑わいも以前に比べると相当に増していた。
 商人の数も増えたが、圧倒的に道行く探索者の数が増えている。

 そこには慣れた足取りで大迷宮の入口に向かうものも居れば、キョロキョロと物珍しそうに定まりが付かない足取りで向かうのもいる。

 どうして以前よりも探索者の姿が多く見えるのか?

 その理由は分かりきっていた。

 ここにいる見慣れない冒険者たちは完全攻略された迷宮のお零れを少しでも頂くために、ここクレバスを訪れているのだろう。

『世界で初めて完全攻略がなされた大迷宮』

 あの日から、世界で大々的にこういった感じの新聞や情報が出回った。

 それを聞き付けた世界各国の腕利きの探索者達が、大迷宮クレバスに眠る財宝を求めて集まった。

 完全攻略がされ、完璧とは言えないがマッピングされた全階層の地図が出回る。
 その癖、お宝が眠ると言われている最深層はそれほどまだ人の息がかかっていない。

 これだけで人が集まる理由は十分だった。

 未開の階層よりも、踏破されある程度対策が取れる階層を攻略する方が安全で効率がいい。

 今まさに大迷宮クレバスは全世界に存在する大迷宮の中で一番に注目されている探索スポットなっていた。

 そんな全世界がこぞって大迷宮に潜る中、私は彼との迷宮探索を最後に迷宮の探索をしなくなった。

「……はあ……」

 白い息を吐き出し、迷宮入口の近くにある広場の噴水前のベンチで彼の帰りをただひたすらに待つ。

 後ろから水の吹き出る音がする。広場で遊ぶ子供の声、出店を構えて客寄せをする人の声、迷宮に潜る前の打ち合わせをする新人探索者の声、たくさんの音が広場を騒がしく満たすがそのどれもが気にはならない。

 意識はただちょっと遠くに見える大迷宮の出入口。
 彼の姿を探してしまう。

 あの日から迷宮を探索する気力が無くなり、治療院を退院しても迷宮に入ることが無くなった私は、退院してから毎日この広場で彼の帰りを待つことにした。

 毎日、毎日だ。太陽が照りつける暑い日でも、風が強く吹き付ける日でも、土砂降りの日でも、今日みたいな雪が降りそうな寒い日でも毎日欠かさず朝から夜暗くなるまでここで彼の帰りを待った。

 私の時間はあの日から止まっている。

 彼と共に大迷宮を攻略した日々。

 ……誰かが彼は死んだと言っても私は決してそれを受け入れることは無い。

 彼は今もあの大迷宮の何処かで探索を続けているのだ。

「ファイクさん……」

 無意識にポツリと溢れ出る。

「──ッ!!」

 胸の内を何かにキツく縛り付けられるような感覚が襲う。苦しくて呼吸をするのも難しくなる。

 しかし直ぐにそれは収まる。

 もう随分と前に彼がくれた蒼い宝石『フィルマメントダイアモンド』で作ったペアリングの一つ。

 左手の薬指に着けたそれを見て先程までの苦しさが無くなる。結局、このペアリングの片方を彼に渡すことはできなかった。

 タイミングが合わなかったのもあるがあの時、勢いに任せて彼にリングを渡そうとしても受け取っては貰えなかっただろう。

 そんな考えが過って怖くなり渡せなかった。

 怖かった。
 このリングの受け取りを拒否されるのは嫌だった。

「……はあ……」

 また息を吐く。
 リングを見つめる毎に切なくて愛しい気持ちが溢れそうになる……私は彼を心から愛している。

「ねえ、そこの綺麗なお姉さん。ちょっといいかな?」

 リングを見つめ彼のことを考えていると声をかけられる。

 顔を上げるとそこには三人組の探索者の男達が声を掛けてきていた。前のめりで声をかけてきた見るからに軽薄な雰囲気の男と後ろで何やら怯えている辛気臭い雰囲気の男二人。

「……?」

「お、おい、その人はやめといた方が……」

 何の用だろうかと首を傾げていると、一人の辛気臭い雰囲気の男が私に声を掛けてきた男の肩を掴んで何やら止めに入っている。

「オイオイなんだよ、美人だからって緊張してんのか? 安心しろよ迷宮都市スティンウェル最強の探索者と呼ばれている俺にかかればこんな女イチコロさ。大船に乗ったつもりでいろって」

「いや……そういうのじゃなくて本当にやめといた方が……」

 軽薄男は肩を掴まれた手を払って私の方に向き直る。

「ねね。俺最近この都市に来たばっかでさ、もし良かったらちょっとここらへん案内してくれない? あ、俺の名前はチャーロット・ヤルゲンね! お嬢さんはなんて言うの?」

「あの……離れてください……」

 馴れ馴れしく隣に座り込んで捲し立てる男に不快感を覚える。

「なになに照れてるの? 可愛いね! ますます気に入っちゃったよ」

「ほ、本当に止めとけ! お前死ぬぞ!!」

 軽薄男は何やら一人で盛り上がってさらにその身を近づけてくる。それを見て連れの辛気臭い男二人は狼狽えている。

「……」

 とても煩い。
 今まさに彼への愛の深さを確かめていたところに何だこの男たちは?
 大した用事があるよでもないし、さっさと消えて欲しいのだけれど……。

「ねえねえ! なんて名前なの? こんな寒い日にこんな所で一人で何してるの? 良かったら暖かい喫茶店でも入ってゆっくりお茶でもしながら話そうよ!」

「やることがあるので結構です……あと近いです」

 しかし軽薄男は消えるどころか、しつこく話しかけて私の邪魔をしてくる。

 それにこの男、私が「離れて」と言っているのに全く離れる気配が無い。

 これでは大迷宮から彼が帰ってきても直ぐに発見、お出迎えができないではないか。

「……もし──」

「え?」

 あまり大事にしたくはないのだけれど、そうも言ってはいられなさそうだ。

「──もしお前の所為でファイクさんをお迎え出来なかったらどう責任を取ってくれるつもりだ?」

 務めて冷徹に、モンスターと対峙する時のように軽薄男を睨みつける。それだけではこの不快感は拭えず、続けてベンチに立て掛けて置いた『颶剣グリムガル』を抜剣し男を威嚇する。

「え…………ひぃいい!?」

 今までヘラヘラと笑っていた軽薄男はその表情を焦りへと変化させて、情けない声を上げる。

「もう一度言いますが私にはやらなければいけないことがあります。それは決して貴方の暇つぶしに付き合っている暇など無いとても重要な事です。それを邪魔するのは許しません。理解したのならさっさと消え失せてください、とても目障りです」

「「「はいぃい! すみませんでしたぁああああっ!!」」」

 オマケに軽薄男のウザったらしい前髪を剣先で短く整えてやると、男たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から走り去っていく。

「ふう……」

 一呼吸置いて『颶剣グリムガル』を鞘に戻して、再びベンチに腰を下ろす。

 今日も私は彼の帰りを待つ。
 昨日も今日もこれからも、ずっとずっとずっと……。
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