元Sランククランの【荷物運び】最弱と言われた影魔法は実は世界最強の魔法でした。

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第一章 大迷宮クレバス

39話 再会

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 眩い光に包まれて気がつけばそこは小さな森の中ではなく、一面を覆い尽くす大理石の大きな部屋だった。

「随分と懐かしく感じるな。というか俺たちってどれくらいこの迷宮にいるんだ?」

「さあな。少なくとも半年ぐらいはいるんじゃないか」

 懐かしくさえ感じるその階層に感慨深くなると同時に時が進む速さの残酷さを痛感する。

「……うわぁ。きっと俺死んだことになってるんだろうなぁ」

「まあそりゃそうだろうな」

 きっと……では無く、確実に探索者協会に死んだことにされているだろう。一ヶ月も大迷宮から帰ってこなければ死亡認定されるのだ、不思議なことじゃあない。

「帰ってからの手続きとかめんどそうだな~……」

「キュ?」

 これから待ち受ける面倒事の数々に項垂れる俺をラーナは不思議そうに首を傾げて見つめてくる。

「今から言っていても仕方ないだろうが。ここでうだうだしてる暇も無いだろう」

「……それもそうだ。さっさと上るか」

 スカーの小言に同意して歩き出す。

 歩きながら再び大きな大理石の部屋を見渡す。前までは綺麗な階層だったのだろうが、その部屋の至る所には崩れた壁や抉れた地面など、幾つかの戦闘の名残があった。

 思えばここから始まったのだ。ここは深層の入口でしかない。

「……」

 あの時よりは少し強くなれただろうか?
 魔法使いとしても、人としても。
 ……変わった気もするが大して変わらない気もする。

 色々と小難しい話や世間の柵を知った。
 俺が知らなかっただけで、この世界は相当腐っていたらしい。

 生命の賢者は言った。「これから数々の困難が君達を待ち受けるているだろう」と。

 きっと彼女の言葉は十中八九本当の事なのだろう。
 それに対してこれからどうするのか具体的な方針は決まっていない。見切り発車もいいところだ。

 だが、今はそれでもいいと思う。未来の事は未来の自分がきっとどうにかしてくれる。
 やっと戻ってくる事が出来たのだ。今はそのことを存分に喜ぼうではないか。

 やっと帰ってくることが出来た。
 俺は始まりの大迷宮クレバス50階層へと戻ってきた。

「早く無事を知らせないとな」

 無意識に魔力を熾して全身に循環させる。

 全速力で駆け上がる。
 早く彼女に会いたい。
 途端にそんな思いが胸中を占める。

 ・
 ・
 ・

 上の階層に進むにつれて探索者の姿が増えていく。

 50~45階層までは探索者の姿は全く無く。44~35階層に入るとチラホラと高ランクの探索者が姿を見せ始めた。
 やはりまだここら辺の階層まで潜ってくる探索者は少ないんだなと思っていると、34~25階層……いわゆる中層域に入った途端にその数は激増する。そのまま24~外の出口まではたくさんの探索者がうじゃうじゃといた。

「……こんなに人多かったか?」

 現在、大迷宮クレバス第1階層の出入口付近。ここまで来るのに体感5時間程で辿り着く事が出来た。

 やっとこの代わり映えしない鬱屈とした洞窟ともおさらば、と言うところで俺は異常な程の人の数に度肝を抜かれていた。

 明らかに探索者の数が多すぎる。俺がいない間に何か探索者達が増える大きな出来事でもあったのだろうか。

「……まあいいか」

 考えてもすぐに確認する手立てがないので、疑問が解消することなく俺は足早に大迷宮の出入口を通る。

「うお……眩しい。久方ぶりの本物のお天道様だ」

 時間帯がちょうどまだ日が登り始めた頃だったのか、大迷宮を出た瞬間に出迎えてくれたのは燦々と輝く太陽だった。

 無数に並び立つ建物、大迷宮前の大通りは今日もたくさんの人で賑わっていた。
 これから探索に向かうであろう探索者達に、それを相手に商売をする商人たち。見慣れた光景が俺を出迎えてくれる。

「やっと……やっと帰ってきた……」

 なんてことないその光景に感極まる。

 一度は帰ることを諦めていた。ここまで来るのにたくさんの死線を潜り抜けてきた。決して容易い道のりではなかった。

「突っ立ってないでさっさと会いに行ったらどうだ?」

 出入口に立ったまま動き出さない俺にスカーは静かにそう言う。

「……」

 そうだ。会いに行こう。
 こんなところで感動に浸るにはまだ早すぎる。この感情は彼女と一緒に分かち合いたい。

 無言で頷き、走り出そうとした瞬間だった。全身に何かが飛び込んでくる衝撃が走る。

「ッ!?」

 反射的に飛び込んできたものを受け止める。

 靡く白金の髪が視界に映る。それはとても柔らかくて今にも壊れてしまいそうなほど儚く思えた。

「ファイクさんッ!!!!」

 衝撃の次にやって来たのは鈴を振ったような澄んだ美しい声音。
 その声には聞き覚えがあった。いや……忘れるはずがない。

「……アイリス?」

 飛び込んできたのは人……女の子で、それも俺のよく知っている子。
 その女の子は間違いなく『静剣』アイリス・ブルームだった。

「ずっと……ずっとずっと帰りをお待ちしていました……!!」

 俺の胸に顔を埋めえていたアイリスはその透き通る水晶のような青い瞳にたくさんの涙を溜め込んでこちらを見つめてくる。

「えーっと……」

 突然の事に混乱する。

 会いに行こうと思っていたがまさか大迷宮に出てすぐに会えるとは思っていなかった。しかもどうやらアイリスは俺が帰ってくるのを待っていたみたいだし、何がどうなっているのやら。

 今にも泣き出しそう……というかもうほぼ泣いているアイリスに俺は情けなくも狼狽えることしか出来ない。

 こういう時、世の男性諸君は一体どんな気の利いた言葉を女性にかけるものなのだろうか。
 自分のボキャブラリーの無さが今になって恨めしい。

 "全く情けない奴だな"

「うっ……」

 此処ぞとばかりにスカーの楽しげな声が聞こえてくる。それにムカつくも言い返すことができない。

「……ファイクさん?」

 追い打ちをかけるように俺の言葉を待っているアイリスが上目遣いで見つめてくる。

「──」

 このまま何も言わずに黙っていることは出来ない。とりあえず何か言わなければ……。

 脳みそをフル稼働させて考える。
 この状況、俺が帰ってくるのをずっと待っていたアイリスにまず初めに言わなければいけない言葉はなんだろうかと。

「ッ……はは──」

 時間にして一秒も思考はかからない。
 ……どうやらかなり気が動転しているようだ。こんな簡単な言葉も出てこないとは……。
 まず帰ってきて一番初めに言うことなど決まりきっているだろう。

「──ただいま。アイリス」

「……おかえりなさいファイクさん」

 俺のやっと出てきた言葉に満面の笑みで答えるアイリス。
 そんな彼女がどうしようもなく綺麗に映って、大きく心臓が脈打つ。

 ああ……本当に、やっと、今ここで帰って来たのだと実感した。

「えっ……ふぁっ、ファイクさん!? そんないきなりこんなところで何て……いえ! 嬉しのですが、出来れば誰もいないところでゆっくりと……」

 慌てふためくアイリスの声が耳元でする。

 気がつけば俺はアイリスを強く抱きしめていた。

 傍から見ればかなり大胆なことをしている自覚はある。
 それでも今はこの瞬間に彼女を抱きしめたかった。

 安心感、幸福感、安堵感……様々な心地よい感情が押し寄せてくる。
 とりあえずあと数十分程はこうして彼女を抱きしめていたい気分だ。

 しかし、どうやらそういう訳にもいかないらしい。

「いきなり走り出してどうしたのアイリス!? そんなにチャーロットがキモかったノ?」

「誰がキモいって? どこの誰がキモいって言ったこのチビ? 違うよねアイリスちゃん!?」

 肩で息をしながらアイリスの名を呼ぶ男女二人組。

 そんな彼らと目が合う。
 恐らく彼らの知り合いであろうアイリスは依然として俺に抱きしめられ顔を真赤にしてフリーズしている。
 彼らがどちら様なのか聞こうにも難しい状況だ。

「「「……」」」

 沈黙が続く。

 とにかく気まずい。
 段々と冷静さを取り戻していき自分が今公衆の面前で何をしでかしているのかを思い返すとさらに気まずさが加速する。

 とりあえず誰とも知らない人と目が合っている中でアイリスを抱きしめたままというのもアレなので、彼女から身を離す。

「あっ……」

 悲しそうなアイリスの声がするが今ばかりは許して欲しい。
 俺の性癖的趣向に他人にガン見されながら女性を抱きしめるというものは存在しないのだ。

「……どうも初めましてこんにちは?」

 とりあえず冷静さを装ってぺこりと頭を下げてみる。
 初めての人にはまず挨拶は基本だ。挨拶超大事、めちゃめちゃ大事。

「「……」」

 しかし返事は帰ってこず男女二人組は不審者を見るような視線を向けてくるばかりである。

 これから色々と面倒事が降りかかるとはわかっていたが、まさか初っ端からこんな事になるとは思わなかった。

「はあ……」

 大きくため息を吐いて天を仰ぐことしか出来ない。

 ・
 ・
 ・

 時刻はちょうど正午。

 あのまま大迷宮の前で睨み合っている訳にもいかず俺たちはとりあえず適当な喫茶店に入った。

 案内された席に座り周りを軽く見渡せば、ランチタイムということもありたくさんの御客で喫茶店は賑わっている。

 俺とアイリス、見知らぬ女性と男性が隣になるように席に着いて飲み物の注文を軽く済ませる。

「あの……アイリスさん?」

「はい。なんでしょうか?」

 そうして一息つこうとしたところで迎えに座る男女二人組の冷たい視線が突き刺さる。

「とりあえずそろそろ離れて貰ってもいいですかね? その……色々と周りの視線が痛いんで……あとできればお知り合いそうなそこの二人の紹介をして貰えると大変助かるんですけど……」

 それに耐えかね、俺の右腕をガッチリと抱き抱えて離れようとしないアイリスにお願いして、お冷で喉を潤す。

「離れるのは嫌です。絶対に嫌です。もう離れません。それとそこのお二人……女性の方はルルカ・アイルトンさん、三ヶ月ほど前に知り合って偶にお話をする仲です。男性の方は……よく知りません。失礼ですがどちら様ですか?」

 俺の一番最初のお願いを拒否してアイリスは茶髪の女の子だけを紹介してくれる。

「ククっ。覚えられてないでやんのチャーロット」

「えーっ!? そりゃあないぜアイリスちゃん!!」

 アイリスが口を開いた途端に男女二人組は俺から目線を外すと思い思いのリアクションを取る。
 ……なんと言うか男の方には少しばかり同情してしまう。

「クソっ、覚えられてなかったのはショックだがこれから覚えてもらえばいいんだ! 挫けるな俺ッ!! ……コホンっ。俺の名前はチャーロット・ヤンゲル。半年前に迷宮都市スティンウェルからこっちに拠点を移してきた探索者だ! 以後よろしく頼むぜアイリスちゃん!」

 肩を落として落ち込んでいた青髪の男はすぐに気持ちを切り替えて意気揚々と自己紹介をする。

 ……迷宮都市スティンウェルか。随分と遠いところから拠点を移して来たんだな。

「じゃあ私も初めましての人がいるし改めて自己紹介をさせてもらおうカナ。私の名前はさっきもアイリスが言ってくれたけどルルカ・アイルトン。私も半年前に迷宮都市ファブリケからこっちに拠点を移してきた探索者だヨ」

 続けて溌剌と自己紹介を始めた茶髪の小さい女性。

 創造の賢者ファーレ・メイクシングの大迷宮がある迷宮都市ファブリケからか……またこっちも随分と遠いところから来たもんだな。

 どうしてわざわざ迷宮都市クレバスに拠点を移しに来たんだ?

 と、そんな事を考えていると──

「さて。こっちの自己紹介はしたヨ。アンタは一体アイリスの何なの? いきなり抱きついたりなんかしテ、ストーカー?」

 ──茶髪の小さい女性ルルカが再び俺を睨んで聞いてくる。男も同様に机に肘を置いて凄んでいる。

 ……なんでこの二人は初めて会ったばかりだと言うのにこんなに俺に敵意むき出しなんだ?俺なんかしちゃいました?
 どちらかと言えばアイリスの方がストーカーと呼ばれていたんだが……まあその話は今はどうでもいいか。

「えーと、俺はファイク・スフォルツォって言います。アイリスとは同じクランの仲間で、つい昨日まで大迷宮を彷徨って今帰ってきたところです。いきなり抱きついたのは久しぶりに再会した仲間に感極まってやっちゃいました。反省はしてません」

 出会ったばかりの人間のいるこの場で話せることは少ない。ここは適当に誤魔化しながら自分のことを話していく。

「貴方がアイリスの言ってた……って仲間だからと言っても異性でショ! いきなり抱きつくのはどうかと思うネ!!」

「いや、そもそも抱きついて来たのはアイリスからだし……」

 どうして俺が出会ったばかりの女性にこんなに言われなければならないんだ。納得いかねぇ。

「言い訳しナイ! 全くもう……それで彼の言ってることは本当なのアイリス?」

 呆れたようにため息を吐くとルルカはアイリスに確認を取る。
 この女、本当に俺の事を嫌っているらしい。

「はい、本当です。因みに補足するならば私とファイクさんは愛し合っています」

「「ッ!?」」

 全く補足になってないアイリスの言葉に目を見開く男女二人組。仲良いねキミたち。

「あー……今のはアイリスの口癖みたいなもんだから気にしなくていいと思うぞ」

 そんな二人に俺はさらにそう補足付て続ける。
 アイリスのこの口ぶりも今では懐かしく思えてくる。

「それにしても友達が二人もできるなんてすごいじゃないかアイリス。俺がいない間に色々とあったんだな」

「友達……そうですかこれが友達と言うのですね。私を怖がらずに話しかけてくれる人はファイクさん以来初めてだったのであまりそう言った感覚はありませんでした」

「あはは。それはアイリスらしいな」

 なんともアイリスらしい感覚に思わず笑ってしまう。
 彼女にも俺にも色々とあった。それにこの迷宮都市クレバスもだいぶ様変わりをしているようだ。聞きたいことは山ほどある。

「久しぶりに再会、それにアイリスのお友達がいるところ申し訳ないんだけど、久しぶりにこっちに戻ってきて聞きたいことが沢山あるんだ。色々と質問しても良いかな?」

「そうですね。あれから一年、色々と変化がありました。私の答えられる範囲になってしまいますが何でもご質問してください」

 依然として腕に抱きつきながらアイリスは頷く。

 ……一年。
 そうかそんな長い間俺は大迷宮に居たのか。そりゃあ一年も経てば色々と変わるよなぁ。

「それじゃあ──」

 アイリスの口から出た「一年」という単語に内心驚きながらも俺は質問を始め、この一年での迷宮都市クレバスで起こった色々な事をアイリスの知る限り聞いた。

 まず予想通りと言うべきか、深層へと転移されて一年も戻ることが無かった俺は居なくなってから一ヶ月の捜索期間を経て探索者協会から正式に死亡したことになっていた。
 捜索の際に色々とマネギルが動いてくれたらしく。それを聞いて俺は驚いた。

 そして俺が死んでいないと信じ続けたアイリスがあの日から毎日俺の帰りを今日のように待っていた事。

 世界的に大迷宮クレバスが完全攻略されたと発表され、その影響で迷宮都市クレバスには今日に至るまで沢山の探索者や商人、観光客が訪れるようになった事。

 それに付随してマネギル達『獰猛なる牙』が大迷宮クレバスを完全攻略したことになり、全世界から称えられ国王様から勲章を貰うまでになった事。

 今も完全攻略されたとは言え大迷宮クレバスからは沢山の財宝や魔導具が出土し、最高潮の賑わいを見せている事。

 大きくわけて以上の事をアイリスから聞くことが出来た。

「──そうか。大迷宮クレバスは完全攻略されて、マネギル達が表彰されたと……」

「はい……あの牛頭人はファイクさんが倒したと言うのに、それをあの男達は……!!」

 俺の手柄を奪ったマネギル達が許せないのかアイリスは恨めしそうに呟く。

 まあそれに関しては別に特に何も怒るなどの感情は無い。寧ろ好都合だ。何を思ってあの現場を見ていたベレー帽の記者が俺の話をしなかったのは分からないが、この結果に不満はない。

 それよりも──

「一緒に帰ってきたアイリスは表彰されなかったのか? 話の流れ的にアイリスも一緒にマネギル達と勲章を貰いそうな流れだけど」

「はい。私は貰っていません。さっきも言いましたが今回の大迷宮の完全攻略は全て『獰猛なる牙』がしたことになっていますので、私は無関係です」

「ふむ……」

 アイリスの説明を聞いて納得する。

「アイリスは勲章貰いたかった?」

 説明をする間終始不満そうだったアイリスに何となく聞いてみる。

「ファイクさんと一緒に貰うならいざ知らず。一人で貰いたいとは思いません」

「そっか……」

 俺の質問にアイリスは腕をさらに強く抱いて答える。これは愚問だったらしい。

「……いい雰囲気なところ悪いんだけど聞いてもいい?」

 俺たちが話している間に頼んだのかルルカはパスタをフォークで巻取りながら聞いてくる。因みにチャーロットはグラタンを注文している。美味そう。

「なんだ?」

 恐らく歳上なのだろうが敬語を使う気にならずタメ口で答える。

「そもそも一年間も迷宮の何処にいて何をしてたのサ? 同じ迷宮の中に転移させられたんならもっと早く上に戻ってこれたんじゃないノ?」

 しれっと昼飯を注文しながらも俺たちの会話はしっかりと聞いていたようで、鋭い質問をルルカはしてくる。
 まあ、普通はそう思うよな。

「そうだな。ここまで話しておいてなんだがそれはお答えしかねるな。因みにここで聞いた俺たちの話も他言無用で頼む」

「はっ! 随分と都合のいい話だな。俺たちがお前の頼みを聞くとでも?」

 俺の返答に今度は今まで静かにグラタンを貪っていたチャーロットが挑発的に返す。

 まあそうだわな。
 コイツらに今ここで聞いたことを黙っておく義理なんてモノはない。もう少し場所を選んでアイリスに話を聞くべきだったと反省だ。

「確かに、お前たち二人がここで聞いた色々と面白い話を他で話さない理由はないよな。じゃあこう言えばいいか? "死にたくないなら黙ってろ"って」

 少し声に魔力を込めて脅してみる。『魔力耐性』の皆無な今の現代人には軽く魔力を込めた言葉だけで威圧感と圧迫感を感じさせることが出来る。
 これはリイヴに教えて貰った『知識』の一つだ。

「「ッ!!」」

「頼んでるんじゃなくてこれは命令だ。まあお前たちの為でもあるか。とにかくここで聞いた事は軽率に他で話さない方がいいぞ」

 面白いぐらい威圧に掛かる男女二人に俺は付け加えて言い放つ。

「さて。それじゃあ俺はそろそろお暇させてもらうかな。まだ帰ってきたことを知らせなくちゃならない人がいるし」

 何も答えず黙っている男女二人組に一瞥して俺は立ち上がる。

 大体の事情は知れた。
 もう少しここで談笑を楽しんでもいいと思ったが、そういう訳にもいかない。

「あー、アイリスも一旦ここでお別れだ」

「え……どうしてですか?」

 未だ腕を抱いて一緒に立ち上がるアイリスは困惑した表情を見せる。

 話だけ聞いてはいさよならというクズ男ムーブは本当のところしたくはないのだが、今回は仕方ない。

 色々とアイリスには話さなければならないことがあるのだが、その線引きがまだ俺の中で出来ていない。全てを話して彼女を巻き込むか、最低限話せる内容だけ話して彼女を巻き込まないのか。その覚悟が出来ていない。少し一人で考える時間が欲しいのだ。

 だから今日のところはアイリスとは一旦別行動を取りたい。

「色々と話したい事があるけど俺も戻ってきたばかりで疲れてるんだ。今日のところは宿に戻って休もうと思ってさ」

「それでは私も一緒に……」

「いや。折角友達ができたんだ。アイリスはここで彼らと昼食を楽しんでよ」

「ですが……」

 どうしても引きさがろうしないアイリスに俺はどうしたものかと悩む。

 まあ俺ももう少しアイリスと一緒に居たいのが本心なんだが、こればかりは彼女のいない所でフラットに考えたい。

「大丈夫。俺はもう居なくならない。そうだな、明日の10時頃に探協の酒場で待ち合わせしよう。そこで大事な話がある」

 何が何でも離れようとしないアイリスにそう言って俺は彼女の頭を優しく撫でる。

「あっ…………はい。分かりました……」

 それで納得してくれたのかアイリスは顔を真っ赤しにして小さく頷くと俺の腕を解放する。

「うん。ありがとう。それじゃあまた明日なアイリス」

「はい」

 最後にもう一度彼女の頭を撫でて俺は全員分の代金をテーブルに置いて喫茶店を出る。

 "だいぶキザなやり方だな"

「……うるせえ。自分でも似合わないのは分かってんだよ」

 スカーの揶揄う声がして一気に顔が赤くなる。

 アイリスを納得させるためとは言え慣れないことなんかするもんじゃない。
 滅茶苦茶アイリスの頭撫でるの緊張した……。

 精神的疲労を抱えながらも俺は次なる目的地へ向けて歩みを進める。
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