20 / 36
2部
2-1 嗤う女
しおりを挟む
古びたアパートの一室。畳の上には裾のほつれたラグが敷かれ、その上には脚を折りたたむテーブルが置かれている。
使い古され、傷だらけの天板にはマグカップが二つあり、中身は冷え切ったインスタントコーヒー。カーテンの隙間からは日光が差しているが、照明をつけない室内は、仄暗い。
室内には、女と男が一人ずつ、立っている。女はくたびれたスウェット姿で、腰まである長い髪は洗いたてなのか、濡れている。一方男は、金髪に太いネックレス、さらに光沢のある派手な色のジャケットで非常に目立つ格好だ。
壁に立てかけてある姿見に写った女の赤い唇が、グロテスクに歪められている。
「あなたの赤ちゃんよ。少しだけでも、抱いてあげて」
男は戸惑いつつも、女から強引に押し付けられたモノをかろうじて抱き止める。
ぐるぐると布に巻かれたモノは、確かに重みはあるものの、冷たい。はたして生きているのだろうかと思うぐらいに、動かない。
考えているうちに、腕の中のモノが徐々に重みを増してきたので、男は焦る。
「俺の!? いや、なんか、変じゃね? コレ」
女は、右の口角をわずかに上げる。
「変? 変って、どう変?」
「いや、だってさ……赤ちゃんなら、動いたりとか」
女はスンっと無表情になってから、放った。
「だって、死んじゃったんだもん」
「ひ!」
モノを抱いたまま、男はどしん! と床に尻もちをつく。建て付けの悪い古いアパートだからか、部屋全体が揺れた。今にも抜けそうなぐらいに、男の下の床板がめりめりと鳴っている。
尻もちのせいではない。腕の中のモノのせいかもしれない。なぜなら、男の腕が見て分かるくらいにぶるぶる震えている。明らかに、許容を超えた重さのものを、必死に抱えている。
「なん、なんだよ」
男は、必死にモノから手を離そうとするが、離れないようだ。
振ろうとしても、肩から先が、全く言うことを聞かない様子である。
女は男を見下ろし、愉快げに言った。
「ね。死んじゃって嬉しい? 嬉しいよね。いらないって言ってたもんね」
「ひい!」
どんどん重くなっているのか、男の腕が自分の足にめり込んでいく。
「なん、なんだよ、これぇ……」
必死にもがく男の顔を、立ったままの女は、ゆっくりと覗き込む。
濡れた髪からボタボタと雫が滴り落ちてきて、男は顔を歪める。動揺して流れ出た涙と鼻水と、女から落ちてくる雫が混ざって、男の顔はぐしゃぐしゃになった。
「あなたも、食べられてしまえ」
ニタアと嗤う女は、冷たい声で、そう言った――
使い古され、傷だらけの天板にはマグカップが二つあり、中身は冷え切ったインスタントコーヒー。カーテンの隙間からは日光が差しているが、照明をつけない室内は、仄暗い。
室内には、女と男が一人ずつ、立っている。女はくたびれたスウェット姿で、腰まである長い髪は洗いたてなのか、濡れている。一方男は、金髪に太いネックレス、さらに光沢のある派手な色のジャケットで非常に目立つ格好だ。
壁に立てかけてある姿見に写った女の赤い唇が、グロテスクに歪められている。
「あなたの赤ちゃんよ。少しだけでも、抱いてあげて」
男は戸惑いつつも、女から強引に押し付けられたモノをかろうじて抱き止める。
ぐるぐると布に巻かれたモノは、確かに重みはあるものの、冷たい。はたして生きているのだろうかと思うぐらいに、動かない。
考えているうちに、腕の中のモノが徐々に重みを増してきたので、男は焦る。
「俺の!? いや、なんか、変じゃね? コレ」
女は、右の口角をわずかに上げる。
「変? 変って、どう変?」
「いや、だってさ……赤ちゃんなら、動いたりとか」
女はスンっと無表情になってから、放った。
「だって、死んじゃったんだもん」
「ひ!」
モノを抱いたまま、男はどしん! と床に尻もちをつく。建て付けの悪い古いアパートだからか、部屋全体が揺れた。今にも抜けそうなぐらいに、男の下の床板がめりめりと鳴っている。
尻もちのせいではない。腕の中のモノのせいかもしれない。なぜなら、男の腕が見て分かるくらいにぶるぶる震えている。明らかに、許容を超えた重さのものを、必死に抱えている。
「なん、なんだよ」
男は、必死にモノから手を離そうとするが、離れないようだ。
振ろうとしても、肩から先が、全く言うことを聞かない様子である。
女は男を見下ろし、愉快げに言った。
「ね。死んじゃって嬉しい? 嬉しいよね。いらないって言ってたもんね」
「ひい!」
どんどん重くなっているのか、男の腕が自分の足にめり込んでいく。
「なん、なんだよ、これぇ……」
必死にもがく男の顔を、立ったままの女は、ゆっくりと覗き込む。
濡れた髪からボタボタと雫が滴り落ちてきて、男は顔を歪める。動揺して流れ出た涙と鼻水と、女から落ちてくる雫が混ざって、男の顔はぐしゃぐしゃになった。
「あなたも、食べられてしまえ」
ニタアと嗤う女は、冷たい声で、そう言った――
28
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。