ガラス越しの宝石

尾高 太陽

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噛み合わない会話

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 赤の他人に名前を教えてもいいものかと迷ったが、助けてもらったと言うこともあり、正直に名前を言った。
「多神 鏡君、、、珍しい名前だね。」
(玄武、、、)
 その言葉に『玄武と朱雀と言う姓名共に珍しい朱雀に言われたくはない』と言いたかったが、他人と違う事が好きな鏡にとって〈珍しい〉という言葉は嫌では無く、会話を続けた。
「じゃあ玄武、さん」
「朱雀でいいよ?」
 その当たり前のように返ってきた返事に、鏡は固まった。

 学校に通っていた頃。
 女というものとの関わりは、女性の教師やプリントを回す時の些細なやりとりしかしてこなかった鏡に、女子を名前呼びするという事はかなり高いハードルだった。
「いや、ちょっとそのー、はい。」
(無理です。)
 うろたえる鏡を見て朱雀は小さく笑う。
「分かった、今は玄武でいいよ。私は勝手に鏡君って呼ぶけど、ね。」
 その可愛らしい笑顔を見た瞬間、鏡の心臓がドキッと脈を打った気がした。
「!?」
 鏡は初めての不整脈に、驚きで胸を押さえていると、朱雀が心配そうに身を乗り出す。
「どうしたの?どこか怪我でもしてた!?」
 鏡は服の隙間から直接胸部を見るが、傷などは無く、あるのは自分でも嫌になる程の貧弱な胸板だった。
「大丈夫です。ところで怪我で思い出したんですけど、鼻を怪我してませんでした?僕。」
 朱雀は首を傾げる。
「鼻?私が見つけた時には怪我なんてしてなかったけど。」
「そうですか、、、」

 (それにしてもよく助かったな、僕。)
 谷から落ちたにも関わらず、無傷で助かった事に感心していた。
 しかし、様々な助かり方を考えたが、答えが出ることはなく。
 怪我もない様子から、鏡の中にただの夢だったのではないかと言う考えが現れた。
「その、僕を見つけた時ってどんな感じでした?」
 朱雀は鏡の質問攻めにもなれたのか、質問に戸惑う事なく答える。
「どんな感じ、ってただ目の前に転がってるっていう感じだったかな、、、」
 鏡は谷底に倒れている自分を見つける朱雀を想像していた。
 しかし、何故そこに朱雀がいるのか、それが違和感でしかなかった。
「あとすいません、疑ってるとかじゃ無いんですけど、なんで玄武さんは谷底に?」
「え?」
 朱雀の顔は『何を言っているのかわからない』そう言っていた。
「いや、谷に落ちた僕をどうやって見つけたのかな?って。」
 すると朱雀は突然大声で笑い始めた。
「何?鏡君は谷に落ちたって?無い無い、夢でも見てたんじゃ無いの?」
 少し嫌味が混じったような言い方に鏡は考える事なく声を上げる。
「いやでも!」
 朱雀は少し食い気味に鏡の言葉を遮ると、落ち着いた様子で続ける。
「だってそこの谷、天然ガスが漏れてて落ちたら終わり。
高温高湿度の中で呼吸もできずにすぐ死んじゃうよ。」
「え!?」
(、、、じゃあ本当に全部、夢?)

 あの景色、あの恐怖、全てが夢だったのだろうか。
 もしそうならば自分は何故、どうやってここに来たのか、そんな疑問ばかりが頭の中に増えていった。
「じゃあ玄武さんはどこで僕を?」
 朱雀は鏡の座っているソファーから見て右側の扉を指差した。
「そこ、扉の外にに倒れてたの。まるで〈魔法〉みたいに。」
 〈魔法〉と言う言葉にまず疑問を抱いたが、まずはさっき確認出来なかった情報の確認を優先する。
「ちなみにここって谷の内側の家ですよね?」
「そうだけど?」
(やっぱり、、、これで「谷?谷って何?」ぐらい言ってくれれば辻褄は合わせられるんだけど。)
 橋の無い谷をどうやって渡っているのか、食事はどうしているのか、そんな疑問は後回しにした。
 今は何故自分が生きて、谷の内側にいるのか。
 そして一番の疑問に的を絞る。
「〈魔法〉、と言うのは?」
 朱雀は紅茶を一口飲むとティーカップを片手に話し始めた。
「えーと、どこから言ったらいいのかな、、、。
私がここで一休みしてたら、外から叫び声みたいなのが聞こえたの。急いで外に出て谷を覗いたけど、あるのは反対側のえぐれだ地面だけ。もし下で〈人が〉奇跡的に生き残っていた場合のためにロープを取りに戻って、外にでたら。」
「僕がいた。」
 朱雀は頷く。
 魔法と言う言葉を先に聞いていたおかげで、朱雀が何を言おうとしたのかはすぐに分かった。

 谷の外から見た限りでは谷からこの家までの距離は20mほど。
 もちろん鏡に20mほど歩いた記憶はもちろん、谷を越えた記憶も無く。
 鏡の最後の記憶は、ただ綺麗だとしか言えないあの。
「赤、、、そうだ!」
 朱雀はその大声に驚いた顔で鏡を見ていた。
「底!と言うかは谷の壁?岩肌?が光ってた!まるで星みたいに!そうだ!まるで玄武さんの髪みたいに綺麗な〈赤色〉に!」
 鏡が朱雀の髪を見た事があると思っていた理由を思い出し喜んでいると、朱雀は驚いた顔で強く机に手をついた。
「なんでそれを!それよりもどうやって!!」
 鏡は朱雀の驚き様が気にならないほどに、自分が正しかった事が嬉しかった。
「だから僕は谷に落ちたんですって!やっぱりそうだ!僕は夢を見てたんじゃなかった!」
 朱雀は全身の力が抜けたように座りこむ。そして、その呆けたような顔は、笑顔を浮かべていた。
「見つけた、やっと、〈鍵〉を。」
 鏡はその言葉の意味を理解できなかったが、ふと我に返って自分のはしゃぎ様に後悔しソファーにそっと座った。


 しばらくの間、朱雀はブツブツと呟きながら、何かを考えている様だった。

「多神 鏡君、、、君に見て欲しいものがあるの。」
 唐突に発せられたその言葉に、鏡は首を傾げた。
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