ガラス越しの宝石

尾高 太陽

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必要性

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「見て欲しい物?」
「そう、でも鏡君に強制はしない。ただその場合は今鏡君のかけている眼鏡、それを譲って欲しいの。」
 鏡はつるの部分を持って、眼鏡を少し浮かせた。
「眼鏡?」
 朱雀は身を乗り出すと、机を挟んで反対側にいる鏡の眼鏡をコンコンと叩く。
「鏡君の眼鏡は君が思っている以上の価値がある、かもしれない。
もちろん、こちらの望む結果が出なければ君に返すし、帰り道が分からないのなら、朝になれば道まで送るよ?」
(こちら?、望む結果?)
 その言葉は、鏡の感じている違和感と疑問を増やすばかりで、何をすれば正解なのか、その答えを導き出すには程遠い物だった。
「もし見て欲しい物、を見た場合は?」
「それはその時までは言わない、口止めされているからね。ただ1つ言っておくと、私達の望む結果は、君がそれを見たうえで君の必要性の有無が判断され、必要性有りと判断されればその上で君が私達に協力する事。」
(私達って言うことは、玄武さんの他にも誰かいるのか。それに望む結果?、いやそれよりも協力?)
 鏡の頭の中は答えの出ない疑問と質問ばかりだった。
 長々と話された言葉を、鏡は一字一句違わず思い出し、その中の〈違和感〉と〈疑問〉を探しだす。
 そして、鏡は朱雀が言葉を濁している部分がある事に、鏡は気が付いた。
「、、、もし無しと判断されれば?いえ、例え有りと判断された上で、その協力に僕の意思はあるんですか?」

 〈私達〉や〈口止め〉〈判断され〉と言う言葉は、朱雀の他に誰ががいる事を物語っていた。
 〈判断され〉という言葉は朱雀には決定権がなく、朱雀よりも高位の存在がいる事。
 そしてそのような序列のある組織、団体はバランスが良く、強く大きい可能性がある事。
 鏡は少ないヒントを使って、様々な考え方で朱雀の〈後ろ〉を予測していた。

「、、、わざと難しく話したつもりなんだけど、、、よく覚えてたね。
そう、もし無しと判断されれば君は元の生活には戻れない、、、かもしれない。」

 冗談めいた笑顔を浮かべた朱雀。しかしその目は、どこか遠く、何か別の物を見ているようだった。

 鏡は突然発せられた漫画のような言葉を聞いて、飛び出できそうな動揺や不安を押し込む。
「有りと判断されれば?」
「その時は君に協力して貰う。」
 鏡自身の意思、それは聞くまでもなく。
「断れば?」
「それもまた、元の生活に戻れない、、、」
「かも、ですか。」
 朱雀はまた、何か違う物を見た笑みを浮かべた。

(ダメだ、駒が少なすぎる、、、)
 鏡がどうにかしてヒントを引き出せないかと考えていた時、鏡はふと我に返った。
(あれ?何してるんだっけ?)
 正直、少しの意地だけで、謎解きゲームの心理戦のように楽しんでいた言い合いも、いつの間にか今後の生活を賭けるようなおおごとになり、この賭けから〈降りる〉のが先決だと気が付いた。

 鏡はダメだと分かりながらも、一応鏡にとって一番楽、かつ喜ばしい選択肢を口に出す。
「あのー、眼鏡も渡さずに帰り道を教えて貰う、と言う選択肢はないですかね?その眼鏡、死んだおじいちゃんの形見で、手放したく無いと言うか、、、」
 それは嘘だった、形見だから手放したくないのでは無く、祖母に怒られるのが嫌だから手放したくなかった。
 しかし、正直に言うにもいかず、鏡の得意技の〈方便〉を使う。
「んー、それは難しいかな、それだと私達の計画が狂っちゃうから。」
 いつの間にか〈計画〉と言うものにも加担していた事を知り、鏡は不安と恐怖でさらに逃げたいと言う気持ちが増えていく。
 もう眼鏡を渡そう、祖母には熊から逃げる途中に無くしたと言う、そう心に決めた時だった。
「それにもしおじいちゃん形見なら、その形見の秘密、もしくは君の中に眠っている秘密を知りたくは無い?」
 〈秘密〉その言葉は、探究心の強い鏡には見過ごせない言葉だった。
 本来なら、そんな探究心は今すぐ捨てて、朱雀〈達〉との関わりを切るべきだが、完璧主義者の鏡はその秘密を知りたくて仕方がなかった。
「秘密と言うのは?」
「秘密は秘密だよ、本人も気づいていない、本来なら気づかない秘密。鏡君、そう言うのを知りたいタイプでしょ?」
 何もかもが当たっていた。そして、それを見透かされているような朱雀の笑みは、鏡の闘争心をくすぐるものだった。
「玄武さん、、、僕の考えを聞いて貰っていいですか?」
「考え?」
「玄武さんは多分この眼鏡を探していたんですよね?
でも、この眼鏡自体が目的ではなく、この眼鏡の秘密、それが玄武さんの求める、いや玄武さん〈達〉の求める物。そして谷の底で見た光る壁、あれが〈秘密〉に1番近い何か、、、いや、あれが秘密その物だったりし、て、、、」
(、、、あ)

 鏡は、思わず朱雀の推理に張り合って全てを言ってしまった。
 もし今の考えが当たっていたとして、朱雀側から考えればそこまで言い当てた人を、それこそ元の生活に戻そうとはしない。
(もうこのまで来たら行けるところまで行ってやる!)
 後悔とともに、鏡はやけになっていた。

 鏡はわざと嫌味な笑顔を朱雀に向けると、驚いた顔をしていた朱雀も、何かを〈読んだ〉のか不敵な笑みを浮かべた。
「鏡君、君はきっと必要性有りだね。まぁ、2つの事を確認する事を除けば、きっと協力の選択肢になると思う。」
(2つの事?)
「、じゃあ玄武さん、もし僕が協力する事になった場合、途中からでも今の日常生活に戻れるんですか?」
 あえて〈2つの事〉には触れず、溜まった疑問を先に解消していく。

 すると朱雀は眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
「んー、戻れない事も無いけど、
、、ちょっと面倒かも。もし協力することになって、何処かに、、、例えば鏡君の家とかに何か物を取りに行く時とかでも監視が付くと思うし、、、」
 それは鏡の今後の生活に、大きな足かせが付く事だと告げていた。
「じゃあ、今僕が何らかの方法で谷を越えて逃げた場合は?」
 朱雀はもう湯気の出ない紅茶を注ぐと、さっきまでは入れていなかったミルクと砂糖を入れた。
「んー、多分越えられないと思うけど、、、それにもし超えられたとして、今は逃げれても明日には捕まると思うよ、、、うん、ありとあらゆる手を使ってでも捕まえる。」
 そこで鏡の思考は停止した、これ以上は考えても新たな解決策が無いと理解した。
 今1番可能性があるのは谷を越えて逃げる事、この森の中なら捕まりにくく、木の生えていない家の周りなら北斗七星が見え、方角が分かる、、、問題はどうやって谷を越えるか、そしてその後のことだった。
(明日の事は明日考えよう。)
 とにかく今は、今の事を考える事にした。
 どうすれば谷を越えられるのか、それは考えればすぐに答えが出ることだった。

「なら、逃げるのは無駄って事ですか、、、あっ、すいません僕もミルクで貰えますか?」
 朱雀はティーポットを持つと、軽く振った。
「もう無いみたい、今作って来るから待ってて。」
 そう言うと台所に行き、鏡に背を向けて紅茶を作り始める。
 その行動は、朱雀の思考能力が低い事を表していた。
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