ガラス越しの宝石

尾高 太陽

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赤い岩

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 階段を降りた先には扉があり、朱雀が通ったまま開かれていた。
 鏡は顔だけで扉の向こうを覗くと、そこは直径20mほどの巨大な地下空洞になっており、地下特有の涼しさと静けさがあった。
 しかし、どこにも朱雀の姿はない。
 扉を通ると鉄柵があり、下を覗くと100数十メートルの深さがあった。
 底では何かが赤く輝き、コツコツという響いた足音が聞こえている。
「玄武さーん!いますかー?」
 声はトンネルように反響し、少しすると下からやまびこのように反響した返事が帰ってきた。
「いるよー!」
 その声は、鏡を心の底から安心させた。
 鏡はいつの間にか乱れていた息を整えると、一定の間隔で立てられたロウソクの灯りを頼りに、壁沿いの螺旋階段を下りていった。


「はぁ、はぁ、はっ!あぁ、はぁ。」
「疲れすぎじゃない?」
 長い螺旋階段を下り、底に着く頃には、整えたはずの息も乱れ、周りを見る余裕もなかった。
「そん、な事言われ、ても、、、玄武さんが速すぎるんですよ!」
「そうかな?」
 朱雀は涼しそうな顔で首を傾げた。
「そう、ですよ、、、。」
 鏡は階段に座ると唾を飲み込む。
「落ち着いた?」
「ええ、全身痛いですけど。」
 鏡は揉んだり叩いたりして、ふくらはぎと太ももをほぐしながら会話を続ける。
「そんなに!?」
 鏡は森の中を走り回ったり、目を覚ましてすぐに今後の生活を賭けた心理戦をしたりして、疲労がたまっていた。
「そりゃっ、、、」
(あれ?熊の事って話したっけ?)
 鏡はここに来るまでの体験を思い出し、当たり前だと言いたかったが、その事を朱雀に話してはいなかった。
「そうだ!熊!熊の事を話してませんよね!!」
 朱雀は傾げながらも首を縦に振った。
「僕がここに来る前!!、、、前にですね、熊と会ったんですよ。」
「熊、ってあの熊!?」
 朱雀は驚きながらも、信じ切れない様子だった。
「あの熊です、ツキノワグマじゃない方の熊の。」
「それはちょっと分かんない、、、それで?どうしたの!?」
「逃げましたよ!もう一心不乱に!、、、でですね、逃げてる途中で転けたんです。」
「転けた?」
 鏡は次に話す事を考えて、苦笑いを浮かべる。
「えー、信じて貰えないと思いますけど。その、死んだんですよ。」
「鏡君が?」
「じゃあ今ここにいる僕は何なんですか!熊がですよ、、、真っ二つに切れて。」
「、えっ!?」
 鏡は小さくため息を吐き、信じて貰えないと思いながらも口を開く。
「体が真っ二つに切れてたんです、、、正しくは、転けて立ち上がったら、胴から後ろが綺麗に消えて無くなった熊が死んでいた、ですけど。」
 朱雀と鏡は苦笑いを浮かべ合い。
「えーと、冗談を言う空気じゃ、ないよね。」
(まぁ、そりゃそうなるか、、、)
 鏡は呆れたようにため息を吐く。
「だから信じて貰えないって思ってたんですよ。」
「まあ、嘘じゃ無いとは思うけど、信じ切れはしないかな、、、」
「ですよね、、、この話は忘れてください。」
 朱雀は申し訳なさそうに笑うと、真面目な表情に切り替わった。
「さて、本題にうつるけど。〈アレ〉見える?」
 朱雀は中央にある2mほどの高さの、赤く光る岩を指差した。
「アレ、ってあの赤い岩ですよね?、、、?」
(、笑った?)
 朱雀が小さく笑った事を尻目に感じていると、朱雀が鏡の肩に手を置いた。
「じゃあ眼鏡を外してみて?」
「眼鏡、ですか?」
 鏡は〈地上〉での朱雀とのやり取りを思い出したが、上に化け物がいる限り、ここから出られないのは2人とも同じだと考え、眼鏡を外した。
「鏡君、さっきの岩は見える?」
 鏡はボヤける世界に目を細める。
 すると、鏡の視界からは赤色が消えていた。
「あれ?」
 いくら視力が悪くても、あれほど目立つ赤なら見失うはずはなく。
 方向を間違えたのかと思い周りを見渡すと、あの岩の赤を見つけた。
 鏡は何も考えずに手を伸ばすと、それは岩とはかけ離れた感触で。
「あ、」
「鏡君、それは、、、」
 鏡はそっと眼鏡をかけて、信じたくない事実を確認する。
 伸ばした右手は朱雀の髪を掴んでいた。
「ご、ごめんなさい!!」
(また!なんで僕はこんなにラッキ、、、ダメなんだ!)
「まあ髪はいいけど、、、じゃあ岩の近くに行ってみようか。」
 2人は岩に近づくと朱雀は岩にもたれかかるように立ち、鏡もまた左手で岩に触れた。
「、眼鏡を外して。」
 言われた通り眼鏡を外す。
 すると、手の体重をかけていた対象が突然消え、前かがみによろけた。
「え!?」
 ぼやける世界で何が起こったのか分からず、数歩前によろけた場所で眼鏡をかけ。
「なんですわぁぁぁぁぁ!!!」
 その瞬間、磁石の同じ極を近づけた時のような反発とよく似た感覚に襲われた。
 しかし、それは指先で感じるような小さな反発ではなく。全身、体の隅から隅までの全ての細胞で反発を感じ、後ろに吹き飛ばされた。
 そして腰から地面に落ちると、硬いレンガをゴロゴロと転がり、壁にぶつかる。
「がっ!」
「大丈夫!?」
 心配そうな朱雀の声はさっきよりも遠く。
「え、え!?」
 声の方を見ると、朱雀は10メートルほど先に見えていた。
 しかし、それだけ飛ばされたにも関わらず、痛みは着地時の時の物だけだった。
「こんなに、飛ばされた、、、?」
 驚きで放心していると、朱雀が駆け寄ってくる。
「先に言っておけ、ないか。鏡君!中で眼鏡をかけたでしょ!」
「え?はい、」
 朱雀はホッと安心感の滲み出るため息を吐いた。
「やっぱり、、、でもまあ、仮設2の方で良かった。」
(仮説?)
 朱雀は鏡の手を引き、鏡を立たせると、もう一度岩に近づいて行った。
「えーとね、まず先に言っておくと、あれがさっき言った〈見て欲しい物〉何だけ、ど、、、」
 すると鏡は驚く事もなく大きく長いため息を吐く。
「何となく気づいてましたよ、隠し階段の時点で、、、。
ちなみに僕が谷の底で見た光る壁もあの岩と同じですよね。」
 朱雀は、微笑みながら頷く。
「だから、僕があれを見た事を玄武さんが知った時点で僕を返す気は無かった、、、。」
「正解!」
 そう言うと朱雀は満面の笑みを浮かべた。
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