静かな夜をさがして

左衛木りん

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第5章 相思

心ひらいて

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久遠が放つ光はあたかも地上に墜ちてきた星のように輝かしく、晴れ渡る真昼のように明るく、夜闇に沈む渓谷一帯を照らし出す。

その光を誰よりも至近距離からまともに浴びた明夜は猛烈に苦しみもがいた。

「…ま、まぶしい…!!何だ、この光は…!!」

「…久遠…!!」

いったい何が起こっているのか。瞬と耶宵、そして明夜が油断した隙にその足の下から抜け出した静夜は驚愕の表情で見つめる。そこにやっと曜が駆けつけてきて驚き立ちすくんだ。

久遠が目の前であまりにも強い光を発し続けるため明夜はこれ以上摑んでいられなくなり、とうとう手を離した。彼を受け止めねばと静夜が激痛も忘れてとっさに飛び出したものの、落ちてきたのは迦楼羅だけだったので一同は我が目を疑った。久遠は宙空のどこか一点を大きな瞳で虚ろに見つめ、自ら光り輝きながら、明夜が手を離したそのままの場所に浮いて留まっていた。原礎とも人間とも異なる、天からの使いが舞い降りたかのように。

「ぐおおおお…!!熱い、まぶしい…痛い…!!嫌だ、やめろおお…!!」

久遠の放つ謎の光は静夜たちには何ら悪影響を及ぼさないが、明夜にだけはひどい苦痛らしい。不自然な方法で彼が体内に取り込んだ煌気が暴れているのだ。彼がもがけばもがくほどその肉体も抜け出ようとする煌気に輝き始め、のけぞって痙攣し、吸い出された煌気はやがてドンという衝撃を発して見渡す限りの暗黒の世界に瞬間的に光の波紋を広げた。

瞬と曜はその波紋が煌源のある胸を通り抜けたとき身体が温かく満たされるのを感じた。

(…!!)

解放され四方八方に撒き散らされた煌気は大地の触れたところに宿る礎に還っていった。同時に明夜の巨体はみるみるうちに縮んで人の形に戻っていった。宙に浮いて輝いていた久遠もまるで役割を終えたかのように急激に輝きを失い、宙からそのまま地面に落下した。静夜は反射的に走り寄って落ちてきた久遠をしっかりと受け止めた。

「久遠…!」

静夜の腕の中で久遠は薄く目を開ける。だが消耗しきっているのか、無表情の上に声もない。

曜は隣にいる瞬にささやきかけた。

「…瞬様、感じましたか?…さっきの」

「もちろん。…僕もこんなのは初めてだ」

呆然と答える瞬に静夜が呼びかけた。

「瞬様、久遠をお願いします」

「わかった」

瞬の腕に久遠を委ねると静夜はすぐさま迦楼羅を摑んで鞘から抜いた。振るうのはいつ以来だろうか。ずいぶん久しい気がしたが、身体の感覚は問題なく憶えている。

地面に大の字になって横たわる明夜の脇に立つ。最期の最期、彼はげっそりと痩せこけて落ちぶれた人間の姿に戻っていた。

「…静夜、おまえ…自分を育てた父親を殺すのか…」

静夜は迦楼羅の切先をその胸に突きつけ、あらゆる感情を排した声と目で答えた。

「…ああ、殺すさ。俺から自由を奪ったあなたと…まだあなたに憐れみを覚える愚かな俺を」

そして迦楼羅は簡単に明夜の命を奪った。迦楼羅と静夜の力に魅了されて多くの死をもたらした男の、これが末期だった。

どす黒い血の付着した迦楼羅を拭い鞘に収めた静夜は瞬に寄りかかってうずくまっている久遠のもとに戻った。

「もう大丈夫だ、久遠…」

「…静夜…」

瞬の腕から静夜の腕にそっと移されると、久遠はその肩口に頬を埋めた。そのままぎゅっと、強く、柔らかく、抱きしめられる。

「君が勇気と優しい心の持ち主だということは認める…だがひとりで無茶だけはするな…絶対に」

「…うん」

「帰ろう、大森林に…君の故郷に」

「…うん…」

恋い焦がれたぬくもりと匂いに、久遠は安心してまぶたを下ろした。



次に気がついたとき、久遠は白い部屋の清潔なベッドの上に寝かされていた。

「…?」

ぱちぱちと数回瞬きをし、それからふーっと息を吐くと、側にいた人が顔を覗き込んできた。

「気がついたか、久遠」

「姉さん…」

自分と瓜二つの永遠の顔に安堵の色が広がった。

「ここは?」

「妖精の臥所だ。おまえ、二週間近く眠ってたんだぞ。外傷はないようだが、気分はどうだ?」

「気分はいいみたい。大丈夫…けど、僕…いったい…」

確かにそこは以前永遠が入院していた特別室だった。昼の明るい光に満たされて穏やかな空気と時間が流れている。永遠の手を借りてゆっくり上体を起こしたとき久遠ははっと我に返った。

「そうだ、僕たちあの後どうなったんだ!?…それに、静夜は!?静夜は無事なのか!?」

血相を変えて身を乗り出す久遠を、永遠は最初から彼がそう反応すると予測していたかのようにおもむろに手をかざして制した。

「順を追ってちゃんと話してやるから、まあ落ち着け。まず、静夜は無事だ。他の者も全員、迦楼羅もな」

「よ、よかった…それで、静夜は今どこ?」

久遠は静夜から投げかけられたいくつかの印象深い言葉を少しずつ思い出し、今度は胸を高鳴らせながら彼の名前を小さく口にする。

「残念だが静夜は今ここにはいない。煌狩りの拠点を解放するための遠征中だ」

「遠征?」

永遠は立ち上がって枕許に置いてあった煌礎水をコップに注ぎながら説明する。

「首領の明夜は死に、おまえが囚われてた瑪瑙の窟は解放されて原礎の管理下に入った。一連の初動任務を一段落させた静夜たちが大森林に戻り、おまえが眠ってる間に多くの話し合いがなされて…詳しくはまた後で話してやるが…その結果、煌狩りの拠点や施設を解放する作戦が開始された。すでに一箇所の工房を解放し同胞たちを救出してる」

久遠は久しぶりに飲む煌礎水で喉を潤しながら目をまんまるくした。

「そんな大変なことになってたのに、僕その間ずっと眠ってたの?」

「ああ」

久遠はがくっと肩を落とした。

「きっと葉変の術とかでまた煌気を使い果たしちゃったからだ…ほんと、とことんお荷物だなあ僕…でもどうして…っていうか僕、あの状況でどうやって助かったんだろう。かなり絶望的だったような気がするんだけど」

途端に永遠が瞳の奥をきらりと光らせ、顎をひねっている弟をじっと見た。

「…おまえ、憶えてないのか?」

「うん…あっ、記憶喪失とかじゃないけど…でも、多分あのとき瞬様がすごい技を使って…それから静夜がとどめを刺してくれたんじゃないかなって。…とにかく温かくてまぶしい光が一面に広がったのだけはうっすら憶えてる…」

「明夜にとどめを刺したのは確かに静夜だが、あの光は瞬様の力じゃないぞ。ご本人がそうおっしゃってる」

「えっ?じゃあ、あれはいったい…」

そのとき病室の扉が開き、年経りた奥深い声がかかった。

「“天地神煌てんちしんこう”だよ」

「!」

入ってきた背の高い二人の人物ーー宇内と彼方は永遠の横に並ぶと揃って久遠に微笑みかけた。宇内は喜ばしげに、一方彼方は感に堪えないといった表情で。

「天地…神煌…?」

久遠は初めて耳にするその名を呆然としておうむ返しにつぶやく。宇内がうなずいた。

「そうだ。天地神煌は永遠の森羅聖煌の数倍の力を持つ、千年に一度の並外れた特別な煌気。我が愛弟子よ、おまえはついに自分の真の力に目醒めたのだ」

「…ぼ、ぼ、僕が!?姉さんより強力な煌気を持ってるって!?そんな、まさか…!」

久遠の素っ頓狂な大声を彼方が優しく受け止める。

「私も最初報告を聞いたときは驚いたが、瞬様と曜の証言と、宇内様がお持ちの禁書にある記述を照らし合わせた結果、そうであると確認された」

「おまえは生まれながらに私など足許にも及ばない稀有な能力の持ち主だったんだよ。今までは時が満ちておらず眠ってただけだったんだ。そしてその天地神煌に突然覚醒したおまえが明夜の体内の煌気を強制的に除去し、星に還元し、浄化させたというわけだ」

「明夜の体内の…?煌気を除去…浄化…?」

ギルが犠牲になった煌気移植技術や、明夜がそれを自分に施していたことをまだ知らずに首を傾げる久遠に、それもまた後で教えてやる、と永遠が苦笑しながら言った。

宇内が天地神煌について解説した。

「天地神煌は十二礎のすべてを統べ、それ自体が極めて強力かつ膨大な煌気を発揮するが、それとは別に特殊な作用を及ぼす。宿主が望む範囲の原礎の煌源を掌握しその煌気の動きと方向性と性質を操ることができるのだ。だがそれゆえに森羅聖煌よりも遥かに高次元の理知性と経験と精神修養が求められる。もちろん完全に制御できるまでに練達するには相当な修行と研鑽が必要だ」

「僕にそんなすごい力が…全然信じられない…」

久遠は自分の両掌をまじまじと見つめ、それから煌源のある胸許にそっと置いた。あのときのことを少しずつ思い出し始めた久遠には、きっと明夜に日月の指輪を侮蔑され壊されたことが殻を破る引き金になったに違いないとの理解が及んでいた。

(静夜…)

自分の指に残った片割れの指輪を無意識に触る久遠の耳の奥には、彼のあの声なき叫びが谺していた。

「我々代々の長老だけが読める禁書によると、歴代の数名の天地神煌の宿主は若い頃は微弱な力しかなく皆落ちこぼれの無能力者扱いだったそうだ。私もおまえにほとんど能力がないと気づいたとき、将来に不安を感じると同時にこの子はとてつもない才能を秘めている可能性があると考えた。ただおまえが驕り高ぶって修行を怠らないように黙って見守ることにした。もし本当におまえが天地神煌の宿主だったら、いつの日か目醒めたときにこれを理解して自己のものとし、最低限制御できるように、私が引き取り、育て、基礎を教えたのだ」

「…『僕はどれだけ頑張って修行しても上手になれないのに、どうして宇内様は僕にこんなに厳しくするの』と久遠は私によく泣きついてきましたが…そういうことだったのですね」

「か、彼兄、子供の頃のことは言わないで…!」

赤くなって大慌てする久遠に、和やかな笑い声が重なり合った。

「より大きな力はその者により多くを要求する。母を亡くし、優秀な姉にどんどん引き離され、泣きべそをかくおまえがどれほどいたいけでいじましくとも、将来への万一の備えのために私は心を鬼にした。その後礎主の瞬に引き継がせたときも、彼には何も伝えなかった。そして何も変化がないまま時は流れ、永遠が行方不明になり、静夜殿が現れ…おまえが旅に出たいと言い出したときは私もついに賭けをするときが来たと思った。おまえが本当にただの無能力者の可能性もあったからな」

もし静夜がいなければ久遠の人生の転機は訪れなかった。すべては運命に織り込まれ、つながっていたのだ。

「おまえは今生きる原礎の頂点に立つ至高の能力者だ。もう誰もおまえを役立たずだとか落ちこぼれだなどとは呼ばないだろう」

「…でも」

永遠は自分を一気に飛び越して成長した弟を誇るように彼の腕に手を置いたが、久遠自身は今となっては不安の方が大きかった。

「…僕、てっきり自分は一生翡翠の屋根で姉さんの帰りを待ちながら静かに暮らすんだって思ってたのに、いきなりこんなすごい力を手に入れちゃって…なんか何もかもが変わっちゃって…ほんとに僕にそんな力を持つ資格があるんでしょうか」

久遠の表情をじっと観察していた宇内は彼の言葉にうなずいた。

「技術や経験という点では確かに同年代に遅れを取っているし、本当の試練や修行はこれからだが、これまでのおまえの努力はしっかりと実を結んでいるようだ。エヴェリーネでのことは報告されている。久遠という少年が農夫たちに耕作に対する心構えや教えを熱心に説き、適切な助言を与えていたと。穂波の族や静夜くんも同じことを言っていた。おまえは星と人間を愛する立派な原礎だ。その気持ちは必ずやこれから天地神煌とともに生きるおまえの下支えとなるだろう」

思わぬ評価を受けた久遠は頬を染めながら目を見張る。

「それに恐れることも大切なことだよ。力とは責任を伴うものだからね。君が天地神煌を行使するとき、今のその気持ちを忘れず、常に心に留めておきなさい」

「彼兄…宇内様…わかりました。ありがとうございます」

彼方に優しく諭されてようやく久遠も微笑んだ。

その後少しだけ話をして宇内と彼方は琥珀の館に帰っていった。

静かな部屋で姉とまた二人きりになると久遠は躊躇いなく永遠の手を握り素直に謝った。

「姉さん、ごめんね…あのとき、ここで…本当はあんなこと言っちゃいけない、すぐに謝らなきゃってわかってたんだけど…僕、怖くて、自信が持てなくて、その上静夜まで盗られちゃった気がして…」

「私の方こそおまえの胸の内や二人の複雑な気持ちを考えずに自分の考えと重い負担を押しつけてしまった…そうした方が二人が和解するきっかけが生まれるんじゃないかと」

「姉さんのその気持ちはわかってたよ。でも僕、静夜には突っかかってばかりで…」

ともに苦笑いし、鏡のようにこつんと額と額を合わせた。

「今だからそう思うわけじゃない、旅の間も囚われてる間もずっと謝りたかった…もし僕に迦楼羅を破壊できて無事に帰ってこれたら一番に姉さんのところに行こうって思ってたんだけど…」

「…瞬様から話は聞いた。…おまえ、葉変の術と瑞葉の精髄を使って迦楼羅を破壊しようとしたんだろう?結果は…やはり…」

「…うん。だから僕…迦楼羅を…海まで…」

はっと気づくと目の前の小さな鼻が赤く染まり、その下の唇が細かく震えていた。

「馬鹿な真似は二度とするな…私が…どれだけ…!!」

普段は弱みも涙もけして見せない永遠の今にも泣きそうな声に、久遠の胸は痛いほど締めつけられた。

「…ごめん」

「…すまなかった」

「これでおあいこだね」

「この話はもうやめよう」

双子は泣き笑いのようにくしゃくしゃに相好を崩した。

そして二人は休憩や軽食を挟みながらたくさんのことを話した。久遠は疲れよりも知りたいことが多く、とても眠るどころではなかった。

「じゃあ、ダートンの事件は…ギルは明夜と黄泉の実験体にされ、怪物にされちゃってたんだね…」

「うん。他にも狂人に変えられた人間たちがあちこちを徘徊してるものと思われる。静夜はできることなら彼らも捜し出して助けたいと言ってるが、所在がわからない以上今は優先度を下げるしかないらしい」

静夜の意向はいかにも彼らしいと思えたが、現状ではそれが妥当な判断だろう。

「でも、秘密の実験室に囚われてた人間たちは助かったんだよね?」

「界が誰も入れないよう死守してくれたおかげで。その人間たちは今外の野営地で、ここの治療師たちが出張して看病に当たってる。ああ、野営地というのは大門の外の空き地に作られた元煌狩りの人間たちの、言ってみれば一時的な避難場所でな。最初は暁良が連れてきた静夜の部下たちから始まり、瑪瑙の窟から静夜についてきた者たち、それから次に解放された工房から逃げてきた者たちで目下拡大中だ。耶宵がそこで治療を手伝ってるから私も今は一緒にそこで寝起きしてる」

「姉さん退院したの?なら家に帰ればいいのに」

永遠は腕を組んでむすっとした。

「帰ってもおまえがいなければ私ひとりでは自炊できないことは知ってるだろうが。耶宵は料理も身の回りのことも得意だし、積もる話もあるからな」

「…ああ、まあ…」

永遠の生活能力の低さは折り紙つきなのだ。久遠は肩をすくめた。

「瑪瑙の窟はどうなったの?」

「静夜が指揮を取ってすべての鍵と扉が開かれ、曜と界、それに瞬様が待機させていた瑞葉の弟子たちが保全と調査に入った。団員たちは大部分が他の拠点に移るか、逃亡あるいは独立した。中には抵抗して拘束された者もいたが、彼らは瑪瑙の窟に留置され、特に争いや混乱もなく穏当に扱われてるそうだ」

「じゃあ静夜はしばらく瑪瑙の窟にいたんだ」

「瞬様が気を失ったおまえを浮葉の術で大森林へ運ぼうとしたとき、静夜にも付き添うよう声をかけたが、静夜は当座の指導者としての若者たちからの支持が予想以上に大きく、その場を離れられそうになかったから、おまえを瞬様に託して瑪瑙の窟に残ったらしい。瞬様曰く、本当はおまえの側にいたかったが、行き場を失った若者たちを励ましまとめるためのやむを得ない判断だったようだ、と」

「…そっか…」

ほんの少し寂しさを覚えたものの、周囲から信頼と期待を寄せられる静夜が誇らしく、久遠は思わずといった感じで微笑んだ。

「それで一段落してやっと大森林に戻ってきたら、今度はすぐ遠征?静夜、大丈夫なのか?」

「…それなんだが、実は彼は肋骨に何本もひびが入ってるようでな。どうも明夜にやられたらしい」

それを聞いて久遠は真っ青になった。

「ええっ!?…ああ、確かにあのとき…で、でも、そんな身体で遠征なんて…!」

「彼は笞刑の痛みも残ってるから私もさすがに久遠と一緒にここに残れと言ったし、治療師たちもぜひとも入院しろと食い下がったが、身体が動く以上何もせず寝てるのは嫌だと言い張って結局聞かなかったんだ。まあ実際今回の旅はこれまでとは違い、装備や態勢を整えた一個中隊での行程だから観察や処置は受けてるはずだし、曜さんも一緒だからな」

「他には誰か?」

「見識を深めたいという瞬様と界に、人間の問題には同じ人間がというわけで、暁良始め元団員の精鋭数名が帯同してる。総大将は俄様だ」

俄の名を聞いて久遠は静夜が彼から冷たい言葉を浴びせられ、迦楼羅の破砕を試みた折にも何かにつけて苛立ちをぶつけられていたことをとっさに思い出した。そして今度の遠征も煌狩りの副首領だった静夜への意趣返しで、静夜は過去の罪から負傷の身で半ば強制的に駆り出されたのかと想像し、心を暗くした。

「…静夜、また無理して自分を追いつめて、戦いに身を…もしかして今頃同胞たちから嫌がらせを受けたり、きつい仕事押しつけられたりしてるんじゃ…」

しかし久遠の心配を永遠は意外な回答で真っ向から否定した。

「それが違うんだよ。むしろその逆で、旅立ちを決めた静夜に俄様が自分もぜひと望まれたんだ。静夜はそれならと俄様を総大将に戴き随行する形にした。俄様は静夜の心根と働きぶりに感心し、心証と考えを大きく変えられた。静夜も満身創痍で疲れてはいるがむしろ前より生き生きしてる。もともといつか煌狩りの拠点の解放に着手したいと言ってたらしいからな」

「…ほんと?」

「ああ」

呆気に取られる久遠に、永遠は自分の紅茶を注ぎながら話して聞かせる。

「実は静夜は今大森林で急速に評価を上げ、支持を集めているんだ。煌狩りの首領に反旗を翻してこれを仕留め、瑪瑙の窟を解放し、煌気移植実験を暴露して多数の同胞を救出したことが伝えられて皆の気持ちは確実に変わり始めている。しかも俄様や瞬様と昵懇になり、手柄も辞退し身を粉にして働いていることもあって、今では功労者、原礎の友と呼ばれてる」

「し、信じられない…」

妖精の臥所でこのまま療養していると外の雰囲気には触れられない。久遠は皆の口から静夜のことがどんなふうに語られているのか知りたくてたまらない気持ちだった。

「もちろん煌狩りを憎む同胞の中にはわだかまりも残ってるはずだし、妬み嫉みもあろうが。静夜自身が周囲の変化に一番戸惑ってるよ。自分は賞賛を受ける立場じゃない、とな。おまえの恋人は両想いになった途端に引っ張りだこの人気者というわけだ。どうだ、こう聞くと帰還の日が待ち遠しくならないか?」

(こ、恋人…!!)

姉の口から突然飛び出した端的で強烈なひと言に久遠が赤面し、返答に窮していると、永遠はわざとらしくニヤリとして首を傾げた。

「ん?ああ、おまえは気絶したからまだはっきりと返事をしていないんだったな。迷ってるのか、それとも答えは否か」

「そ、そうじゃないけど…!ただ、その…あのときの静夜の言葉、ほんとかなって…ひょっとしたら、僕を思い止まらせるための嘘というか、演技だったんじゃないかって」

「あの状況で、とっさに嘘や演技であんな台詞が吐けるほど静夜は器用じゃないぞ」

永遠があのときの言葉をどうやら聞き知っているらしいとわかって久遠はますます恥ずかしくなった。

「それに僕、お、男だし!…うまくいきっこなんて…」

「男同士でも女同士でも、互いに好きなら関係あるか。私も同性から何度か告白を受けたことはある」

「え!?そうなの!?」

「ああ。ただそのときの私は修行や星養いの旅に専念したかったから、すべて丁重に断ったがな」

(さ、さすがは姉さん…!)

落ち着いたたたずまいで悠然と答える永遠を尊敬のまなざしで仰ぐ久遠だった。

と、永遠は不意に飾らない真面目な笑顔で彼を見つめた。

「久遠、おまえ、私と静夜は恋仲だと思い込んでたんだろう。静夜から聞いた。誤解させて悪かったが…そんなに親密に見えてたのか?」

「それは、だって…姉さんにあんなに親身になって尽くしてる静夜を見たら、僕じゃなくてもそう思うでしょ…」

「そうかもしれないが、それなら遠慮なく確かめてくれればよかったのに。…静夜には私に対してそうせざるを得ない理由があったようなんだ。詳しいことは本人が帰ったら直接訊くといい」

「…うん」

久遠は素直にうなずいた。

(…早く会いたいな…)

自分の知らない遠い旅の空の下にいる静夜に想いを馳せる。初めて感じた甘いうずきに心臓が苦しくなって久遠は思わず息を呑んだ。
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