幽モブ アダルトルート(完結)

北川晶

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番外 モブに感謝、セドリック・スタインの熱情 ⑦

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 過去の思い出から、立ち返り。
 俺は、現在、王城の塔の入り口で、シヴァーディと警備をしている。

 本土を見渡すことができる塔に、今、陛下とクロウがのぼっているのだが。
 ふたりで、なんの話をしているのやら。
 つい最近、クロウが王城へやってきて。まぁ、いろいろあったわけだが。しかし、良いこともあった。

 陛下がクロウに恋をしたっ!

 王城の塔には、いつも、陛下がひとりで上がっていて。
 俺も、シヴァーディも、古参のラヴェルやアルフレドも、一緒に塔に登ったことはない。

 塔は、陛下がひとりになって、考えをまとめたり、鬱屈を吐き出したりする、特別な場所だ。

 今までそこは、陛下だけの場所だった。
 堅く閉ざされた陛下の心、そのものでもある。

 それなのに。今日は。陛下は、クロウとともに塔へ上がっていったのだ。
 陛下は、心の扉をクロウに開けた。それと同義である。
 これは、もう。絶対に、恋っ!
 ってことは、俺とシヴァーディの禁欲も解除! ということだよな?

「陛下、塔の上で、クロウとキスとかしちゃっているのかな?」
 ふふふ、と笑いながら妄想を広げていると。
 シヴァーディが冷たいツッコミを突き立てる。

「下世話なやつだ。そういうことを想像するから、陛下に不敬だと言われるのだぞ?」
 昼間、陛下に。シヴァーディは騎士の中の騎士だが、おまえは不敬だから却下だ、と言われたのを。彼にも咎められる。
 曲がりなりにも、元騎士団長なのにぃ。
 若干、傷ついたのにぃ。その傷をえぐるようなツッコミ入れやがってぇ。
 ま、シヴァーディが清く正しく美しい騎士であるのは、否定しないが。

「堅いなぁ。騎士だからって、堅物である必要はないぞ?」
「堅いと不敬は、全く異なるものだ。いつまでもお子様扱いでは、陛下も威厳を保てぬだろうが」
「ま、確かに? そろそろ、お子様ではなくなるかもしれないしな?」
 シヴァーディは口を引き結び、横目でじろりと俺を睨む。
 下品ですみません。でも大事なことじゃね?
 
 昼間、シヴァーディは。クロウが魅了の魔法を、陛下にかけたのではないかと疑って。クロウを成敗すると息巻いて、サロンに向かった。
 結局、クロウには魔力がなく。誤解だったのだが。
 シヴァーディが、顔の傷を赤くするほどに怒り、気を揺らしたのは。
 クロウが美しくて、俺がクロウを好きになったのではないかと、疑念に駆られたからだったのだ。

 俺は、クロウに感謝している。

 誰も信じぬと、心に壁を作って、陛下は己を守ってきた。
 それゆえ、ぐちゃぐちゃにこじれた、陛下の心の糸を、クロウがゆっくりとほぐしてくれたのだ。

 陛下が、恋をするほどに。

 ロイドが、俺に言った。
 いつか陛下に、人を信じる喜びを教えて差しあげろ、と。
 でも、俺には荷が重かった。
 誰も信じるなといてしまった俺が、なにを言っても説得力がないのだ。
 気安く接しても、明るく振舞っても、陛下の孤独を取り去ることはできなくて。
 苦い思いと、無念を感じていた。

 だが、クロウは容易く、陛下の懐に飛び込んで。
 陛下が他人と触れ合うきっかけになってくれたのだ。

 頑なな心で、棘を出す…文字通り剣を突きつけた、そんな陛下に寄り添うのは、きつかっただろうが。
 彼は、ただそこにいて。そして、いつの間にか、陛下の御心を開いていた。
 すごいことだと思うよ。尊敬する。

 そのこともだが。シヴァーディの件についても感謝したい。
 長らく膠着状態だった俺とシヴァーディの関係を、揺らして、動かしてくれたからな。

「嫉妬したのか?」
 昼間、サロンから出てきたシヴァーディに、そう聞いたら。
 彼は気まずそうな、恥ずかしそうな顔を、してみせた。

 嫉妬するということは、シヴァーディの中に、まだ、俺への愛が残っているということ。
 嬉しくて。興奮した。
 愛が消えたと、思ったことはなかったが。
 この島に来てからの八年間。俺たちの間には、穏やかな空気が漂っていた。
 それはそれで、互いへの信頼を高め。ふたりで陛下を守り抜こうと誓って、友情を温め。深くえぐれた心と体の傷を癒し。剣術を極めることに集中する。そんな有意義な時間ではあったのだが。
 本土にいたときの情熱は、薄れてしまったのではないかと、思って…悲しくなったこともあった。

 でも、そうじゃなかった。
 凪いでいた湖面に、クロウという一石が投じられ。
 俺たちの時間は、再び動き出した。それを感じたんだ。

「今日、陛下の寝ず番を、ラヴェルに変わってもらった。シヴァ、今晩は俺と過ごしてくれ」
 ストレートに夜のお誘いをすると。シヴァーディは少し考え込んだ。

 キスは、昼間、廊下で少しだけしたのだが。
 まだ、引っかかる点があるのかな?
 顔に傷を負ったことを、彼は、普段はそれほど気にかけていないけれど。
 昼間の話口からも、やはり、そこがこじれているように思えてならない。

「昼間、おまえは。大きく醜い傷があると、気にしていたが。もしかして、俺がおまえを顔で選んだと思っているのか?」
 彼は職務中だと言うように、澄ました顔つきで。業務報告のような淡々とした様子で答えた。

「違うのか? みんな、まずは私の顔を好きになるようだし。出会って数時間後に、告白するようなやつだから。単純に、顔が好みだったのかと思っていたよ」
 そして、俺をからかうように、フフッと笑う。
 でも。もう俺は、誤魔化されないぞ。

「違うよ。顔で恋人を選ぶような、底の浅いやつだと思われていたのは、心外だな。俺はおまえの剣さばきに惚れて、その剣さばきを会得するために備わった、生真面目な性格に惚れたんだ。顔は、その次。もちろん、顔も体も好きだぞ? だが、おまえの真価はそこではない」

 ヒヤリとした、冷たい視線。
 彼は流し目で、俺を見て。不意に、虚空を見上げる。

「初めてキスしたあと、おまえが、私の顔をみつめて。美しいな、と、言ったから…。でも、それでも良いと思ったのだ。おまえほどの人物が、手中にできるのなら。この顔で良かったとさえ、思ったよ。だが。私の容姿に魅かれたのであれば、バミネに傷つけられたこの顔は、耐えがたいだろうと…若く、輝くように美しいクロウに、目を奪われても。仕方がないのではないかと…」

 それで、八年間もこじれていたのかと。俺は悔しくて奥歯を噛む。
 誤解だった。
 俺もシヴァーディも、言葉が足らなかったということだ。
 八年もの間、肝心な部分に触れられないでいた。
 俺は、顔を傷つけられたシヴァーディの、心の傷までえぐりたくなくて。シヴァーディの方から、もう大丈夫だという言葉が欲しくて、律儀に待ってしまっていて。
 シヴァーディは、俺の真意が。美しい顔に魅かれていたのだと思って。
 人知れず傷ついて。俺に踏み込めなくなっていた。

 俺たちのこじれた糸は、俺たちがほぐしていかなければな?
 誤解を解くために、真摯に言葉をつむいだ。

「あぁ、あのときのことは、よく覚えているよ。初めて恋が実った瞬間だもんな、忘れられねぇよ」
 そんなふうに口火を切って。
 俺は、胸を高鳴らせて告白したあの日に、想いを巡らす。

「キスしたあとのおまえの瞳が、俺の髪の色を映し込んで、赤く輝いていたんだ。俺は、早くおまえを手中にしたくて、焦っていたんだが。そのとき。俺の赤を、おまえが取り込んだように見えたとき。おまえが俺のものになったような気がして…その瞳を、美しいと言ったんだ」

「…顔では、なく?」
 彼の言葉に、大きくうなずくと。
 シヴァーディは。ひと粒涙をこぼした。
 氷がポロリと落ちたような。ただひと粒を。

「太陽のような、明るい笑顔が、好き。貴方が、好きです」
「俺も、シヴァーディが好きだ。おまえの真っすぐな剣を受ければ。おまえが真っ直ぐな心根を持っているとわかる。つか、俺は全部好き」
「ズルいですよ。私も全部好きなのに」

 静かな空間で、俺たちは忍ぶみたいにクスクス笑った。

「おまえが、俺を愛しているのは知っていたが。ふふ、言葉にされると、いい気分だ」
 俺は大股で一歩近寄り、シヴァーディとくちづけをした。
 せずにはいられなかった。

 薄く、ひんやりした唇に、かすかに唇で触れると。
 瞬時に、熱を持って。
 ゆっくりと押しつけていけば。彼の方から深く、唇を押し当ててくる。
 舌の粘膜を、舌先でゆるりと撫でれば、彼も応えて、舌を巻きつけてくれた。
 情欲の火がつけば、お互いに激しく求め合い。顔の角度を変えて、より深くキスで結びつこうとする。

 武骨で不器用な手だが、慈しみを感じられるように、彼の頬を優しく撫でて。
 だがくちづけは、息もできぬほどに、情熱的に。
 身も心も、溶けてしまうほどに、熱く、激しく、舌で口腔をかき乱す。

 あぁ、このまま。体を触れ合わせたい。早く、早く、彼の鼓動を感じたい。
 そうは思ったが。
 遠くから、クロウの声が聞こえ。螺旋階段から、ふたりが下りてくる靴音が響いてきた。
「…生地が頑丈なので、畳職人みたいに体全体で針を押し込まないと、縫えないのです」
「タタミショクニンとはなんだ?」
「畳は…異国の床材みたいなもので…それは、知らなくてもいいのです」
 なんの話をしているんだ? よくわからないが。

 俺たちは名残惜しく、どちらも絡めた舌をほどくのを先伸ばすように、ちろちろと、いつまでも、ギリギリまで、舐め合っていたが。思い切って唇を離し。
 シレッとした顔で、持ち場に戻る。お楽しみは夜までお預けだ。

 石組みの階段を鳴らす靴音が大きくなってきたな、と思っていたら。
 降りてきた陛下たちが、クロウのマントにふたりでくるまっているものだから。
 可愛らしくって、おかしくって、吹き出してしまった。

「くくっ、なんで、そのようなことに? 陛下?」
 俺の揶揄に、陛下はほんのり頬を上気させ。
 クロウのマントから出てきて、言い訳のように告げる。

「ク、クロウが、このマントの性能について語るものだから。ま、確かに。汗をかくくらい、このマントは暖かいぞ。兵士の防寒対策にも有効だ」
 そりゃ、ふたりでくるまっていたら、ドキドキして汗もかくでしょうよ。

「ありがとうございます。ぜひ、ご用命をお待ちしておりますっ」
 マントのPRは成功に終わったようだ。クロウは俺にランプを渡すと、うっきうきの足取りでサロンに戻っていった。
 陛下は、柔らかい眼差しで、クロウの後ろ姿をみつめたあと。
 いつもの冷厳な表情に戻って。俺たちに、部屋に戻ると指示した。
 うーん、これは進展アリと見た。

 俺たちも、陛下たちに負けずに、進展しないとな?

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