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33 考えられないっ サファ・ターン

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     ◆考えられないっ サファ・ターン

 気づいたとき、目の前にテオがいた。
 いや、黒髪で黒縁の眼鏡をかけていて。雰囲気がちょっとおとなしめだから、まんまテオではないんだけど。
 頭の形とか、うなじのラインとか。ツンと突き出た小さな唇とか。テオだなって思って。
 そうしたら、なんかガタンって揺れて。俺はテオを潰しそうになってしまった。
「大丈夫?」
 とっさに、口について出た言葉。
 でも、テオは。俺を見知らぬ人みたいな顔で、ぼんやりとみつめていた。
 なに? なんで、そんな目で見るんだよ?
 だから、テオの名を呼んだら。
 テオも、目を丸くしてサファって呼んだ。
 あぁ、良かった。テオがちゃんと、俺をサファってわかってくれたみたいだ。

 でも、あんまり良くもなかった。

 この世界は、テオの前世なんだって。
 正確には、テオの夢の中。
 甘酸っぱい初恋の夢を食べるユメバクという魔獣に、強制的に見せられているみたいだな?

 そして、脱出方法は、夢主を殺すこと。

 だなんて、テオが言うから。
 俺は驚愕して。頭が真っ白になった。
 それって、テオが死ななきゃならないってことか?
 そんなのダメだ。俺はテオを守るために生まれたようなもんだ。
 みすみす、テオを死なせるわけない。

 俺はテオを殺すわけもなく、誰にも殺させない。全力で守ってみせる。
 ってことは? この夢で、寿命まで生きるしかないってことじゃね?
 ま、それでもいいか。
 テオの命を奪う選択肢は、俺の中にはない。
 ならば、のんびりテオの前世の世界を満喫するのも、悪くないかも。

 なんたって、この世界は。便利であふれている。
 最初に見たトイレも、すごいし。電車も速いし。店も人もあふれていて。
 機械とかいうものも、よくわからんが、すごい。
 だけど、ひとつだけ難を言うとするならば。
 
 この、中本という男が、いけ好かない。

 テオに引っ付いて、学校へ行く。
 学校は、王都でも行っていたので。どういうところかはわかっている。
 校門のところに、先生と風紀委員の女子生徒がいて、服装チェックをしていた。
 風紀委員は、中本の意識の情報だけど。ウゼェって、ぼやいてる。

「田代は、通っていいぞ。中本、おまえはボタンを上までしっかり止めろ。あと、髪色、もう少しなんとかならないのか?」
「今度のドラマで、この色にしてくれって言われたんっすよぉ」
 反射的に、俺はそう応えていた。いや、言ったのは、俺じゃない。中の中本だ。チャラいな。

「そんな話は聞いていないが? まぁ、いい」
 俺に注意をした、大柄な先生は。クリスが入っているように思った。
 クリスより、断然、口数は多いが。髭を生やした大柄な体育教師? だって。

「先生、中本くんに甘いですよ。来週までに髪色を戻さなかったら、ペナルティーだからね?」
 そう言って、俺に指をさすのは。ユーリっぽいな。生真面目風紀委員長。

「先生、おはようございます。中本くんも、おはよう」
 後ろの方から、挨拶してきたのは。黒髪だけど、清楚と気品の空気感がそのままの、イオナだった。
「中本くん、また田代くんに絡んでいるの?」
 イオナは生徒会の副会長で、学校の男子生徒が憧れる、高嶺の花の美少女みたいな?

「絡んでねぇし。つか、余計なお世話」
 俺はそう口にして、テオを、田代を追いかけた。
 邪魔をしないでくれ。まだ、テオにいろいろ聞きたいことがある。

「テオ、待ってよ」
「学校では、俺に話しかけないで。放課後、時間を作るから」
 そう言って、テオは俺に目も合わさずに、校舎に入ってしまった。

 俺は、気になっていたのだ。
 俺と目を合わせれば、いつも屈託のない笑顔を向けてくるテオが。

 今日は一度も笑っていない。

 テオは俺が、中本が、初恋だと言うけれど。
 本当か?
 甘酸っぱい初恋の相手に、どうして笑いかけないんだ?
 どこか、暗い表情で。そして、俺を遠ざけようとして。
 なんか…つまんねぇ。

     ★★★★★

 一日、学校で過ごしていたら。この世界のことや、中本のことが、少しわかってきた。
 テオは、中本との接点はない、と言っていたが。接点はあったのだ。
 所持品の中にスマホというのがあって。それにラインのやり取りが残っている。
 名前は、田代ではなく、委員長。だけど。
 そして、履歴は。いつものところで。りょ。今日は無理。りょ。という簡潔なものばかり、だけど。
 ほぼ毎日やり取りをしていたみたいだ。
 りょ、ってなに? と思うけど。すぐに了解の略だと意識が登る。むぅ。
 それで、なんでそのやり取りがあるかといえば、だ。

 一年生のとき、モデルの仕事を始めたことで、勉強が遅れてしまい。
 クラスの学級委員長をしていたテオ…田代に勉強を習った。
 そこで田代と仲良くなったけど。
 二年生のときに、クラスが分かれて、疎遠になる。
 仕事で学校を休みがちにもなっていたから、田代とは会えなくて。中本はモデルとして引っ張りだこになり。たまに行く学校でも、人気が上がって。派手な友達が増えていったが。
 でも田代のことが、ずっと気になっていた。
 三年生になって。俳優の仕事も増えてきた中本は。卒業後もこの仕事でやっていくことにしたが。親がそれなりの成績で卒業しろと言ってきたから。一年間は学業に専念することにした。
 そんな中、田代は。どんどん地味で目立たない生徒になっていく。

 廊下ですれ違ったとき、田代に挨拶しようとしたら。友達に、おまえも田代をいじってんのか? って。からかわれて。その言い方が気になったから、調べたら。
 いじめほどではないけれど、田代はクラスでボッチになっていた。

 ずっと、ひとりでいる。
 真面目に。学校の勉強をひたすらしている。
 なんで? 一年生のときは、友達いたのに。
 普通に笑っていたのに。
 田代のことは、わからない。
 だけど、俺は。中本は。もう、ずっと、田代のことが気になっていた…。

 今の俺ならわかる。それって、もう、好きじゃん?
 かなり、わかりやすい、好きじゃん?

 でも、中本は。初恋に気づいていないみたいだ。

 中学生くらいのときに、女の子と関係を持っていたから。男は恋愛対象じゃないって思い込んでる。
 ただ、気になるから。
 昔のよしみで、勉強を教えてほしいという口実を使って。田代と接触し。連絡用のアドレスをゲットした。
 そして家に呼んだ田代に、暇つぶしだと言ってキスをして。
 学校では話しかけないで、スマホだけで連絡を取って。
 誰にも見られないところで、ひそかに田代と交流を持った。
 交流、って言うと。綺麗すぎ。

 田代に、触れたんだ。

 考えられないっ。
 テオにそっくりの、可愛い田代を見て。気になってもいるのに。
 なんで好きって気づかないんだ??
 チュウもして、ドキドキして。ギュッて抱きしめたくなったんだろ?
 好きじゃん。
 なに、自分の気持ちに蓋をしちゃってんだよ? こいつはっ。
 素直になれよっ。

 なにが。
「これから芸能界に入るから、女関係に注意しろって言われてんだよね? なぁ、田代。俺を助けてよ。その代わり、誰かにいじめられてんなら、俺が守ってやるから」
「田代はホントに地味だな? 髪、セットしてやるよ。はは、動くなって。なぁ、今日泊っていけよ。明日は、うちから学校に行けばいいだろ?」
「俺と田代って、接点なくね? 学校で話すと、外野になんでって聞かれるの面倒だから。俺らが友達なのは、内緒にしようぜ?」
 だよ? つか、言葉のチョイス、悪過ぎねぇ?

 そうじゃないだろ、中本くんよぉ。
 まず、好きだって。気持ちを伝えないと。
 好きだから、守ってあげたいんだって。
 好きだから、触りたいし。そばにいたい、離したくないんだって。
 そして、好きだから。独り占めしたい。誰にも見せたくないんだって。

 好きだっていう、大事な言葉を告げる前に。田代に。前世のテオに触れた、中本が。
 俺は、嫌いだ。
 もし俺が、中本だったら。
 田代をギュッてして、いっぱい大好きって言って。田代のことを恋人だって、みんなの前で宣言して。見せびらかして、俺のだから触んないでって言ってやるのに。

「つか、田代はなんで、中本なんかを好きになった? 自己中だし、大事なこと言わねぇし、プライド高いし。良いとこなくね?」

 テオの前世は、謎に満ちている。
 ただひとつ、言えるのは。俺の方が断然イイ男だ。うむ。

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