【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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6 公爵令息から仕立て屋にジョブチェンジっ。

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     ◆公爵令息から仕立て屋にジョブチェンジっ。

 ころころと転がってきたコインを、門番が足で止めた。
「坊ちゃん、こっちにもコインがあるぞ」
「はい、すみませーん」
 道端にコインをバラまいてしまったぼくは、門番の足元に行ってコインを回収する。
 そして門番に聞いた。
「執事のラヴェルが来たと思うんだけど、中にいますか?」
「クロウ様?」
 門番がギョッとするのに、ぼくは口元に人差し指を当てて、シーッと言う。
 コインをバラまいたのは、わざと。門番と話をするためだ。

 別邸で、ぼくらの世話をしていたのは、公爵邸の執事長をしている、ロイドの息子のラヴェルだった。
 まだ十八歳という若さだったが、いずれ公爵邸の執事長となるべく、別邸でぼくらの世話をしつつ、執事業の修行をしていたのだ。
 そのラヴェルは。突然、別邸を立ち退けと言われたことを不審に思い。ぼくらより先に、本邸の様子を見に行ってくれたのだけれど。

 しかし、彼は戻ってこなかった。

 そうするうちに、ぼくらも別邸を追い立てられてしまい。今に至るわけだけど。
 つまり、ラヴェルは。
 公爵邸に、執事長の父親がいるわけで。今の公爵邸がどうなっているのか、一番理解できる立ち位置にいる者なのだ。
 ぼくらにも親身にしてくれた、優しい執事だったから。ぼくらを裏切るようなことは、しないと思うんだけど。

 バミネたちがそばに張り付いている父とは、容易に連絡は取れないが。
 ラヴェルとなら、連絡が取れるかもしれない。
 彼と話ができれば、少しは公爵邸の内情もがわかるのではないか?
 そんな望みを持って。ぼくは、危ないとは思いながらも、門番に接触したわけだった。

 門番はコインを拾うふりをして、しゃがみ込み。ぼくにこっそり教えてくれた。
「ラヴェルは、ロイド様とともに公爵邸を追い出された。今、どこにいるのかわからない」
 ぼくは、驚愕に目を見開く。
 公爵邸の執事長は、公爵家の雑事を一身に引き受ける、いわば公爵の右腕にも等しい人物だ。
 それを、解雇した?
 期間的に引継ぎの時間もなかったはずだ。それは、自分で自分の首を絞めるのと同じこと。
 だって、これだけ大きな公爵邸の、なにもかもを知る人物を解雇したら、普通に考えて仕事ができなくなるんじゃね?

「中で、なにが起きているの?」
「わかりません。ぼくらはただ、クビを切られないよう、無難に振舞うだけ。クロウ様も、早くここから立ち去ってください」

 ぼくと話しているのを、バミネに知られたら。この門番も、解雇させられてしまうのだろう。それは可哀想だ。
 なので、ぼくはこの場をそっと離れ。
 近くに待機させておいた馬車に乗り込む。

 車内には、心配そうな顔つきの母と、黒猫のシオンがいる。
「クロウ、大丈夫でしたか? あの者にみつからずに、話を聞けましたか? ラヴェルとは会えそうですか?」
 矢継ぎ早に、母に聞かれ。苦笑してしまう。母上も、かなり不安なのだろうな?

「ええ、母上。バミネにはみつからずに済みましたよ。でも…ラヴェルは。ロイドとともに、解雇されたようで。行き先も、わからないと」
「なんてこと…これから、いったいどうしたら…」
 悲しむ母に、ぼくは、なんて声をかけたらいいのかわからない。
 でも、馬車の中で、みんなで泣いているわけにはいかないな。

「最初の計画どおり、とりあえず大叔母様のいる店に行きましょう。身を落ち着けてから、今後のことを、話し合いましょうね? 大丈夫ですよ、母上。僕もシオンも、母上の味方です。母上を支えますから」
「そうね。泣いていても、なにも変わらないわ。叔母上のところへ行きましょう」
 ぼくは馬車の御者に行き先を告げ。そして物語が進むかのように、馬車が進み出した。

 それにしても、ラヴェルと連絡が取れなくなったのは、痛かった。
 彼がそばにいたら、とりあえず、母が不自由しないようには、手配できたはずだが。

 それに、内情がわかれば、これからどう振舞えばよいのか、方向性も見えたはずなんだ。
 なのに、助けの手が、全部潰されてしまった。
 まるで、ぼくが仕立て屋になるように。そのルートへ行けと言わんばかりに、ゲームの強制力が働いているかのようだ。

 いやいや、こんなモブにまで強制力、いるぅ?

 大丈夫だよ、仕立て屋になってやるよ。
 だからこれ以上、シオンも母も、不幸にはしないでくれ。
 頼むぞっ、マジで、アイキンの公式さんっ。

 公爵邸から、馬車で二時間ほどゆっくり進んだ先に。母の叔母、ぼくから見たら大叔母様が、営む店があった。
 大叔母様というのは、ぼくの祖父の、妹にあたるのだが。
 年の離れた妹、ということで。まだ四十代後半という年齢らしい。

 子爵家は、後継者がいないという理由で、祖父の代でお取り潰しになったが。
 祖父は妹に、無理に子爵家を継がせようとはしなかった。
 本当は、母が、どこかの貴族の次男や三男などと縁組みして、子爵家を継ぐはずだったのだが。
 父上という公爵様に、見初められちゃったので。これは公爵家優先ということになってしまったのだとか。

 もう、そんなに好きなら、最後までちゃんと責任取ってよねぇ? 父上っ。
 ま、きっと。父上も事情があるのだろうと、ぼくは察しているけど。
 普通に、母上を殺されたくなかったら、みたいな脅しを。あのバミネの母親なら、仕掛けてきそうじゃん?

 それはともかく。
 大叔母様は、子爵家を立派に継ぐ兄がいたので。子爵令嬢の割には自由恋愛をした。
 貴族や優秀な成績の者が通う学園で、当時、頭脳明晰、身体能力抜群、眉目秀麗、でも商人の出なので身分と魔力だけがないという。素晴らしい人物と、強火恋愛結婚をしたんだとか。

 すごーい、学園恋愛シミュレーションゲームの主人公ちゃんみたいじゃーん? これで一本ライトノベル書けそうなんですけどぉ?

 そういうわけで、大叔母様は現在。裕福ながら、旦那とともに、店をさらに発展させていっているのだとか。
 自らも商才があり、元貴族という立場を利用して、上流階級を相手に手広く、現役でお仕事をしているらしい。
 蝶よ花よと育てられた母とは比べられないが、同じ子爵令嬢ながら、たくましいと言わざるを得ない。

 店についたぼくらは、大叔母様に歓待され。すぐに彼女の屋敷へと案内された。
 なんとなんと、公爵家には及ばないものの。別邸より、はるかに大きな屋敷が、王都の一等地にデンと建っている。
 そこが大叔母様の屋敷だった。もうかってまんなぁ。

 サロンに通されたぼくらが、今までのことを説明すれば。同情してくれて。いつまでもここにいれば良い、とまで言ってくれて。
 本当に、助かりました。
 もう、母上は。気が抜けたら、すぐにも倒れてしまいそうだったので。

 それで、ただお世話になるばかりでは、心苦しいということで。
 ぼくは大叔母様に、雇ってもらうことにした。
 ぼくは、公爵令息だったけど。前世で、働かざる者食うべからず理論を、巴と静にゴリ押しされていたからね。
 そんなところから、なんとなく、働かなきゃいけないんじゃないかなぁ…という気に、なってしまうのだ。

 まぁ、まだ子供だから。甘えてもいいような気もするけど。
 ぼくらは、ほとんどお金がない状態だし。三人もの人間が、食べて、飲んで、家も提供されて、なにもしないというのは、やっぱ、違うかなって思って。

 そうしたら母も、刺繍くらいしかできないけれど、商品として置ける物ならいくらでも作りますと言い出して。
 大叔母様は、母の刺繍の腕前を知っていたから。それは高く買い取らせてもらうわ、とホクホクになった。
 ということで。当面の身の置き所は確保できた。
 ホッとひと息である。

 ぼくらは、あのバミネに目をつけられたら、本当に命の危機があると判断し。母の旧姓であるエイデンを名乗り。大叔母様の元で、身を隠すようにして、暮らしていくことになったのだ。

 それから、シオンだけど。
 あの魔女っ娘に、夜になったら人間に戻ると言われ。ぼくらは、ぼくにあてがわれた部屋に集まり、シオンが変化するところを固唾かたずをのんで見守っていたわけなのだ。
 はたしてシオンは。
 太陽が地平線に隠れた直後。四歳の、あの可愛らしい天使の、いや人間だけど、とにかく人型に戻れたのだった。

「あにうえぇぇ」
 と涙目で抱きついてくるシオンは、可愛いことこの上ない。
 良かった。本当に、良かったよ。

 シオンは、ぎゅぎゅうと、ぼくの体にしがみついて。エグエグと泣きながら、ゆっくりと寝落ちした。
 母も安堵して。ぼくのこめかみとシオンのこめかみに、チュッと音の鳴るキスをする。
 柔らかく抱き締めてくれる、母のぬくもりに。ぼくは、なんだか泣きそうになってしまった。

 だって、ここ三日ほど、いろいろなことがあり過ぎて。目まぐるしかったんだから。
 ぼくは、前世のことも思い出しちゃったしね。
 だから、無意識にぼくも、緊張とか不安とかにさいなまれていたのかもしれないな。

 でも…シオンは、昼間に人間になる方が、生活がしやすかったんだけどなぁ。と思う。
 あ、生活しやすかったら、呪いにならないから、仕方がないのか。
 とにかく、シオンはこれから、夜は人間、昼間は猫、という生活を送らなければならない。

 でも大丈夫、ぼくが必ず、シオンのことを守ってみせる。
 どれだけ不自由な生活だろうと。ぼくは立派に弟を支え、育ててみせるからっ。

 そうして、ぼくは大叔母様のお店で、最初は雑用として働かせてもらった。
 でも、前世のスキルを活かして、裁縫ができることを示すと。針子として採用されることになり。
 いずれ、ドレス職人として身を立てていけるようになるのだった。

 母も、刺繍やレース編みの腕前が、なかなかのもので。ハンカチや小物を、店に置いてもらえることになったよ。
 刺繍は貴族令嬢のたしなみと言われ、この世界の女性は、暇があればチクチクしているものだが。
 やはり、中には苦手な人もいるんだよねぇ。

 想い人や婚約者に、刺繍のついたハンカチをプレゼントするのは、一般的なことなのだが。
 それができない令嬢が、刺繍の縫われたハンカチを、買い求めていくというわけ。
 意外と需要があるんだ。女性だからって、みんな、縫物が得意なわけないもんな。

 巴と静も、不器用だったから、ぼくに衣装を押しつけたわけだしね。

 母が刺繍とレース編みが得意だなんて、超ラッキー。
 ぼくも、そのノウハウを教えてもらったんだ。
 ドレスのワンポイントに使ったら、映えるんじゃね? なんて思ってね?

 それに、前世で作ったコスプレ衣装に多用した、ギャザーやドレープ、リボンとか、前世では当たり前感覚の仕様も。この世界には、案外ないものなのだ。
 だから、これも活用するつもり。

 うん。仕立て屋的にはチートかもね。

 剣と魔法の世界で、仕立て屋チートとか…しょぼ。
 しかし、モブだから仕方なし。
 ま、チートあるだけ良いでしょう。

 というわけで、ぼくは無事に『公爵令息から仕立て屋にジョブチェンジっ』を果たしました。
 その後、ぼくがニ十歳の、ゲームが開始される年齢になるまで。ゲームの攻略対象にも、主人公ちゃんにも、会う機会はなかった。
 公爵令息ではなくなったぼくに、国王であるイアン様と顔を合わせる資格などなかったし。
 それは他のキャラクターたちも同様だ。一般市民に、王家とそれに連なる者たちとの接点など、普通はないものね。
 なので、この日からの十年間は、仕立て屋としてのスキルを淡々と磨いていく、地味な十年間になりましたとさ。

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