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épisode 11 Canari dans le jardin suspendu
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インスティテュートから首都下の住居エリアをつなぐ環状道路を走るエアカーの後部座席から、蘭童は窓から流れる高層ビルの無機質な光を眺めていた。
綺麗と言われて警戒する顔、門の前でエアカーを待つ緊張した顔、植物の展示を楽しそうに眺める顔、気を失って瞳を閉じた顔――
中枢統制部で指示を遂行する日々のなかで、Ωと触れ合う機会も多くはないが何度かあったはずだった。なのに今蘭童の胸の中は、指示とはいえ自分が莉絃を失神させて拉致し、しかも欲望に抗えず自分の体液で汚してしまった罪悪感で気分は塞いでいた。
「もうっ、やめやめ! 指示は絶対だから……むしろ完遂した俺偉くない?」
ウインドウに映る自分に向かって語り掛けるように、努めて明るい声で呟く。もとはと言えばあいつだ。槐がこんな後味の悪い指示を頑としてやりたがらないせいで、自分にその役が回って来ただけだ。
当然、罪の意識は拉致した事実に向けてではない。あの場所に連れて行くということは、ドミナントが始まるということだ。役立たずの自分は人の役に立ちたい、と車の中で言っていた美しくも強い意志が秘められた横顔が思い出される。忘れようとしても目蓋の奥であの菫色の瞳がこちらを見ている。頭を抱えた蘭童は、低い声で唸った。
「……クソッ!」
◇◇◇
萌黄色の美しい芝が敷かれた広い空間には樹木と天然石が置かれ、遥か眼下に高層ビル群が広がる。インスティテュートの最上階は空中庭園になっており、莉絃は庭の部分に作られた細い小川に流れる水に手を触れ、その冷たさに長い睫毛をびくりと震わせた。すぐ頭上に植えられた楓は、もう自然界では稀にしか見れない希少な種だ。
ふいに枝からはらりと落ちた葉が鼻先を掠め、莉絃は二回目の治療からしばらく日が経っていることを思う。槐は元気でいるのだろうか。部屋を訪ねてきた亜麻色の髪の麗人――芹嘉が彼の番でまず間違いないだろう。会いたいと思う自分と、槐と芹嘉が並ぶ似合いの姿が重なって、やけに自分がみじめな存在に感じる。
希少で美しい植物に囲まれていても、拉致同然に連れて来られたこの無機質なビルでは普段より強い孤独に襲われる。もし今この庭園に槐がいたら、研究に役立つチャンスなのになんて顔をしてるんだ、と揶揄ってくれるだろうか。それとも、眼下の景色を見ながら首都のことをあれこれ教えてくれるかもしれない。彼の大きな手に触れて、体温を感じたかった。庭園を包む静寂が、莉絃の妄想を膨らませていく。
「植物にご興味が」
音もなく昨日部屋に現れた初老の男が現れ、魅入られたように楓の樹を眺める莉絃のそばに立った。
「あのっ、すごいですね。この庭園には、希少な植物ばかり植えられてる……楓、黒松、芍薬……アカデミーの栽培棟でも見たことがないものばかりです」
初老の男はゆっくりと頷いた。
「ここの所長による秘密の庭園です。所長は希少なもの、消えゆくものに深い興味と関心をお持ちです。なるべく種を絶やさないために、日々研究に努めておられます」
「この大きなビル全体が研究所なのですか?」
「厳密にいえば、高層階と地下のみです。それ以外には多種多様な研究所が入っています」
「首都にこんな研究所の塊があるなんて、知りませんでした」
「あなただからこの場所の存在を知ることができたのです」
弾かれたように顔を上げた莉絃は男の言わんとしているところを察して小さく頷いた。
「……そうですね、俺も楓に似た存在でしょうか、うまく機能してませんが」
「治療を重ね、あなたのΩとしての機能は回復し始めています。それに、あなたにはお話ししたとおり特別な遺伝子があるのです」
「はい、少しでも役に立てればと思います」
「所長はΩ性をこの世界から消さないため、何年も努力を重ねられて来ました。この庭園にある植物たちも、所長の開発した技術によって、今もこうして生息しているのです」
「すごい、俺も将来ここで植物に囲まれて働くことができたら幸せかもしれません」
溌剌とした笑みを向けたあと莉絃は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
初老の男は一瞬驚いたように目を見開いた。が、次の瞬間、哀愁とも憂いともつかない表情に変わり、それを悟られまいと顔を逸らし眼下の景色を眺めた。
綺麗と言われて警戒する顔、門の前でエアカーを待つ緊張した顔、植物の展示を楽しそうに眺める顔、気を失って瞳を閉じた顔――
中枢統制部で指示を遂行する日々のなかで、Ωと触れ合う機会も多くはないが何度かあったはずだった。なのに今蘭童の胸の中は、指示とはいえ自分が莉絃を失神させて拉致し、しかも欲望に抗えず自分の体液で汚してしまった罪悪感で気分は塞いでいた。
「もうっ、やめやめ! 指示は絶対だから……むしろ完遂した俺偉くない?」
ウインドウに映る自分に向かって語り掛けるように、努めて明るい声で呟く。もとはと言えばあいつだ。槐がこんな後味の悪い指示を頑としてやりたがらないせいで、自分にその役が回って来ただけだ。
当然、罪の意識は拉致した事実に向けてではない。あの場所に連れて行くということは、ドミナントが始まるということだ。役立たずの自分は人の役に立ちたい、と車の中で言っていた美しくも強い意志が秘められた横顔が思い出される。忘れようとしても目蓋の奥であの菫色の瞳がこちらを見ている。頭を抱えた蘭童は、低い声で唸った。
「……クソッ!」
◇◇◇
萌黄色の美しい芝が敷かれた広い空間には樹木と天然石が置かれ、遥か眼下に高層ビル群が広がる。インスティテュートの最上階は空中庭園になっており、莉絃は庭の部分に作られた細い小川に流れる水に手を触れ、その冷たさに長い睫毛をびくりと震わせた。すぐ頭上に植えられた楓は、もう自然界では稀にしか見れない希少な種だ。
ふいに枝からはらりと落ちた葉が鼻先を掠め、莉絃は二回目の治療からしばらく日が経っていることを思う。槐は元気でいるのだろうか。部屋を訪ねてきた亜麻色の髪の麗人――芹嘉が彼の番でまず間違いないだろう。会いたいと思う自分と、槐と芹嘉が並ぶ似合いの姿が重なって、やけに自分がみじめな存在に感じる。
希少で美しい植物に囲まれていても、拉致同然に連れて来られたこの無機質なビルでは普段より強い孤独に襲われる。もし今この庭園に槐がいたら、研究に役立つチャンスなのになんて顔をしてるんだ、と揶揄ってくれるだろうか。それとも、眼下の景色を見ながら首都のことをあれこれ教えてくれるかもしれない。彼の大きな手に触れて、体温を感じたかった。庭園を包む静寂が、莉絃の妄想を膨らませていく。
「植物にご興味が」
音もなく昨日部屋に現れた初老の男が現れ、魅入られたように楓の樹を眺める莉絃のそばに立った。
「あのっ、すごいですね。この庭園には、希少な植物ばかり植えられてる……楓、黒松、芍薬……アカデミーの栽培棟でも見たことがないものばかりです」
初老の男はゆっくりと頷いた。
「ここの所長による秘密の庭園です。所長は希少なもの、消えゆくものに深い興味と関心をお持ちです。なるべく種を絶やさないために、日々研究に努めておられます」
「この大きなビル全体が研究所なのですか?」
「厳密にいえば、高層階と地下のみです。それ以外には多種多様な研究所が入っています」
「首都にこんな研究所の塊があるなんて、知りませんでした」
「あなただからこの場所の存在を知ることができたのです」
弾かれたように顔を上げた莉絃は男の言わんとしているところを察して小さく頷いた。
「……そうですね、俺も楓に似た存在でしょうか、うまく機能してませんが」
「治療を重ね、あなたのΩとしての機能は回復し始めています。それに、あなたにはお話ししたとおり特別な遺伝子があるのです」
「はい、少しでも役に立てればと思います」
「所長はΩ性をこの世界から消さないため、何年も努力を重ねられて来ました。この庭園にある植物たちも、所長の開発した技術によって、今もこうして生息しているのです」
「すごい、俺も将来ここで植物に囲まれて働くことができたら幸せかもしれません」
溌剌とした笑みを向けたあと莉絃は照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
初老の男は一瞬驚いたように目を見開いた。が、次の瞬間、哀愁とも憂いともつかない表情に変わり、それを悟られまいと顔を逸らし眼下の景色を眺めた。
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