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最終試験
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あれから一年が経過した。
二人とも九歳だが、そろそろ十歳が近づいている。
つまり、学校に通わないといけない時期だ。
学校に通った場合、もう一度基礎魔法からやり直すこととなる。一応飛び級もあるが、最低一年はかかる。長い遠回りとなってしまうのだ。
そしてメルクから二人に声をかける。
今日を最後に試験終了すると。
例の戦いからも二人は消極的な戦いばかりを続けていた。それは理由あってのものだが、少なくとも彼女からすると戦意を失ったようにしか見えなかったわけで。
要するに今日本気を出せ、さもなくば強制的に学校に行かせるということだ。とはいえ、残されたピースを単語すべて埋めた二人からすると、まったくもって問題なかった。そのため、堂々と胸を張って修練場で先生を迎え撃とうとしている。
「先生、今日は勝たせてもらいます」
そして、戦いの火蓋が切って落とされた。
まずはいつも通りティアがメルクの後ろに回るところから始まる。二人が攻撃するまでメルクは攻撃できないルールは相変わらず。
それゆえ、ティアは準備しながら理想の位置まで動けるわけだ。
回った後、サラがメルクの方向へ無数の魔法弾を用意した。そして流星のごとく、魔法弾がメルクへ襲い掛かる。同時にティアも襲い掛かってくる。ここまではいつもの形。だが、サラの魔法弾を見ると異変に気付く。
その速度が異常に速い。今までのものの倍以上は速い。直線的な動きに関して変化はないが、いつもよりずっと弾の伸びが良いため、紙一重で攻撃を避けるメルク。
そして、その後ろでティアが構えていることもわかった。同時に襲い掛からず、自分の隙
を狙っているのだろうとまで。とはいえ、避けながらでも隙を作らないことは可能。むしろ、避けるだけなら基礎魔法は使わずともできる。
なぜなら、魔力には無意識による身体能力向上があるから。それに直線的な軌道を描く以上、最初に閲覧を使えば簡単に避けられる。
そのリソースを感知に使うことで、ティアの様子をうかがうことに成功した。
しかし、そんな余裕も一気に崩される。
彼女の弾の軌道がおかしい。なんと、最初はまっすぐ動いていた弾が曲がり始める。そのせいで感知を切って閲覧と強化を連続して使わざるを得なくなる。
だが、このタイミングでもティアはしかけてこない。
メルクが避けた魔法弾を避ける程度のことはしているが、いまだに彼女の後ろで待機している。そのせいで徐々にティアのことを意識から抜けていく。
そして、硬直状態はすぐに終わる。きっかけはメルクだった。
魔法弾を避けているメルクだったが徐々に魔法弾の密度が高くなっている。そのせいで避ける場所がない。
まるで弾幕のような弾密度。さらに弾によってはスレイダーも混ざっており、こちらを的確に狙っている。いやらしいことに魔法弾を扇状になるように撃っていることで、横に逃げようが上に逃げようが魔法弾が命中してしまう。
詰み。
これ以上避けることはできないと判断したメルクは魔装を用いて、目の前の魔法弾を処理することに決めた。
だが、この瞬間ティアが動き始めた。
メルクが右手を使って防いでいるとき、彼が動き出し……そして隠蔽を解いて魔力を込めた右拳を振りかぶった。
いくらメルクと言えど、二方面からの攻撃に対処することは不可能。特に、すでに魔装を使っている場合には。今から衝撃波を使おうにも、ティアの位置がわからない。
それに衝撃波を使うには溜めが必要となる。今から溜めていては魔法弾の餌食となるわけだ。そのため、メルクは急いで左手を使って胴体を守ろうとしていたが、彼が狙ったのはその左手だった。左手にティアの一撃がさく裂した。
そして攻撃を終えるとすぐ後ろに下がる。弾幕も一通り終わったのか、一旦止む。ダメージを確認しようと彼女は左手を動かそうとするが、魔力を練ることができなくなっていた。
これはただ殴っただけではない。変化系の攻撃を盛り込んできたからだ。
変化系。定義は相手にすでに構成した魔力を送ることで、相手にその部位では魔法を使えなくさせるというものだ。魔力というのは個々人によって形が違う以上、体内にほかの人の魔力が侵入するとそれを追い出そうとする。そのせいで一時的に魔法が使えなくなる。
これは一撃の火力を出せない人が用いる手段であるが、Cランク以上で用いられる戦術だ。厳密にいえばクローザーよりもトリガーのほうが使用頻度は多いものの、アバトワールでも戦術として用いられていることに変わりない。
そんな強力な魔法だが、原理自体は簡単だ。相手の魔装を貫き、体の中に自身の魔法を注入すればそれだけで発動する。言ってしまえば、感知の修行方法にも使われる。だからティアは魔装を打ち破るだけの魔力を籠め、メルクの左手に殴りかかったわけだ。
そうして、左手を動かそうとするがあまり動かないことを確認したメルク。おそらくこの戦闘中では使えないだろう、なんて考えるとサラが再び魔法を構成している。再び同じ作戦を取ろうとしているのだ。
正直な話、隙の無い作戦だと感心していた。発散を使えば二人の攻撃は同時に防げる。ただ、あれは魔力消費が多くずっと使うことはできない。だから要所でしか使えないのだが、そのデメリットをしっかり理解したうえで作戦を立ててきている。
加えてティアの隠蔽もこの作戦の要だろう。もし隠蔽せずに突っ込んできたら、さすがに気付く。そして今まで通り避けられた。だが、直前まで隠していたことによりしっかりと狙った一撃になったわけだ。
とはいえ、このまま黙ってやられるのも先生の名が廃る。どうせやるなら、二人の底力が見てみたいものだ。そういう理由もあって、彼女も手札の一枚を切り始める。メルクの顔はすでに試験官ではなく、戦闘を求めるジャンキーとしての顔であった。
異変に気付いたのはティア。
閲覧でメルクを見ていると、彼女が右手を使ってこちらを見ている。サラの方ではなく、自分の方。
それに悪寒がしたティアは急いでその場から移動を始める。結果的にその直感は正しかった。彼女の右手から大量の魔法弾が襲い掛かったからだ。急いでサラが魔法弾を撃ち始めるが、ティアの位置がずれたことでメルクも余裕でかわせるようになった。
そして右手を再びサラのほうへ向ける。そこには大量の魔法弾。さらには弾幕ともいえる量をすでに彼女へ向けていた。魔法弾と魔法弾が衝突することで大量の光と煙が生じる。最初は拮抗していたが、徐々にサラのほうに衝突が動き始める。
一度は逃げてしまったティア。だが再び隠蔽を使いながらメルクへ近づく。煙や光のせいで見えないものの、どこにいるかは感知で分かる。そのため、たびたび切り替えながら近づいて、彼女へ必殺のブローを決めようとする。
だが。
彼の目の前には何度も辛酸をなめられた白い壁があった。
それを見た瞬間、ティアは急いでサラの元へ向かう。
「サラ、作戦Bだ!」
「了解!」
という返事が聞こえた瞬間、ティアはサラの元へ向かい始めた。これが一年前埋められなかったピースの一つだ。
もし、先生が弱点に気づいて魔装と障壁を一度に使える、あるいは攻撃しながら障壁を使えるようになったらどのように対処すべきか。そのための作戦を立てるべきではないか。
そんな意見をサラからもらったティアは、その時の作戦を考えたわけだ。先生の学習速度、および適応力は非常に高い。そうでなければすでに合格をもらえているはずだからだ。そういった理由で二人は対策を練ったわけである。
そして二人が合流すると、ティアがなけなしの魔力を使ってティアとサラを囲むような障壁を張り始める。魔装と障壁は高等技術だが、九歳の子供が使えない理由はない。原理自体は基礎魔法で説明できる以上、二人に使える魔法である。
ただ、サラが使うならばともかくティアが使うには問題がある。それは魔力が少ない人が広範囲に障壁を使う場合、防御力にも継続時間も圧倒的に劣るという点だ。
そもそも障壁は狭い範囲に高い防御力の壁を生み出すことがメリットだ。そのメリットをぶち壊すような真似をしたところで、魔装の劣化版にしかならない。特にティアの場合は十秒程度しか持たない。
だが、作戦Bにおいてはその十秒がターニングポイントとなりえる。というより、この過程を踏まないと先生を倒す準備が整わない。ゆえに自分が壁となっていた。
そして、彼の人生の中でもトップクラスに長い十秒が経過した。壁が壊され、ティアは魔力切れを起こして地面に倒れる。だがサラの準備のほうは整った。
ティアが必死に稼いだ十秒で彼女は魔法の構築を行っていた。魔法を使うには魔力の構成が必要となるわけだが、その間はほかの魔法を使うのは難しい。だからティアが必要になったのだ。
この時間を使って、彼女は自身の魔力のすべてを使って二つの種類の魔法を構成した。そして今その一つ目の魔法を放つ。
一つ目はフルバースト。
弾幕を意図的に作り、それをすべて敵へ放つという力技。今までは弾幕を作るには弾の時間差を利用することで無理やり作ってきたわけだが、今回は最初から弾幕を作っていた。
要するにただの魔法弾の集合だが、その威力は先ほどの物よりもはるかに高い。彼女がこの一年間で磨いた先端を尖らせた、らせん状に回転する魔法弾。その分一発に時間がかかるのが難点だが、それを十秒でできる限り作ったわけだ。
それをメルクのほうへ撃ちだす。先ほどよりも大きな爆音と光が場を散らす。何度もそれがあったおかげで二人の視界はふさがってしまったものの、どこにいるかはわかってしまう。
そのまま衝突が続くが、すぐにサラに軍配が上がる。どんどん衝突がメルクのほうへと動き始めているからだ。それもそのはずで、サラは両手でそれを作っているのに対し、メルクは片手。
威力は手の数で決まることはないが、放出できる魔法弾の数はやはり手が多い方が有利。そのため、サラのほうが強力だということだった。
このまま押し切れる、とサラが思ったその時。
自身の手が魔法弾で打ち抜かれていた。その結果、魔法弾が途切れてしまう。そして彼女はメルクの魔法弾の餌食となった。
魔法弾と言っても、銃弾と異なり貫かれても血が流れるわけではない。それに魔法を使える人は一応体表に魔法の膜がある。その膜が打ち破られるとダメージが入るという感じである。
そのため、魔力を大量消費したサラはその場でうずくまるしかなかった。そんな彼女へ近づく足音。土煙の中現れたのはメルクだった。
「二人ともよく考えられていました。まさかティアが時間稼ぎをするとは思わなかったですし、貴方の魔法弾の威力も驚異的でした。ただ、詰めが甘いですね」
「詰め……?」
「ええ、別に魔法弾というのは打ち合いになってもほかの魔法弾を撃ってはいけないわけではありません。それにあなたにできることが私にできないとでも?」
メルクがやったことは単純だ。あの打ち合いの中スレイダーを作り彼女の視界外からそれを撃った。魔法弾の衝突に夢中になっていたサラはそれに気づかずやられた。それだけだ。
彼女が使うスレイダーもメルクが使えないはずがない。なんせ、サラの魔法弾の造詣についてはメルクが仕込んだ。言ってしまえば押し切られるのもメルクのふりに近い。
やられちゃったなぁ、なんて思っているサラだがつい笑いが漏れた。なんせ、ここまでは作戦通りだから。そんな笑っているサラを見てメルクは不審に思う。
「残念だけど……先生。詰めが甘いのは先生譲りだわ」
「は? 何を言って……」
その瞬間。メルクは右手首をつかまれた。そしてその瞬間、右手首とつかまれた手が固定されたように思える。いったい誰だ、とその方向を向くとティアがいた。そして、体の魔力がティアの手へ無理やり放出されるように思えた。
「ようやく捕まえました……!」
なぜティアがここにいる、と必死に思考を働かせる。彼は魔力切れで倒れたはず……とそこまで思ったとき、彼の魔力回復速度を思い出した。ティアは一回ぐらいなら魔力切れになっても、すぐ回復して戦いに復帰できる。
だが、それならどうして感知にも閲覧にも引っかからなかった。サラへ近づくとき、周りには土煙が舞っており、その二つがなくては位置がわからなかった。だが、魔力を持っている限りそのどちらかには引っかかるはず。
「それは単純な話ですよ……先生の元へ近づくまで、魔力を回復しないようにしていたからです!」
ティアは倒れてから、極力呼吸を抑え隠蔽を使っていた。その下手な呼吸法のせいでほとんど魔力の回復をしていなかったわけだ。そして隠蔽によって彼はその姿を隠した。
ここにきて、彼の魔力が少ないという特性が活きた。もしサラが似たようなことをしようとしたら、いくら隠蔽が上手くともメルクの閲覧によってばれてしまう。閲覧は相手の魔力を視る方法のため、魔力が多ければ多いほど閲覧しやすい。
しかしティアは保有魔力が少なく、しかも倒れた直後。つまり、ほとんど魔力が残っていない状態だ。その状態になるとまず魔法師は動けないものだが、ティアからすると根性で動けてしまう。
さらに魔力が少ないせいで、閲覧にほとんど引っかからない。引っかかったとしても、周りの土煙と魔法弾の残滓である魔力や魔素でごまかしがきく範囲だった。この特性を使ったのが作戦Bなのだ。
ティアにつかまれた右手から徐々に魔力が奪われることに、久しぶりに焦りを覚えるメルク。魔力吸引。本来これは特殊なものではなく、汎用的な性質である。
実際は他人の魔力を摂取したら体の調子が悪くなるだけ。そのため、基本的にこの現象は怒らない。だが、自身の持つ魔力が極端に少なくなった時は例外である。
なぜなら、自分の身体を救うためとされている。具体的には相手の魔力を無理やり分解してエネルギーにしてしまう。これが既に構成されている魔法ならばできない。なぜなら魔法は物質的に大きいから。しかし、少量の魔力なら可能である。
実際は手で触れている部分に魔力が大量に使われ、その一部がティアの魔力になっているわけだ。どちらにせよ、魔力が一気になくなっていることに関して変わりない。これが最後のピースであった。
そんなメルクへダメ押しとばかりに攻撃を始めるサラ。もう一種の魔法の準備を始めた。その魔法はティアに言われた火力重視の魔法。魔法弾という形ではなく、魔法という形で作り出すことにしたわけだ。
その魔法は白い稲妻であった。その稲妻は高速とまではいわないがとんでもない速さでメルクへ近づく。その分エネルギーも多く、ティアがいつも使っている魔法よりもずっと高い威力だ。
最初から撃ちたかっただろうに、ここまで時間をかけねばレベルも上がらないこと、さらには魔法構成にも時間がかかる。そのため、ここまで耐久をしていたというわけだ。
迫りくる魔法に対して焦ったメルク。近くのティアを蹴り飛ばしてでも……なんて思ったが、彼の身体は地面に固定されている。手と地面に魔力を使って固定している。これを取っ払うのは難しくないが、しかし時間が足りない。
そんな逡巡をしている最中でも魔法は迫っている。ここから何をしても間に合わない。そんなことを悟ったメルクはふと笑いを漏らした。そして彼女は爆発に身を包まれる。
今度こそ決まった、とサラは思った。回避できないタイミングに大技を撃つ。なるほど鉄板だ。二人の作戦は基本的にその点に特化している。すなわち、片方がメルクに対し足や手を止めることでその隙を狙う。
そしてその作戦のまま手ごたえを感じていたわけだ。
だが煙が晴れるとそこには無傷の先生がその場にいた。おまけにティアに障壁を張っているというおまけつき。
加えてメルクからとんでもない気配を感じられる。圧倒的格上を目の前にしているという本能が感知からわかる。今この人と闘っても勝てないという理性が働いた。それでもサラは目の前の相手に対し構える。
たとえかなわなくても戦うことに意味があると如く。そんなサラの構えに対し苦笑するメルク。
「そんな身構えなくてよいですよ。試験終了ですから」
サラが魔力で注入することでティアを起こす。そして目覚めたティアにその場に座るように説明したメルク。こうして評価が始まった。
「まずは悪いところから。二人の作戦は面白いですが、穴がありますよ。ティアがあの大きい魔法に巻き込まれたら、どうするつもりだったのですか?」
そういわれて二人とも黙る。この作戦の立案はティアだった。だが出来上がったのがここ最近である。そのためぶっつけ本番すぎて穴に気づかなかったわけだ。やばい、なんて顔をしているティアへ注意した後に。
「とはいえ、あれで私が追い詰められたわけですからあまり文句は言えないわけですが。二人とも合格ですよ」
その一言で場の雰囲気が凍った。というより何で、と言いたげな雰囲気と瞳が二人から放たれる。
「単純な話ですよ。私がルール違反したからです。あのままだと私が殺されていたので、一時的に能力を開放して防いでしまいました。命の危機を覚えたのは久しぶりですよ」
そんなあっけらかんというメルクだったが、二人は凍り付いたままである。殺しかけていたという事実。そして詰みの状況からあっさりと抜け出すことに成功したメルク。もはや何から突っ込めばいいかわからない。
「二人の実力なら、同じ受験者の中でもまず負けないでしょう。特にティアは強くなりましたね」
なんて、言われた。
ようやく何かを成し遂げた。
そのことに大きな雄たけびを上げるティアだった。
二人とも九歳だが、そろそろ十歳が近づいている。
つまり、学校に通わないといけない時期だ。
学校に通った場合、もう一度基礎魔法からやり直すこととなる。一応飛び級もあるが、最低一年はかかる。長い遠回りとなってしまうのだ。
そしてメルクから二人に声をかける。
今日を最後に試験終了すると。
例の戦いからも二人は消極的な戦いばかりを続けていた。それは理由あってのものだが、少なくとも彼女からすると戦意を失ったようにしか見えなかったわけで。
要するに今日本気を出せ、さもなくば強制的に学校に行かせるということだ。とはいえ、残されたピースを単語すべて埋めた二人からすると、まったくもって問題なかった。そのため、堂々と胸を張って修練場で先生を迎え撃とうとしている。
「先生、今日は勝たせてもらいます」
そして、戦いの火蓋が切って落とされた。
まずはいつも通りティアがメルクの後ろに回るところから始まる。二人が攻撃するまでメルクは攻撃できないルールは相変わらず。
それゆえ、ティアは準備しながら理想の位置まで動けるわけだ。
回った後、サラがメルクの方向へ無数の魔法弾を用意した。そして流星のごとく、魔法弾がメルクへ襲い掛かる。同時にティアも襲い掛かってくる。ここまではいつもの形。だが、サラの魔法弾を見ると異変に気付く。
その速度が異常に速い。今までのものの倍以上は速い。直線的な動きに関して変化はないが、いつもよりずっと弾の伸びが良いため、紙一重で攻撃を避けるメルク。
そして、その後ろでティアが構えていることもわかった。同時に襲い掛からず、自分の隙
を狙っているのだろうとまで。とはいえ、避けながらでも隙を作らないことは可能。むしろ、避けるだけなら基礎魔法は使わずともできる。
なぜなら、魔力には無意識による身体能力向上があるから。それに直線的な軌道を描く以上、最初に閲覧を使えば簡単に避けられる。
そのリソースを感知に使うことで、ティアの様子をうかがうことに成功した。
しかし、そんな余裕も一気に崩される。
彼女の弾の軌道がおかしい。なんと、最初はまっすぐ動いていた弾が曲がり始める。そのせいで感知を切って閲覧と強化を連続して使わざるを得なくなる。
だが、このタイミングでもティアはしかけてこない。
メルクが避けた魔法弾を避ける程度のことはしているが、いまだに彼女の後ろで待機している。そのせいで徐々にティアのことを意識から抜けていく。
そして、硬直状態はすぐに終わる。きっかけはメルクだった。
魔法弾を避けているメルクだったが徐々に魔法弾の密度が高くなっている。そのせいで避ける場所がない。
まるで弾幕のような弾密度。さらに弾によってはスレイダーも混ざっており、こちらを的確に狙っている。いやらしいことに魔法弾を扇状になるように撃っていることで、横に逃げようが上に逃げようが魔法弾が命中してしまう。
詰み。
これ以上避けることはできないと判断したメルクは魔装を用いて、目の前の魔法弾を処理することに決めた。
だが、この瞬間ティアが動き始めた。
メルクが右手を使って防いでいるとき、彼が動き出し……そして隠蔽を解いて魔力を込めた右拳を振りかぶった。
いくらメルクと言えど、二方面からの攻撃に対処することは不可能。特に、すでに魔装を使っている場合には。今から衝撃波を使おうにも、ティアの位置がわからない。
それに衝撃波を使うには溜めが必要となる。今から溜めていては魔法弾の餌食となるわけだ。そのため、メルクは急いで左手を使って胴体を守ろうとしていたが、彼が狙ったのはその左手だった。左手にティアの一撃がさく裂した。
そして攻撃を終えるとすぐ後ろに下がる。弾幕も一通り終わったのか、一旦止む。ダメージを確認しようと彼女は左手を動かそうとするが、魔力を練ることができなくなっていた。
これはただ殴っただけではない。変化系の攻撃を盛り込んできたからだ。
変化系。定義は相手にすでに構成した魔力を送ることで、相手にその部位では魔法を使えなくさせるというものだ。魔力というのは個々人によって形が違う以上、体内にほかの人の魔力が侵入するとそれを追い出そうとする。そのせいで一時的に魔法が使えなくなる。
これは一撃の火力を出せない人が用いる手段であるが、Cランク以上で用いられる戦術だ。厳密にいえばクローザーよりもトリガーのほうが使用頻度は多いものの、アバトワールでも戦術として用いられていることに変わりない。
そんな強力な魔法だが、原理自体は簡単だ。相手の魔装を貫き、体の中に自身の魔法を注入すればそれだけで発動する。言ってしまえば、感知の修行方法にも使われる。だからティアは魔装を打ち破るだけの魔力を籠め、メルクの左手に殴りかかったわけだ。
そうして、左手を動かそうとするがあまり動かないことを確認したメルク。おそらくこの戦闘中では使えないだろう、なんて考えるとサラが再び魔法を構成している。再び同じ作戦を取ろうとしているのだ。
正直な話、隙の無い作戦だと感心していた。発散を使えば二人の攻撃は同時に防げる。ただ、あれは魔力消費が多くずっと使うことはできない。だから要所でしか使えないのだが、そのデメリットをしっかり理解したうえで作戦を立ててきている。
加えてティアの隠蔽もこの作戦の要だろう。もし隠蔽せずに突っ込んできたら、さすがに気付く。そして今まで通り避けられた。だが、直前まで隠していたことによりしっかりと狙った一撃になったわけだ。
とはいえ、このまま黙ってやられるのも先生の名が廃る。どうせやるなら、二人の底力が見てみたいものだ。そういう理由もあって、彼女も手札の一枚を切り始める。メルクの顔はすでに試験官ではなく、戦闘を求めるジャンキーとしての顔であった。
異変に気付いたのはティア。
閲覧でメルクを見ていると、彼女が右手を使ってこちらを見ている。サラの方ではなく、自分の方。
それに悪寒がしたティアは急いでその場から移動を始める。結果的にその直感は正しかった。彼女の右手から大量の魔法弾が襲い掛かったからだ。急いでサラが魔法弾を撃ち始めるが、ティアの位置がずれたことでメルクも余裕でかわせるようになった。
そして右手を再びサラのほうへ向ける。そこには大量の魔法弾。さらには弾幕ともいえる量をすでに彼女へ向けていた。魔法弾と魔法弾が衝突することで大量の光と煙が生じる。最初は拮抗していたが、徐々にサラのほうに衝突が動き始める。
一度は逃げてしまったティア。だが再び隠蔽を使いながらメルクへ近づく。煙や光のせいで見えないものの、どこにいるかは感知で分かる。そのため、たびたび切り替えながら近づいて、彼女へ必殺のブローを決めようとする。
だが。
彼の目の前には何度も辛酸をなめられた白い壁があった。
それを見た瞬間、ティアは急いでサラの元へ向かう。
「サラ、作戦Bだ!」
「了解!」
という返事が聞こえた瞬間、ティアはサラの元へ向かい始めた。これが一年前埋められなかったピースの一つだ。
もし、先生が弱点に気づいて魔装と障壁を一度に使える、あるいは攻撃しながら障壁を使えるようになったらどのように対処すべきか。そのための作戦を立てるべきではないか。
そんな意見をサラからもらったティアは、その時の作戦を考えたわけだ。先生の学習速度、および適応力は非常に高い。そうでなければすでに合格をもらえているはずだからだ。そういった理由で二人は対策を練ったわけである。
そして二人が合流すると、ティアがなけなしの魔力を使ってティアとサラを囲むような障壁を張り始める。魔装と障壁は高等技術だが、九歳の子供が使えない理由はない。原理自体は基礎魔法で説明できる以上、二人に使える魔法である。
ただ、サラが使うならばともかくティアが使うには問題がある。それは魔力が少ない人が広範囲に障壁を使う場合、防御力にも継続時間も圧倒的に劣るという点だ。
そもそも障壁は狭い範囲に高い防御力の壁を生み出すことがメリットだ。そのメリットをぶち壊すような真似をしたところで、魔装の劣化版にしかならない。特にティアの場合は十秒程度しか持たない。
だが、作戦Bにおいてはその十秒がターニングポイントとなりえる。というより、この過程を踏まないと先生を倒す準備が整わない。ゆえに自分が壁となっていた。
そして、彼の人生の中でもトップクラスに長い十秒が経過した。壁が壊され、ティアは魔力切れを起こして地面に倒れる。だがサラの準備のほうは整った。
ティアが必死に稼いだ十秒で彼女は魔法の構築を行っていた。魔法を使うには魔力の構成が必要となるわけだが、その間はほかの魔法を使うのは難しい。だからティアが必要になったのだ。
この時間を使って、彼女は自身の魔力のすべてを使って二つの種類の魔法を構成した。そして今その一つ目の魔法を放つ。
一つ目はフルバースト。
弾幕を意図的に作り、それをすべて敵へ放つという力技。今までは弾幕を作るには弾の時間差を利用することで無理やり作ってきたわけだが、今回は最初から弾幕を作っていた。
要するにただの魔法弾の集合だが、その威力は先ほどの物よりもはるかに高い。彼女がこの一年間で磨いた先端を尖らせた、らせん状に回転する魔法弾。その分一発に時間がかかるのが難点だが、それを十秒でできる限り作ったわけだ。
それをメルクのほうへ撃ちだす。先ほどよりも大きな爆音と光が場を散らす。何度もそれがあったおかげで二人の視界はふさがってしまったものの、どこにいるかはわかってしまう。
そのまま衝突が続くが、すぐにサラに軍配が上がる。どんどん衝突がメルクのほうへと動き始めているからだ。それもそのはずで、サラは両手でそれを作っているのに対し、メルクは片手。
威力は手の数で決まることはないが、放出できる魔法弾の数はやはり手が多い方が有利。そのため、サラのほうが強力だということだった。
このまま押し切れる、とサラが思ったその時。
自身の手が魔法弾で打ち抜かれていた。その結果、魔法弾が途切れてしまう。そして彼女はメルクの魔法弾の餌食となった。
魔法弾と言っても、銃弾と異なり貫かれても血が流れるわけではない。それに魔法を使える人は一応体表に魔法の膜がある。その膜が打ち破られるとダメージが入るという感じである。
そのため、魔力を大量消費したサラはその場でうずくまるしかなかった。そんな彼女へ近づく足音。土煙の中現れたのはメルクだった。
「二人ともよく考えられていました。まさかティアが時間稼ぎをするとは思わなかったですし、貴方の魔法弾の威力も驚異的でした。ただ、詰めが甘いですね」
「詰め……?」
「ええ、別に魔法弾というのは打ち合いになってもほかの魔法弾を撃ってはいけないわけではありません。それにあなたにできることが私にできないとでも?」
メルクがやったことは単純だ。あの打ち合いの中スレイダーを作り彼女の視界外からそれを撃った。魔法弾の衝突に夢中になっていたサラはそれに気づかずやられた。それだけだ。
彼女が使うスレイダーもメルクが使えないはずがない。なんせ、サラの魔法弾の造詣についてはメルクが仕込んだ。言ってしまえば押し切られるのもメルクのふりに近い。
やられちゃったなぁ、なんて思っているサラだがつい笑いが漏れた。なんせ、ここまでは作戦通りだから。そんな笑っているサラを見てメルクは不審に思う。
「残念だけど……先生。詰めが甘いのは先生譲りだわ」
「は? 何を言って……」
その瞬間。メルクは右手首をつかまれた。そしてその瞬間、右手首とつかまれた手が固定されたように思える。いったい誰だ、とその方向を向くとティアがいた。そして、体の魔力がティアの手へ無理やり放出されるように思えた。
「ようやく捕まえました……!」
なぜティアがここにいる、と必死に思考を働かせる。彼は魔力切れで倒れたはず……とそこまで思ったとき、彼の魔力回復速度を思い出した。ティアは一回ぐらいなら魔力切れになっても、すぐ回復して戦いに復帰できる。
だが、それならどうして感知にも閲覧にも引っかからなかった。サラへ近づくとき、周りには土煙が舞っており、その二つがなくては位置がわからなかった。だが、魔力を持っている限りそのどちらかには引っかかるはず。
「それは単純な話ですよ……先生の元へ近づくまで、魔力を回復しないようにしていたからです!」
ティアは倒れてから、極力呼吸を抑え隠蔽を使っていた。その下手な呼吸法のせいでほとんど魔力の回復をしていなかったわけだ。そして隠蔽によって彼はその姿を隠した。
ここにきて、彼の魔力が少ないという特性が活きた。もしサラが似たようなことをしようとしたら、いくら隠蔽が上手くともメルクの閲覧によってばれてしまう。閲覧は相手の魔力を視る方法のため、魔力が多ければ多いほど閲覧しやすい。
しかしティアは保有魔力が少なく、しかも倒れた直後。つまり、ほとんど魔力が残っていない状態だ。その状態になるとまず魔法師は動けないものだが、ティアからすると根性で動けてしまう。
さらに魔力が少ないせいで、閲覧にほとんど引っかからない。引っかかったとしても、周りの土煙と魔法弾の残滓である魔力や魔素でごまかしがきく範囲だった。この特性を使ったのが作戦Bなのだ。
ティアにつかまれた右手から徐々に魔力が奪われることに、久しぶりに焦りを覚えるメルク。魔力吸引。本来これは特殊なものではなく、汎用的な性質である。
実際は他人の魔力を摂取したら体の調子が悪くなるだけ。そのため、基本的にこの現象は怒らない。だが、自身の持つ魔力が極端に少なくなった時は例外である。
なぜなら、自分の身体を救うためとされている。具体的には相手の魔力を無理やり分解してエネルギーにしてしまう。これが既に構成されている魔法ならばできない。なぜなら魔法は物質的に大きいから。しかし、少量の魔力なら可能である。
実際は手で触れている部分に魔力が大量に使われ、その一部がティアの魔力になっているわけだ。どちらにせよ、魔力が一気になくなっていることに関して変わりない。これが最後のピースであった。
そんなメルクへダメ押しとばかりに攻撃を始めるサラ。もう一種の魔法の準備を始めた。その魔法はティアに言われた火力重視の魔法。魔法弾という形ではなく、魔法という形で作り出すことにしたわけだ。
その魔法は白い稲妻であった。その稲妻は高速とまではいわないがとんでもない速さでメルクへ近づく。その分エネルギーも多く、ティアがいつも使っている魔法よりもずっと高い威力だ。
最初から撃ちたかっただろうに、ここまで時間をかけねばレベルも上がらないこと、さらには魔法構成にも時間がかかる。そのため、ここまで耐久をしていたというわけだ。
迫りくる魔法に対して焦ったメルク。近くのティアを蹴り飛ばしてでも……なんて思ったが、彼の身体は地面に固定されている。手と地面に魔力を使って固定している。これを取っ払うのは難しくないが、しかし時間が足りない。
そんな逡巡をしている最中でも魔法は迫っている。ここから何をしても間に合わない。そんなことを悟ったメルクはふと笑いを漏らした。そして彼女は爆発に身を包まれる。
今度こそ決まった、とサラは思った。回避できないタイミングに大技を撃つ。なるほど鉄板だ。二人の作戦は基本的にその点に特化している。すなわち、片方がメルクに対し足や手を止めることでその隙を狙う。
そしてその作戦のまま手ごたえを感じていたわけだ。
だが煙が晴れるとそこには無傷の先生がその場にいた。おまけにティアに障壁を張っているというおまけつき。
加えてメルクからとんでもない気配を感じられる。圧倒的格上を目の前にしているという本能が感知からわかる。今この人と闘っても勝てないという理性が働いた。それでもサラは目の前の相手に対し構える。
たとえかなわなくても戦うことに意味があると如く。そんなサラの構えに対し苦笑するメルク。
「そんな身構えなくてよいですよ。試験終了ですから」
サラが魔力で注入することでティアを起こす。そして目覚めたティアにその場に座るように説明したメルク。こうして評価が始まった。
「まずは悪いところから。二人の作戦は面白いですが、穴がありますよ。ティアがあの大きい魔法に巻き込まれたら、どうするつもりだったのですか?」
そういわれて二人とも黙る。この作戦の立案はティアだった。だが出来上がったのがここ最近である。そのためぶっつけ本番すぎて穴に気づかなかったわけだ。やばい、なんて顔をしているティアへ注意した後に。
「とはいえ、あれで私が追い詰められたわけですからあまり文句は言えないわけですが。二人とも合格ですよ」
その一言で場の雰囲気が凍った。というより何で、と言いたげな雰囲気と瞳が二人から放たれる。
「単純な話ですよ。私がルール違反したからです。あのままだと私が殺されていたので、一時的に能力を開放して防いでしまいました。命の危機を覚えたのは久しぶりですよ」
そんなあっけらかんというメルクだったが、二人は凍り付いたままである。殺しかけていたという事実。そして詰みの状況からあっさりと抜け出すことに成功したメルク。もはや何から突っ込めばいいかわからない。
「二人の実力なら、同じ受験者の中でもまず負けないでしょう。特にティアは強くなりましたね」
なんて、言われた。
ようやく何かを成し遂げた。
そのことに大きな雄たけびを上げるティアだった。
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