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【はじまる前の物語】
しおりを挟む美味しい食事を誰もが求めてるような時代。
少なくともそこらにいるような人たちよりは何倍も生きてきた自分にとって、今の世の中はそう見えた。
「ふぅ、退屈ね」
分かりやすくため息を吐いてゆっくりと立ち上がる。特にこれといった目標もない中に、生きるための食事を求めるという行為はなんともむなしく感じてしまう。
「ネット通販で買えるようなものならいいのに」
誰に届けるでもないひとりごと。
もう癖になってしまっていた。
アパートのドアを開け、下を見下ろす。ふむ、この時間はいい具合に人が少なくまばらに居る。いないのは困るがいすぎても困るから、これくらいがちょうどいい。
「もしもし、そこの方」
周りを見渡して、歩いていた女の人に声をかける。よし、誰もいない。
「どしたん、お嬢さん?」
田舎の噂は広まりやすい。下手すれば全員一度は見たことのある顔だったりする。
しかし、消してしまえば、何にも残らない。
「あら、お嬢さんだなんて私がそんなに若く見えたかしら」
「そりゃこの時間に制服着とるもん。高校生にしちゃ、ちょっと顔が幼いけどなぁ」
余計なお世話だ。何にしても周りに人がいない今がチャンス。逃すには惜しい。
「ちょっとだけ、これを見てくれないかしら」
「ビン?」
「えぇ、それと‥‥」
女の人が差し出したビンを無防備にのぞいたその瞬間、ゆっくりと囁いて。
「私、少し長生きなの。もう120年は生きてるわ」
言葉に反応し、見上げてきたところへふわっとビンの中に入っていた粉を振りかける。
「なっ‥‥胡椒?!」
「ごめんなさいね、私の食事は少し特殊なのよ」
女の人がくしゃみと同時に涙を流してうずくまる。まぁ、いきなりそんなものを顔に吹き付けられちゃそうなるわよね。
「っくしゅ、なん、目が‥‥開けれん」
「開けなくていいわ。そのまま‥‥」
下を向く顔を持ち上げて、目から溢れる液体を確認する。このくらいの量がちょうどいい。
「いただきます」
混乱するその声には目を向けず、丁寧に挨拶をして。
ーーその目にたまった涙を、ペロリと舐めた。
「ーーっ!?なんしよん!」
「怒らないで。ほら、もう目は痛くないでしょう?」
「あ‥‥ほんとや」
「次に目を開けたとき、あなたは私と会ったこと全てを忘れてまっすぐ家に帰るの」
「は‥‥い」
よろしい。
パチンと指を鳴らして、そのまま彼女の視界から消える。すると目を開けた彼女は、キョロキョロと周りを見渡してから静かに歩いて行った。
「ふぅ‥‥ダメね、今日も」
人から勝手にもらっておいて言うセリフでもないと思うが、はっきり言えば美味しくない。
私の食事は"人の涙"だった。
「やっぱり胡椒なんかで泣かせたのより普通に泣いてる人間の方がいいのだけど‥‥」
私が見る限りの最近の人間は、あまり人前で泣かなくなってしまった。信頼する人や家族などは別として、大体の人間は涙を隠し、一人で泣いて感情を消化してしまう。
喜びの涙であれば集って流すこともあるが、その中に飛び込んで涙を舐めるなんてとてもじゃないができることじゃない。
「はぁ‥‥どうしようか」
泣き虫な友達でもいればいいが、あいにく友達すらいない状況で。どうにもできそうにない。
「‥‥でね、‥‥よ」
あれは‥‥たしか少し前に涙をもらった人と、隣にいるのは友達だろうか。
「もうあの子ってばみんないるのに感極まって泣いちゃってねー」
「最近の子は感受性が豊かで可愛いじゃない」
「そうだけどもう高校生だし、なんて声かけていいのか‥‥かけない方がいいのか迷っちゃって」
声が大きいな‥‥。内輪でするような内容の会話だろうによく耳に響いてくる。
にしても、若い人は群れていることが多かったから積極的に近づきはしなかったけど、感受性豊かとかそんな一面もあったりするのか。
「ふむ、私も見た目は高校生‥‥か」
着ているものは実家が送ってくれるものを適当に着ていただけだけど、この服を着ているだけで高校生に見えるのなら。
「なってみてもいいかもしれないわね‥‥華の女子高生とやらに」
ゴクリと喉が鳴る。
これからの食事に、少しは期待ができそうだ。
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