背中越しの恋人 before

雨宮 瑞樹

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あさみさんは怒っている

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 ――バドミントン部室。
 後輩には先に帰らせた後、唯と私は部室で床をモップで磨いていた。唯が肩越しで跳ねた髪を揺らしながら黙々と床を磨いているのを横目に、私は手を止めた。

「ねぇ、唯。呼び出しこの後行くの?」
 その問いかけに唯の涼しげな瞳が曇り始める。
 なぜ私がそんなことをいうのかというと、昼休みに唯は隣のクラスの宮川亮といつも成績トップ争いをしている秀才真面目男・長野と一緒にいるところを影から見守っていたから。
『大事な話があるから、部活が終わったら屋上にきてほしいんだ。来るまでずっと待っているから』
 滑舌よく早口にそう告げた長野は唯に問い返す隙を与えず、立ち去っていった。

「……うん。何の話かわからないしね」
「愛の告白に決まってるじゃない」
「そんなの、わからないじゃない」
「じゃあ、もし、仮にそうだとしたら唯はどうするの?」
「そりゃあ、断るわよ」
「即答……。長野もお気の毒」

 私は、ふんわりウェーブのショートカットをかきあげて深々と溜め息をつく。
 私は無造作にバケツにモップを突っ込んだ。バシャバシャ水が溢れるのも構わず、自慢のくりくりした目で唯を少し睨んでやる。

「……ねぇ、もうさぁ。これ以上長野みたいな被害者を増やさないためにも、宮川と付き合ったら?」
「何でそうなるのよ……」
 ちらっと私を見て、唯はまた床磨きに専念し始める。私は、モップをバケツに突っ込んだまま腕組みをしながら天井を見上げた。
「宮川の性格は……正直難ありは否めないわよ? 唯のこと好きなくせに煮え切らないところとか、天の邪鬼なところとか、猪突猛進のところとかね。でも、一応格好いいし、頭いいし、人気者だし」
 腕組みを解いて唯の中心を私は指差す。
「唯だって嫌でしょ? あの騒がしい宮川ファンの群れの中から、ふと現れた女にとられるのなんて。もし、そうなったらいつも一緒に帰るとか、遊びに行くとか、お互いの家を行ったり来たりするなんてできなくなるのよ?」
 ピタリと唯は動かしていた手を止めて、なんで知ってるの? という顔。この期に及んで、何をいってるのか……。どれだけ私はあなたたちの痴話喧嘩やらじゃれあいを見せつけられてきたと思っているのよ? 私だけじゃなく、クラスの皆が散々みてきた光景だ。もう夫婦のようだと私を含めたみんなが思っている。だからこそ、いい加減付き合うなり何なりして、その二人の微妙な隙間を早く埋めてほしい。その隙間があるから、いろんないざこざが起こって、私はその都度宮川に「唯に何かあったら教えてくれ」って、言われるのよ? 巻き込まれるのもいい加減にしてほしい。怒りが沸々と沸いてきたところで唯がポツリと呟いた。

「確かに、それはちょっと嫌かな……。でもね……。
 亮はさ、もっとキラッとしている人と一緒にいるのがいいんだと思う。ほら、私って根暗でしょ? けど、亮は明るいじゃない? 私が隣にずっといたら、影を落とすばっかりで輝けるものも輝けなくなっちゃうよ」
 そういって唯は、納得したように言った。唯のその答えが、また私の怒りが膨れ上がりかけるけれど、なんとか抑え込み、代わりに唯を睨んでやる。

「宮川はね、唯が傍にいるから輝いてるの。宮川は電球。唯は、その電球をつけるための電圧と電流ぴったりのものを分け与えてるってわけ。唯の位置に、他のが来てみなさい? 電球のフィラメントがブチっと切れて再起不能になるわよ。まぁ、その前に唯がそこから抜け出そうとしたら、宮川は暴走するんでしょうけどね」
「なにその例え。大袈裟よ」
 唯の鈍感さと遠慮しすぎる性格はどうにかならないものだろうか。やはりどうにかできるは、煮え切らないあの男一人しかいないと思う。
 
 今日だってどうせ彼のことだから校門で唯が出てくるのそわそわしながら待っているのだろう。秋田には、宮川に発破をかけておけと口酸っぱくいっておいた。まぁ、秋田もあの性格だから信用ならないけれど。 多少の効果はあると期待して、私も唯に最後の一撃を加えることにした。

「幼馴染みという関係は、居心地のいいものなのかもしれない。付かず離れず。そりゃあ、そんな関係でずっといられたら、楽に決まってる。けど、ずっとのそんな関係でいられるはずないのよ?」
 唯の中心に矢を射るように真っ直ぐにぶつけてやるとめずらしく「……わかってるよ」と、唯の本音が返ってきて、ハッとした。唯もまた、私の目を真っ直ぐに見つめ返してきて、私は唯の言葉を待った。

「……ずっと近い距離にいたからこそ近付き過ぎたら、あっという間にすれ違ってしまう気がするんだよ。私と亮はずっとこの距離を保ってきた。それが、とても居心地がよかったの。その距離を縮めて、良い関係が壊れてしまうよりは、このままの方がずっといい気がしちゃうんだ。体温を感じるほど近く。背中同士はくっ付けられても、真正面からはそれ以上は手を伸ばせない。そんな関係のままでも、いいのかなって」
 
「でもさ、いつかは変わらなきゃいけないんだよ。ずっとなんてないんだよ。それも、唯はわかってるんでしょ?
 素直になる勇気を持つのは今。今じゃなかったら、きっと一生後悔する」

 ぴしゃりと言い切ると、モップを乱暴に掃除道具ロッカーにしまって少しは私の思い汲んでくれることを願いながら部室を出た。
 一人取り残された唯の部室。私はドアの奥へと耳を傾けた。

「……素直になる勇気……私にあるのかな……」

 どうやら、効果はあったようだ。私は笑みを溢し、最後のバトンを長野に託す。
 失敗しないでよ、長野。
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