サラシ屋

雨宮 瑞樹

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すみれ3

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 未だに、背中から怒りを発している灰本の背中を、とぼとぼとついて路地を出る。
 説明を求めて灰本をみると、冷ややかな視線を送られてきた。
「GPSを辿ってここに来たら、女子高生が飛び出してきて、助けを求められた。男に追われていて、女性が危ないってな。まさかと思ったが、案の定だ」
 頷く私へ、きつく睨まれながら、表通りに出る。
 そこに、すみれが待っていた。
 
 まさか律儀に待っているとは思っていなくて、意外だった。私の顔を見て、ほんの少しだけ、ほっとしたような表情を浮かべたのはきっと気のせいではない。だが、それは束の間。五十嵐へ見せていたような、気の強さと、横柄な態度が戻っていた。
 偉そうに、腕を組み始める。
「それで、あなた達は何者ですか?」
 すみれが、私と灰本へ疑問を投げかける。それを受け取った灰本が、私へボールを投げ返してきた。
「状況を説明しろ」
 五十嵐がうろついていることを考慮して、近くに止めてあった灰本の車の中へ、三人で移動した。

 灰本は運転席。私とすみれは後部座席に乗り込んで、二人へ説明をしていった。二人は、各々違う理由で、不機嫌な顔になっていた。早速灰本が大きく口を開こうとしてくるから、慌ててストップをかける。
「灰本さんからのお説教は、後で聞きます。今は、この子優先で」
 両手を合わせて懇願する。あとで、覚えておけよと言われて、仕方なく怒りを収めてくれた。ほっと胸を撫でおろし、すみれへ一直線に視線を向ける。
 一応、危ないところを助けられたという思いはあるようだ。気まずい顔をしている。
 すみれは持っていた鞄をごそごそ漁り、財布を取り出していた。
 その行動に目を見張る。

「はい。お礼」
 感謝や謝罪の代わりとばかりに、一万円札を私へ差し出してくる。
 運転席の灰本は、ちらりとだけそれを見た後は、まつ毛をピクリとも動かすことなく、無表情で静観していた。
 だが、私にはそんなことできるはずもない。どんどん眉間に皺が寄ってしまう。差し出されているすみれの手を、そのまま彼女へ突き返す。
「いらない」
 私の反応は、すみれに想定外だったようだ。大きく目を見開いている。
「私は、そんなものがほしいからあなたを助けたんじゃない。世の中、酷い大人たちばっかりじゃないってことを、あなたには知ってほしいから助けたの」
「なんなの、それ。偽善者ぶらないでよ」
 すみれは鼻で笑う。
「あなたが見てきた大人たちは、薄汚れている人間ばっかりだったんでしょうね。だからこそ、まだ子供のあなたに反抗心が芽生えた。大人なんて、どうせ。大人は、ろくでもない奴らばっかり。だったら、逆手にとってやろうとでも思ったんでしょう?」
 すみれの瞳は、鋭い。それが、答えだろう。それを真正面で受け止める。
「でもね、たった数年であなたも、その大人なるの」
 その一言で、すみれの顔つきが変わり、反抗的ににらんでいた瞳が逸らされていた。
「今あなたがやっていることは、あなたが憎んでいる大人そのもの姿よ。 そう思わない?」
 逸らされた瞳が、揺れる。このままじゃいけないということなんて、わかっている。彼女の中には、まだ良心が残っている証拠だろう。
「今、ここがすみれさんの分岐点よ。このまま人の弱みに付け込んでずるいことをし続け、日の当たる場所怯える人間になるか。それとも、何に怯えることなく堂々と歩ける人間になるか。それを選ぶのは、あなた自身よ」
 ちらりと、一瞬視線をよこしてきたすみれを捉え、見据える。
「あなたがどちらを選んでも、私は何も言わないわ。これは、誰のものでもない。あなたの人生なんだから」
 沈黙が落ちると、私と合っていたすみれの視線も徐々に下へと落ちていく。
 何とも言えない表情だった。ちゃんと理解したのか、響いたのか読み取ろうと試みたが、いまいちよくわからない。
 だが、これ以上私が言えることは、もう何もない。
 すみれは、唇を固く引き結び、そのまま後部座席のドアを開けようと手にかけていた。
 その時、ずっと無表情のまま黙っていた灰本が、フロントガラスを見据えたままいった。
 
「もし、あの場にいたのが柴田ではない俺だったら、俺は絶対に君を助けることはなかった。理由は、簡単。自業自得だからだ」
 灰本の感情のこもっていない言い方が、沈黙により鮮明に響く。
 今にも外へ飛び出そうとしていたすみれの背中が、ぴたっと止まっていた。そのあと、続くであろう灰本の言葉を待っているように見えた。
「だが、今回は俺じゃない柴田がそこにいた。柴田のお陰で、君はどん底に落ちるギリギリのところで、引き上げられたんだ。こんな幸運は二度とこない。そのことを、よく覚えておくんだな」
 灰本から飛び出した言葉。私にとっては、ただただ予想外すぎて、驚くことしかできなかった。
「……おじさんもあばさんも、うるさい」
 すみれは、ドアを勢いよく開け、足を外へ出す。私はとっさに、いつも持ち歩いている灰本の名刺の裏に、自分の電話番号を走らせ、すみれにダメ元で差し出す。
「もしも、あなたが本当に困っているときは、連絡ちょうだい。私は、あなたを裏切らない」
 彼女は背中を向けたまま、振り向くことはなかった。そのまま行ってしまうかと思ったら、彼女の手だけが伸びてきて、私の手から、名刺を乱暴に奪っていく。
 
「ありがとう」
 ぼそっと一言だけ言い置いて、バンと勢いよく後部座席が閉じられる。
 彼女が受け入れてくれた嬉しさが、私の顔を自然と緩ませていく。後部座席から、ちらっと見えた灰本も、心なしか口元が緩んでいたのは、私の願望だったのかもしれない。


 
 

 
 
 
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