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18.片付け上手のコウモリ
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「ピーマン食べてないよ?」
「……食べるよ?」
ベーコンとピーマンの炒め物に手が伸びない子供に、僕は苦笑いを浮かべた。
もっと細かく刻めば良かったかな。
この子が苦手なのは分かっているが、栄養はあるし安かったのでついつい買ってしまった。
しばらくピーマンとにらめっこをした子供は、フォークにピーマンを刺して意を決したようにパクリと食べた。
えらいえらい。頑張ったね。
せめて肉詰めピーマンとかにして食べやすくしてあげたいのだが。
しかし最近は食べ物の値段が高騰して、なかなか肉にまで手が出せなくなっているのだ。
「今日は果物があるからね。ごはんを全部食べたら出してあげる」
「ほんと? じゃあ頑張る!」
張り切る子供を見守りながら、大好きな果物を買っておいて良かったと思う。
だけど果物もあまりたくさんは買えなかったから、今日も砂糖とミルクを足してかさ増ししよう。
子供と過ごして二年が経った。
その二年で国は良くなるどころか益々荒れた。
最近では近々戦争が始まるとあちこちで囁かれているほどだ。
「“ ”、今日は一緒に買い物に行こうか」
「うん!」
嬉しそうな笑顔を浮かべる彼には“ ”と名前を付けた。
あの子も名前を気に入ってくれて、名前を呼ぶだけで笑ってくれた。
ごはんをちゃんと食べるようにり、灰色の髪は艶がでて陽の光を浴びると銀色のようだ。
カサカサだった肌も子供らしいぷっくりとした頬を取り戻し、永遠にぷにぷに触ってられる。
健康になってくれて僕も嬉しかったが、一つ気になる事がある。
「じゃあ行こうか。上着きてね」
「うん!」
あの子はお出かけ用の上着を羽織り、僕の手を握ってきた。
ちいさな手、変わらず見上げる灰色の瞳。
お出かけ用にと用意した服は、二年前に買った物だ。
つまり、あの子は二年前から体が成長していないのだ。
初めは栄養が足りていなかったからだと思っていた。しかし、古本屋を巡って数少ない精霊族に関する本を買い漁り、難しい単語を解読して分かった事がある。
精霊族は魔力の増幅によって成長するのだと。
けれど稀に、成長が止まる精霊族の子供が現れる。
生まれつき魔力が弱くて、成長しきれずに弱って亡くなってしまうのだと書かれていた。
でも、たぶんこの子は違うと思う。なぜなら体の状態は健康そのものだから。
だからたぶん原因は、家族と離されたからだと思うのだ。
僕の憶測だが、精霊族は幼い頃から周りの大人が魔力の扱いを教えるのだと思う。
けれど、捨てられたあの子に魔力の扱いを教える精霊族は居ない。
だから魔力をうまく扱えずに、成長ができなくなったんじゃないだろうか。
「でも月光樹があれば……──」
月光樹。これも本で読んだ情報だ。
精霊族が住む場所には必ず月光樹があるらしい。
精霊族は長命の為に、月光樹が不老不死の生命を与えるのではないかと言われていた。
その話が本当かどうかは分からないが、月光樹が精霊族の魔力に関係しているのは間違いないようなのだ。
だからこの月光樹があれば、あの子の魔力も……
「サク、今日はとうもろこし買う?」
「……え? あぁ、そうだね。今日は市場にあるかなぁ」
にこにこ歩くあの子の手を引きながら、二人でご機嫌に市場に向かう。
最近は市場に並ぶ野菜の種類も少なくなってきたから、もしかしたらとうもろこしも無いかもしれない。
でもその時は、他に好きな物を買ってあげよう。
今日はお金も多めに持ってきたからたぶん足りるだろう。
懐具合を確認してよしよし大丈夫、と足を進めていた、そんな時だった。
「……?」
「今日は何が食べたい?」と言おうとしてふと隣を見たら、あの子が小さな足を動かしながらジッと店を見ていた。
視線の先を辿ってみれば、砂埃で汚れたショーウィンドウがあった。
「あ……」
その店は、昔からある古いおもちゃ屋だ。
その店をみて思う。そう言えば僕は、この子におもちゃを買った事が無いな、と。
一度もおもちゃがほしいなんて言われた事が無かったから気づかなかったが、ジッと見つめる瞳を見れば分かってしまう。むしろなぜ今まで気づかなかったのか。
そりゃそうだ、おもちゃに興味がある年頃だよね。
「あれ、欲しい?」
「……」
こんなんだから僕はダメなんだろうな。
僕には必要無くてもこの子には必要かもしれないのに。
けれど今は気づけた。ずいぶん遅くなったけど、やっと気づけたから、キミの気持ちを教えて?
だけどあの子は目を大きく開けて僕を見た後、うつむいて首を横に振った。
こんなのいらないよ、と言うように。
「……そっか」
それから僕の手を引いて、早く市場に行こうと催促する。
だけど僕は立ち止まり、しゃがみ込んであの子と視線を合わせた。
「じゃあさ、僕が欲しいからちょっと入ってもいい?」
「サクが?」
「うん、僕が」
不思議そうな顔をするあの子。
そんな彼を、僕はいたずらっ子のような笑いを浮かべて店に連れて行ったんだ。
「おやいらっしゃい。お客さんなんて久しぶりだ」
店に入るとお腹の出たおじさんが椅子に座ったまま出迎えてくれた。
あの子を見ると優しそうに笑いかけてくれる。子供好きのようだ。
店は古いが商品は綺麗にしてあり、面白そうなおもちゃがたくさんあった。
あの子とは手を離し、僕は色々なおもちゃを見るふりをしてあの子の様子を見た。
あの子はしばらく僕の後をついて回っていたが、初めて来た場所への警戒心がとけてくると一人でちょこちょこ歩き出した。
そして一つの、へんてこなブリキのおもちゃの前で立ち止まった。
「これ……………何だろ?」
「鳥ー?」
「んー、コウモリかなぁ」
服を着たコウモリのブリキのおもちゃが、えっへんと胸を張って鎮座している。
人形にしては形がいびつだし、どうやって遊ぶのだろうか。
「これはこうして遊ぶのさ」
僕らが不思議そうに見ていたら、店主が背後から声をかけてきてブリキのおもちゃを手に取った。
そして細かくした紙くずをテーブルにまき、ブリキのおもちゃを手で押して走らせる。
テーブルを走らせる動きに合わせて羽がパタパタと動き、おもちゃが通った後は紙くずが無くなっていた。
「お掃除おもちゃだよ。集めたゴミはここに入ってるからね」
「へー」
「おもしろいだろ」
店主はそう言ってそのままあの子におもちゃを渡した。
初めて触るおもちゃにあの子は目を輝かせた。
やっぱり、おもちゃが欲しかったんだね。
きっと今までだって欲しいものはたくさんあっただろう。でもずっと我慢していたのだ。
ごめんね、今まで気づいてあげられなくて。
今まで我慢のご褒美におもちゃの一つぐらい買ってあげたい。
「……」
しかし、ぶら下がった値札を見て頭を悩ます。うん、高いな。
「特別に安くしてあげるよ」
「良いんですか?」
「近々この国を出ようと思ってね。閉店売りつくしセールさ」
そう言って店主はなんと半額にまで下げてくれて、うん、これなら数日僕の分のパンを我慢すれば買える。
僕は喜んで店主に袋に詰めてもらった。
家に帰り、さっそくブリキのおもちゃを取り出す。
やっぱりへんてこな見た目だ。
もうちょっと可愛くならないものかと紙袋につけてくれていた黄色のリボンをおもちゃの頭に付けてみた。
うん、似合う似合う。
「我々はーお片付け戦士だー」
「ワレワレー?」
ちょっと可愛くなったおもちゃを手にあの子と遊ぶ。
リボンが付いてるのになんで戦士なんだよって自分でも思うけど、子供って戦士とかに憧れるものだろ。
「我と共に片付けるぞー」
「ワレと片付けー!」
綿埃を丸めた物や細かな紙くずを床に置いてキャッキャと遊ぶ。
子供らしく笑うあの子につられて、僕も子供のように笑っていた。
楽しくて、幸せで、いつまでもこんなふうにこの子と笑っていたいと思った。
この国の行く末は平穏とはいかないかもしれない。
それでもこの子の笑顔だけは、絶えることがないように、汚れないように。
その為ならば僕は、どんな事だってするだろう。
たとえ世界が闇に包まれようとも、灼熱の炎が襲ってこようとも……僕が────……
……────
「──……ん」
目を開くと、温かな木漏れ日が僕を包んでいた。
目の前には大きな木が風に揺れて、さわさわと楽しげに葉を鳴らす。
目の前の水面は日の光を反射し、瓦礫に複雑な光を作る。
僕は大きくあくびをして、温もりを感じるとなりを見た。そこには、いつもより幼い顔で僕に寄りかかって眠るマオがいた。
マオと話している最中に、いつの間にか寝ていたらしい。
そしていつの間にかお腹にも、小さくて温かな重み。
黄色いリボンを風にそよがせて一緒に眠る、片付け上手のコウモリだった。
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