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31.笑ってくれてありがとう
しおりを挟むあの子に抱きしめられた事で、あの子の背中越しに空が見えた。
雲一つ無い夜空は、無数の星の中で真ん丸な月が輝いていた。
そして大木が、月光樹の葉が、月色に染まっていた。
「……綺麗」
月色に染まった月光樹の葉は、月の煌めきをつかまえて幹に集めているようだった。
その煌めきが僕が眠る泉に流れて溶ける。
ずっと感じていた心地よい力は、どうやら月光樹が分けてくれていたようだ。
大きな力に包まれている安心感。
流れ込む月明かりと水面にきらめく星々の光の中、大切なあの子の存在を確かめた。
コウ。大切な僕の光。
思い出すのが遅くなってごめんね。
僕は何度もあの子に謝りながら、無意識に胸元へ手を当てていた。
「あ、れ……?」
けれどそこに目的の物は無かった。視線を向けると、やはりあるはずの物が無かった。
「石が……」
思い出の石。あの子との思い出がつまった石が、無くなっている。
だが、なぜだか悲しくは無かった。
たぶんきっと、あの石も僕の中に溶け込んだんだ。だからこんなにもハッキリと、あの子の事が分かるんだろう。
僕が名前を呼んだからなのか、あの子が体を離し涙を流す目を見開いて僕を見た。
ポロポロと止まらない涙を拭って、僕は笑った。
「おはよう、コウ」
「う、ぅ……っ」
そしたらあの子の涙がもっと止まらなくなってしまって、僕は濡れた手で何度も何度も拭い続けた。
まるで小さな子供のように嗚咽を上げる姿を見ていると、なんだか僕の視界も歪んでいき、鼻がツンとして頬が濡れた。
「コウ」
僕は鼻をすすりながら、名前を呼びかけ涙を拭った。
そして「ちゃんと顔を見せて」と、濡れたあの子の頬を両手で包む。
するとあの子は、ポロポロと流れ出る涙はそのままに、僕の手を掴んで口を開いた。
「マオだ……今の俺はマオだ……っ」
まだ泣いてるくせに、嗚咽を堪えてあの子は言う。
「サク……俺はもうサクに守られないといけないコウじゃない。俺はマオになった。だからどうか、俺を守ろうと無茶をしないでくれ……っ」
「マオ……」
唇を震わせながら、それでも強い眼差しで僕を射抜く。
まるで精一杯強がって見せているようなマオに、僕は胸が痛くなった。
「もう居なくならないで」と、言われた気がしたから。
「おはよう、サク……」
「……うん」
月色に輝く静かな世界で、穏やかな葉の音を聞きながら笑うと、マオもやっと笑ってくれた。
「おはよう、マオ」
笑ってくれて、ありがとう。
✧ ✧ ✧
あれから僕は、更に二日ほど泉の中で眠った。
僕はもう大丈夫だって言ってるのにマオが許さなかったのだ。力がまだ安定してないからだって言う。
そんな事言われてもずっと寝てるなんて無理だろう。と、思っていたのだが。
月光樹の力が流れ込んだ泉でまぶたを閉じたら、あっという間に眠りについていた。
それで、気がついたら二日経ってたんだ。その間お腹もすかないし排泄もなかった。
僕の体はもう人間じゃないのかもしれない。
「……いや、人間じゃなかった」
うん、そうだった。魔王になっちゃってたんだった。
で、何で?
「五十年ぐらい前だな。サクが魔王になったのは」
「だからなんでっ!?」
改めて目覚め、マオのお許しも出たので僕らは調理場に来ていた。
起きるのは許してもらえたが、料理をするのはまだ許してもらえなくて、今日の食事はマオが用意するらしい。
今日は僕がテーブルにちょこんと座り、調理をするマオを見守る側だ。
マオはダンッダンッダンッ、となかなか豪快に食材を切り分けていく。
大きなフライパンに入れていくから、たぶん野菜炒めを作ろうとしているのだろう。
全部の食材をまとめて入れているのが気になるが、まぁ肉に火が通れば良いんだ。
にんじんとかはちょっと生でも食べられるしね。
「……ん?」
フライパンにすべて入れ終わると、マオはなんだかちょっと不自然な仕草でコンロに火をつけた。
直立不動で、いや、少し腰が引けているかな。そして腕だけを目一杯伸ばしているのは何の意味があるのだろうか。
そしてその体勢のまま火をつけ、マオはすぐにそばから離れてフライパンとにらめっこをし始めた。
いやいやなぜ混ぜないんだ、と思う前に僕は気づく。
これってもしかして……
「……マオ、もしかして火が怖い?」
「そんな事はない! 少し苦手なだけだ!」
「うん、そっかそっか」
火がこわ……苦手なのに料理をしてくれようとしたんだね。
そっか、どうりで調理中は近づいてこなかったわけだ。
テーブルに座ってずっと見ていたのも、火が心配だから見守っていたのかもしれない。
その優しさに感謝しながら、それはそうと食材が焦げたらもったいないので僕が代わる事にした。
「異論は認めません」
「……」
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