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告白
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酔っ払いお姉さんを介抱した翌朝。
いつの間にかカウンターで寝落ちしていた俺を起こし、すっかり素面に戻ったその女性は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!!」
俺は手を振ってこたえる。
「大丈夫ですよ。でも良かったです、お怪我がなくて」
すごい勢いでこけてたからな。頭を打っていてもし万が一のことが……とも考えたが、どうやらこの様子では大丈夫そうだ。
彼女は、「ご心配までおかけして……」とまた頭を下げ、それから自己紹介をしてくれた。
「ファシアと言います。えっと、仕事は開拓者ギルドの受付をしてい……まし、た」
何だか歯切れが悪い気がしたが、事情があるのだろうと思い、深くは掘り下げない。
「はじめまして、ファシアさん。商人ギルド所属のマルサスです。
もともと薬屋にポーションを卸す仕事をしていたのですが、今は自分の薬屋を始めることになったので、その準備をしています」
ファシアさんは店内を見回して言った。
「へぇ、ここはマルサスさんのお店だったのですね……
お父さまからお譲りされたのですか?」
「いえ、俺はもともと孤児なので父親はいません。
この物件はギルドに紹介してもらって、賃貸契約を結びました」
「!!
それは失礼しました。とてもお若いので、てっきり御親戚からお譲りされた店なのかと……」
「気にしないでください。確かに二代目でもないのに、この歳で薬屋の主人ってのも変な感じですよね」
「とんでもないです! むしろそのお歳で自分の店を持たれるなんて……素晴らしいです」
ファシアは力強く頷き、にこりと微笑んだ。うん、この様子だけしか知らなければ、品のある女性にしか見えないのだが……
「そんな立派なものじゃないですよ。たまたま機会があっただけで」
「どのようなご事情であれ、店を持たれるなんて立派です」
ファシアは両手をぐっと握って、そう言った。
それからおずおずと続けた。
「あの、それで、なんですけど……」
「はい」
何の話だろう、と俺は頷く。
「あの、もしマルサスさんさえ良ければ、この後、朝食をご一緒していただけませんか?
昨日のことで、その……せめてものお詫びと言いますか、朝食のお支払いだけでもさせて頂ければと思うのですが」
うーん、そこまでしてくれなくても……とは思うのだが、何となく気持ちはわかる。
俺だって、何か人に迷惑をかけてしまったときには、せめてもの償いはしたいと思うし、そういうのはさっと済ませた方がお互いの気持ちにとっていいものだとも思う。
過去形だったのは気になるけれど、ギルドの職員さんであればそれなりの持ち合わせはあるだろうし、ここは気持ちよくおごってもらって、今回の一件を終わらせることにしよう、か。
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」
俺が受け入れると、ファシアさんは胸をなでおろした。
「ありがとうございます」と、にこやかな笑みを浮かべて言う。
『昨日の記憶さえなければなぁ……』
拭えない残念な印象を抱えながら、俺はファシアさんと朝食をご一緒することにした。
ファシアさんの案内で向かったのは、近くのカフェだった。
中に入ると、焼きたてパンとコーヒーの香りが鼻をくすぐった。初めて来たけれど、何度も来たことがあるかのように親しみがもてる、落ち着いた店内の雰囲気。
うーん、すごく感じの良い店。
魔物肉定食の美味しいあの酒場に続いて、ここのカフェにもすぐ常連になってしまいそうだ。
「ここのコーヒー、とても美味しくて気に入ってるんです」
隣でにこりと笑うファシアさん。
『お酒も同じくらい好きなんですか……?』とは、もちろん口が裂けても聞けない。
頭に浮かんだ質問を抑え込んで、「そうなんですね~」とにこやかに相槌を打つ。
案内された席に座り、ファシアさんと同じモーニングセットを頼んだ。
「急にお誘いしてすみません。薬屋さんの開店前の時期に、御迷惑じゃなかったですか?」
「大丈夫です。今日は特に予定がありませんでしたから」
「そうなんですか」
「むしろファシアさんの方は大丈夫でしたか?
開拓者ギルド、でしたよね。ギルドの受付の方って、朝も早くて、お仕事、大変なイメージですけど……」
開拓者ギルドといえば、冒険者ギルドと並ぶ大手ギルドだ。あまり詳しくは知らないが、請け負っている内容や所属している人たちも近いイメージを俺は持っている。
屈強な男たちや力のある魔法使いなどを集めて、魔物が生息する場所でのクエストを行うギルド。
冒険者ギルドがどちらかといえば「魔物討伐」に、開拓者ギルドが「未開地域における資源取得」に力を入れているとの違いはあるそうだが。
そんな大手ギルドの受付をしているなら、それは仕事も楽ではないだろう(し、酒を飲んでやさぐれたい夜もあるだろう)。
そんなことを考えながら話を振ると、ファシアは浮かなそうな顔をしていた。
「それが、その……」
ためらいがちに、彼女は口を開く。
「クビになっちゃったんです。ははは……」
乾いた笑いが、彼女の口からこぼれた。
いつの間にかカウンターで寝落ちしていた俺を起こし、すっかり素面に戻ったその女性は頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!!」
俺は手を振ってこたえる。
「大丈夫ですよ。でも良かったです、お怪我がなくて」
すごい勢いでこけてたからな。頭を打っていてもし万が一のことが……とも考えたが、どうやらこの様子では大丈夫そうだ。
彼女は、「ご心配までおかけして……」とまた頭を下げ、それから自己紹介をしてくれた。
「ファシアと言います。えっと、仕事は開拓者ギルドの受付をしてい……まし、た」
何だか歯切れが悪い気がしたが、事情があるのだろうと思い、深くは掘り下げない。
「はじめまして、ファシアさん。商人ギルド所属のマルサスです。
もともと薬屋にポーションを卸す仕事をしていたのですが、今は自分の薬屋を始めることになったので、その準備をしています」
ファシアさんは店内を見回して言った。
「へぇ、ここはマルサスさんのお店だったのですね……
お父さまからお譲りされたのですか?」
「いえ、俺はもともと孤児なので父親はいません。
この物件はギルドに紹介してもらって、賃貸契約を結びました」
「!!
それは失礼しました。とてもお若いので、てっきり御親戚からお譲りされた店なのかと……」
「気にしないでください。確かに二代目でもないのに、この歳で薬屋の主人ってのも変な感じですよね」
「とんでもないです! むしろそのお歳で自分の店を持たれるなんて……素晴らしいです」
ファシアは力強く頷き、にこりと微笑んだ。うん、この様子だけしか知らなければ、品のある女性にしか見えないのだが……
「そんな立派なものじゃないですよ。たまたま機会があっただけで」
「どのようなご事情であれ、店を持たれるなんて立派です」
ファシアは両手をぐっと握って、そう言った。
それからおずおずと続けた。
「あの、それで、なんですけど……」
「はい」
何の話だろう、と俺は頷く。
「あの、もしマルサスさんさえ良ければ、この後、朝食をご一緒していただけませんか?
昨日のことで、その……せめてものお詫びと言いますか、朝食のお支払いだけでもさせて頂ければと思うのですが」
うーん、そこまでしてくれなくても……とは思うのだが、何となく気持ちはわかる。
俺だって、何か人に迷惑をかけてしまったときには、せめてもの償いはしたいと思うし、そういうのはさっと済ませた方がお互いの気持ちにとっていいものだとも思う。
過去形だったのは気になるけれど、ギルドの職員さんであればそれなりの持ち合わせはあるだろうし、ここは気持ちよくおごってもらって、今回の一件を終わらせることにしよう、か。
「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」
俺が受け入れると、ファシアさんは胸をなでおろした。
「ありがとうございます」と、にこやかな笑みを浮かべて言う。
『昨日の記憶さえなければなぁ……』
拭えない残念な印象を抱えながら、俺はファシアさんと朝食をご一緒することにした。
ファシアさんの案内で向かったのは、近くのカフェだった。
中に入ると、焼きたてパンとコーヒーの香りが鼻をくすぐった。初めて来たけれど、何度も来たことがあるかのように親しみがもてる、落ち着いた店内の雰囲気。
うーん、すごく感じの良い店。
魔物肉定食の美味しいあの酒場に続いて、ここのカフェにもすぐ常連になってしまいそうだ。
「ここのコーヒー、とても美味しくて気に入ってるんです」
隣でにこりと笑うファシアさん。
『お酒も同じくらい好きなんですか……?』とは、もちろん口が裂けても聞けない。
頭に浮かんだ質問を抑え込んで、「そうなんですね~」とにこやかに相槌を打つ。
案内された席に座り、ファシアさんと同じモーニングセットを頼んだ。
「急にお誘いしてすみません。薬屋さんの開店前の時期に、御迷惑じゃなかったですか?」
「大丈夫です。今日は特に予定がありませんでしたから」
「そうなんですか」
「むしろファシアさんの方は大丈夫でしたか?
開拓者ギルド、でしたよね。ギルドの受付の方って、朝も早くて、お仕事、大変なイメージですけど……」
開拓者ギルドといえば、冒険者ギルドと並ぶ大手ギルドだ。あまり詳しくは知らないが、請け負っている内容や所属している人たちも近いイメージを俺は持っている。
屈強な男たちや力のある魔法使いなどを集めて、魔物が生息する場所でのクエストを行うギルド。
冒険者ギルドがどちらかといえば「魔物討伐」に、開拓者ギルドが「未開地域における資源取得」に力を入れているとの違いはあるそうだが。
そんな大手ギルドの受付をしているなら、それは仕事も楽ではないだろう(し、酒を飲んでやさぐれたい夜もあるだろう)。
そんなことを考えながら話を振ると、ファシアは浮かなそうな顔をしていた。
「それが、その……」
ためらいがちに、彼女は口を開く。
「クビになっちゃったんです。ははは……」
乾いた笑いが、彼女の口からこぼれた。
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