8 / 34
報告
しおりを挟む「…お父様、聞いて頂きたいことがあります。」
「…君がそんな顔をするのは、久しぶりだね。」
向かい合った時、父であるフルバード伯爵に掛けられた一番初めの言葉。
メアリーナは、小首をは傾げて父親を見た。彼はどこか悲しそうな、でも懐かしそうな遠い目をしていて、メアリーナの後ろの遥か向こうの景色を見ているようだった。
「君は、君のお母様と離ればなれになる時に、一度だけそんな顔をしたんだ。」
「…そうなのですか?」
メアリーナの母は、今はこの伯爵家には居ない。遠く離れたデュセルという地方都市にて、病気の治療を行っているからだ。
少女が学園に上がる前…五年程前に、彼女の母であるサラは、肺病にかかり空気の清涼な場所で療養する事が必要となって伯爵家を後にした。今でも年に数回、こちらからデュセルへと母に逢いに行くことは出来るが、彼女がこちらに戻ってくることは難しい。
デュセルには、肺の治療をする為の完璧な施設があり、その病気に特化した専門医がいる。母は五年経過した今もまだ病状は安定せず、症状が落ち着いてこちらで暮らせるようになるまで時間が掛かると言われているのだった。
当時、施設へと向かう馬車に母が乗り込んで別れを告げた時、メアリーナは泣かなかった。馬車の窓からこちらを心配げに見つめる母を見つめて微笑んでいたが、馬車が走り去って見えなくなると、途端にぽろぽろと涙を零した。
十歳の少女にその時、唯一出来たのは母親に余計な心配をかけないように、泣くことを我慢するだけだったけれど。
母の姿が見えなくなった瞬間に、寂しさと悲しさが溢れて止まらなくなってしまった。置いていかれた訳では無いと分かっているのに涙はどんどんと翡翠の瞳からこぼれ落ち、地面にポツポツとしみを作った。
父が、そんなメアリーナをそっと抱きしめて「すまない」と謝っていたのを覚えている。
当時の事を思い出して、メアリーナは眉を下げて微笑んだ。
「…私はあの時のような、情けない顔をしておりますか?」
「何か悲しいことがあったんだね?」
「ロメ…テューダーズ子息様の件でお話があります。」
「聞こう。」
ソファーで向かい合い、メアリーナは婚約者であるロメオとティファニーの事、彼に見た目を謗られた事を伝えた上でメアリーナは自分の気持ちを素直に述べた。
「私はずっと、子どもの頃よりテューダーズ子息様に恋をしておりました…。そして彼にも同じように好かれていると思っていたのですが、それは勘違いだったのです。それに、私は…これ以上、彼の言動に傷つきたくありません。
家同士の結び付きの為の婚約なのに、私に魅力がないばかりにこのような事になってしまい、申し訳ごさいません。」
1,040
あなたにおすすめの小説
いくつもの、最期の願い
しゃーりん
恋愛
エステルは出産後からずっと体調を崩したままベッドで過ごしていた。
夫アイザックとは政略結婚で、仲は良くも悪くもない。
そんなアイザックが屋敷で働き始めた侍女メイディアの名を口にして微笑んだ時、エステルは閃いた。
メイディアをアイザックの後妻にしよう、と。
死期の迫ったエステルの願いにアイザックたちは応えるのか、なぜエステルが生前からそれを願ったかという理由はエステルの実妹デボラに関係があるというお話です。
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる