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求婚者
しおりを挟む「え?…わ、私は何もしておりませんが…。」
「いいえ。メアリーナ嬢が伯爵に肥料の研究について提言されなければ、今でも私はベッドの住民だったでしょう。」
「いえ、でも…」
確かに父に研究を進めて欲しいというお願いはしたけれど、メアリーナが直接薬草を見つけた訳では無い。そのニース薬草の発見も偶然の産物だ。少女は礼を言われる事に戸惑いを隠せなかった。
「フルバード伯爵に一度お礼をしに邸へとお伺いしたことがあるのです。その時に礼は娘に言ってくれと言われました。」
「お父様がそんな事を…?」
「ええ、貴女がどう言った経緯で植物関連に興味を持ったのかも全てお聞きしております。
挨拶をして帰ろうとした時、…結局出来なかったのですが…庭に面したサンルームの前を通りました。貴女はその時植物に霧吹きで水を上げていましたね。」
「み、見ていらっしゃったのですか…?」
サンルームに生い茂る色々な植物の水やりは、子どもの頃よりメアリーナの仕事だった。父が植物の研究者であり屋敷に薬草があるのは当たり前だったし、両親を含めて周りも花や植物を育てることに寛容だった。
母の身体の事がきっかけでますます植物へとのめり込んでいったけれど、それとは別に、毎朝水やりや世話をする事で何となく植物それぞれの気持ちが分かるようになってきた気がしている。
その日課を、どうやら見られたらしい。サンルームに居たのであれば、確かに彼の訪問にも気が付かなかっただろう。
「…貴族の子女がすべきでない事だとお思いでしょう?分かってはいるのです。」
「え?」
「以前言われたことがあるのです。『土いじりなど汚れ作業は農民のすべき事だ。恥ずかしくないのか。それに日に焼けた女は嫌いだ』と。」
言ったのは元婚約者のロメオだ。その頃には彼とは滅多に会えなくなっていて、たまたま彼が会いに来た時メアリーナがサンルームで植物の世話をしていたのを見られてしまったことがあったのだ。
その時はまだ彼に恋をしていたメアリーナは、植物を育てている事を一瞬恥ずかしいと思ってしまった。けれど、ロメオに気が付かれないようにそのまま世話は続けた。汚いだの虫を触るなんて気持ち悪いだの言われようとも、子どもの頃から自分が好きでやっている習慣であり、何より尊敬している父の仕事に繋がることだったから。
夏も冬も、日に焼けないように縁の大きな帽子をかぶり長袖、手袋を付けて作業をした。葉や茎や幹の状態を確認する時は、素手で触らないとどうしても分からなかったから、その時だけ手袋は外した。
そんな努力も今になってはどうでも良いものとなってしまったけれど。
ふと思い出して、メアリーナの目が悲しみにゆらと揺れた時。
「…その方は随分と時代遅れの考えをされているんですね。」
「え?」
「やりたい事をやりたいようにする事に、身分差、男女差などはありません。生きているということはそれだけで価値のある事だと私は知っています。
生きている中で自分がやりたいと心から思っている事を、誰が止めることが出来るでしょうか?」
「エディオ様…。」
パーティーの音が遠ざかる。周りの事など目に入らず、メアリーナは目の前の男性の言葉に耳を澄ませた。
「私達は平和に健康に生きているという現実にあまりに無頓着なのだと…病気になりより実感させられました。
メアリーナ嬢。貴女がしたいと思う事を、私であれば辞めさせたりしません。」
そう言ったエディオの、長い前髪の間から見えた美しい深緑色の瞳に熱が籠っているのを見てとったメアリーナは目を見開き、何故か急に恥ずかしくなってそっと顔を俯かせた。頬が上気し心臓が早鐘を打っている。俯かせた先にある自らの手に大きくて綺麗な手が重なり、優しく握り締められるのをまるで夢の出来事のように感じた。
「メアリーナ嬢。こんなことを突然言ってしまえば、貴女を困らせてしまうことは分かっているのですが、どうか伝えして欲しい。
私と、結婚を前提に御付き合いをして頂けませんでしょうか?」
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