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子供の頃に見えていたもの2
しおりを挟む少し成長したノエリアは、相変わらず水の中にいた。
けれど、そのぼやけた景色の中で、はっきりと姿を捉える事ができる動物や景色に、一貫性がある事がだんだんと分かってきていた。
自室の床の高さとだいたい同じ位置に、苔むし草の生えた地面が広がり、青い花が群生で、風が吹いているのだろうか、僅かに左右に揺れている。
ノエリアのベッドの後ろ側には天井の高さよりも遥か上より蔦が垂れ下がっていて、その蔦伝いに金色の胞子が空から綿毛のようにふわふわと降り、その横からは清らかな水が山肌を滑り落ちている。
残念ながら現実の天井が不鮮明に影を作り、はっきりとその先を見ることは出来ない。
自分が触れて匂いを嗅いで触れる世界の音はくぐもっていたけれど、実態のないものの音や声は、耳の中に響きよく聞こえた。
心地の良い音。心地の良い景色。空気は感じられないけれど確かに澄んでいるだろう。
そのはっきり見える世界の中で、毎日のように必ず現れるのは、一番最初に見た白い生き物だ。柔らかそうな毛がノエリアの目の前を通り過ぎる度に、触ってみたいなあと思い手を伸ばすのだが、いつもスカッとその手は空中をかく。
その度にその生き物は冷めた目をして、ノエリアをじっと見つめ、勉強をしている時や手紙を書いている時などは、その書物の上に乗り、前足で器用に自分の顔の手入れをしたりしている。もちろん、相手は透けている訳では無いのでそれで書物は見えなくなってしまう。
実体かある訳では無いから、自分が少し手元をずらせば済む話なのだが、ずらすとまたその上に乗ってくるという追いかけっこになる。ノエリアは堪らずため息をついた。
「…あなた、あそんでいるの?」
『ノエリア様?如何されましたか?』
「ううん、なんでもないわ。」
相変わらず自分にしか見えていない世界。ノエリアは周りに、時々独り言を呟く酷くぼんやりとした変わったお嬢様だと思われていることを知っていた。けれど、父も母もノエリアを愛してくれている事が魔力で伝わってくるから、そこまで卑屈になることも無かった。
それに。
「何をしているのだ?」
「それはうまいのか?」
「それはなんなのだ?」
目の前の動物は、首を傾げたり不思議そうに目を丸くしながら、ノエリアにしょっちゅう話しかけてくる。人の言葉を話す事に最初は驚いたが、まだ幼い少女はそういうこともあるのかもしれないと、それも直ぐに飲み込んだ。
その生き物は言葉を話すが、かと言って意思疎通ができる訳ではなさそうだった。
ノエリアがいちいち返事をしたところで、聞いているのか聞いていないのか分からない顔で、後ろ足で耳をかいていたりするから。
もしかしたら。と、ふと少女はぼんやりしている頭の隅でひとつの仮説を考える。
この白昼夢に似た、幻はいつも見えている訳では無い。一日のうち、数分、数時間、朝だけ、夜だけ、自分の部屋にいる時だけなど、不規則に突然として現れる。
もしかしたら、ノエリアからしてそうであるように、向こう側にもノエリアはそういう存在だったら?
ノエリアには向こうの声は聞こえるけど、向こうにノエリアの声が聞こえていないのだとしたら?
そう考えると、なんだかパズルのピースがはまるように心にしっくりくる感じがした。
だから、最初は律儀に返事をしていたが、その生き物の独り言だろうとノエリアは思うようになり、気が向いた時だけ返事をした。
ある日のことだ。いつものように鮮やかな幻の花々が揺れる自室の中で、ノエリアがぼんやりとベッドの縁に掛けていた時。
いつものように白いもふもふが、ノエリアの部屋の窓の外から壁を通り抜けて、青い花の中を歩いてくる。ふと、その窓の外はどんな幻があるのだろうと気になり、ノエリアは歩いてくる生き物を避けて、景色の邪魔をしている窓を開けてみた。
三階から見える窓の外。本来ならそこには白いバルコニーと、上を見れば青空が広がっている場所なのだが。
そこは苔が地面をまるで絨毯のように多い、僅かな岩の隙間から野花が咲き乱れている空間だった。天井はかなり高く、所々に木漏れ日が落ち、鳥の小さな鳴き声や虫の羽音、そして上空を通り過ぎる風の音が聞こえてくる。その音が反響して不思議な音楽のように、ノエリアの耳に届いた。
(洞窟…?)
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