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子供の頃に見えていたもの

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「…という、ね。夢よ。」


ピピピッピーッ

 鳥の囀る声の聞こえてくるカフェテラスで、三人はしばらくの間黙りこくっていたが、不意にクリステルは、過去のネイフィアの名前を呼んだ。



「…ラピ。」

「…なに?サフィア姉さま。」

「…うーん、何だか…とっても微妙な気持ちになるわ~。」

「私だってそうよ!」



 首を傾げて唸るクリステルに、急に恥ずかしくなって頬を真っ赤に染めたネイフィアは、ペシペシとテーブルのへりを片手で叩く。そして、大きくため息をついた。


「…こんな夢の話、誰かにするなんて思っていなかったわ。クリスが話したくれなかったら、ずっと誰にも言うことはなかっでしょうね。」

「…もしかしたら、子どもの頃から私達は女達と大翼竜の話を聞いていたから、ただ見ただけなのかも、とかね~。そう思ってたのよ。まさかネイフィが私が死んだ後の夢を見てるなんて思ってもみなかったわ~。」

「まあ、そうね。私もそう思ってたから誰にも言わなかったんだと思うわ。」

「……いいなあ。」

「「ん?」」


 それまで黙りこくって話を聞いていただけだったノエリアの声に、話し込んでいた二人は、少女へと視線を向けた。



「…私も夢、みたい!」

「え?」

「今から帰って寝る!」

「え?!今から?」


 水色の髪を大きく揺らして、ノエリアは頷いた。頬がバラ色に色づき、気分が高揚しているのか目がキラキラしている。


「だって!テルテルもネルネルも見てるなら私も見たい!」

「いやだからその呼び方。」

「ずるーい!二人だけで同じ夢ずるい!」

「そう言われても…。」


 苦笑いをするクリステルとネイフィアに、頬をふくらませながらもふと、ノエリアは呟いた。



「でも私…大翼竜は見た事あるかも。」

「「へ?」」


「前にも言ったことあるんだけど、子どもの頃、水の中にいるみたいな感覚だったって話したことあるでしょ?」

「うんうん、聞いた事ある~。魔力が大きすぎて器から溢れて、ノンの身体を覆ってしまっていた状態のことよね~?」

「その時にね。」

 


 ノエリアは自分の見ていた世界を二人に伝え始めた。










 ノエリアの幼少期は、何もかもがぼんやりとした視界や聴力の中に生きていた。刺激のほとんどない世界の中で、時々はっきりと声が聞こえたり情景が見えることがあった。


 それが初めて見えたのは、三歳の頃。ぼんやりと滲んだ姿の侍女が通り過ぎた後ろを、白い毛玉のような小さな生き物がぴょこぴょこ歩いている。そしてソファーに座るノエリアの目前で不意に止まると、こちらへと視線を向けてきた。
 触ればふわふわとしていそうな柔らかの毛並みも、ピンと立った三角の両耳も、大きく輝くも、いつも見えている世界とは違い鮮やかにはっきりと見えて、ノエリアは大きく目を見開いた。


「あれ、なあに?」

『?ノエリア様、いかがされましたか?』

「あそこに、小さいしろいのがいるの」

『白いの、でございますか?』


 輪郭ははっきりと分からないけれど、ノエリアの声を聞きつけた侍女が、隔てられた音の向こう側から返事をし、少女が見つめている方向をきょろきょろと見回している気配は伝わってきた。
 白いモコモコは相変わらずノエリアの目の前にいる。その辺を侍女はずっと見ているのだが。


『…申し訳ございません、お嬢様。そのような物はどこにもないようなのですが…。』

「でも、そこに……。ううん、何でもない」


 自分の目の前にいる侍女の顔はボヤけてしまってほぼ見えていなかったが、少女の発言に彼女が少し怯えているのが、ノエリアに魔力として伝わってきた。少女は周りに薄い膜が張っている分、神経を尖らせていたためか、周りの機微にとても敏感だった。

 周りの人には見えていないのだ。幼いノエリアはそう理解すると、次にはっきり見えない世界の方には、ふんわりだけど触ることが出来るのに、はっきり見える景色や物には触れないことに気がついた。

 目の前に花が咲いていたりする。花弁が多く葉は小さく、可憐な青い色の花が綺麗で、思わず手を伸ばしてみるが、ノエリアの小さな手は空を切るばかりでそれを掴むことはできなかった。
 そもそもそこは自室だ。花など生えているはずがないのだが、まだ幼い少女はそれが何故なのか理解できない。

 目の前にあるのに、触れない花、綺麗な水の流れる滝、動物、青々とした葉の生い茂る枝、そしてゴツゴツとしていそうな岩肌。

 触れないことがもどかしく、ノエリアは不満で良く泣いた。けれど、しばらくするとそれもそういうものなのだと慣れた。










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